36 兄が遊びに来る風景
最近エクサーガ兄さんが遊びに来るようになった。
街へ送るために彼を乗せたオオカミが輸送の間に手懐けられたようで、逆に街からこっちに来る際も兄さんが乗ってくるようになったそうな。
ある程度、樹海に入って呼べば出てくるんだって。
お陰で兄さん、騎士団の仕事が休みの日には欠かさず訪問するようになった。
せっかくの休みなんだからもっと別の使い方をすればいいのに。
デートとかしないの?
兄さんもいい年なんだから彼女作れよ?
「いいじゃないか。実家にいた頃はできなかった兄弟との絆を深める時間を、一人立ちした今やっととれるんだ」
俺が深めたいのはもっと別の絆なんですがね?
「いくらマスターの兄上とはいえ、図々しくはありませんかね? ここは『イデオニール大樹海』の奥地なのです。食料を確保することだって簡単ではないのですよ」
「コレーヌ! そう言わずに……!」
いくら事実でも大目に見てやってください!
俺の兄さんなんで!
「それなのに日を置かず訪ねてきて。御馳走を用意するこちらの立場も考えてください。マスターの名誉のためにおもてなしを怠るわけにはいかないと……」
「いつもお世話になっているのはわかっています。そのお礼と言っては何ですが、今日は手土産を……」
「まあ!」
エクサーガ兄さんの差し出してくるプレゼントに、コレーヌは覿面反応。
一体何を送られたかというと……?
「これは素敵な枕カバー!?」
兄さんは、コレーヌの好みを完璧に見抜いていた。
たしかに家具とか内装で可愛いものに惹かれるのがコレーヌだった。俺も街に買い物に行って初めて気づいたのに。
「ゴブリーナさんには砂糖を壺いっぱい買ってきました」
「うわ助かる! 大樹海じゃ塩は取れても砂糖は中々なあ!」
……。
ヤバい。
ウチの仲間たちの好みが確実に見抜かれて買収されている……!?
「っていうかエクサーガ兄さんそんな世渡り上手だったっけ!?」
「辺境騎士団で同僚になった人たちは苦労人でね。色々教わることがあるのさ」
中央から遠く離れた辺境は、出世コースから外れた人材の墓場だというが……。
それでも人が一生懸命生きる場所であることに変わりないようだ。
「華々しい中央にいては学べないことがたくさんあった。イディールを探すことが目的の辺境勤務だが、今では自分自身の成長のためにも意義あることだと思う」
「中央に戻る気はないのか? 俺のことはもう見つけたから目的は達成しただろう?」
「たしかに最初の目的は達成したが、今ではここ自体が気に入ってね。出世争いで互いに蹴落とし合い、そのクセ表では作り笑いを浮かべ合うような中央の生活には戻りたくない」
エクサーガ兄さん、堅苦しいのが嫌いな人だったのか。
実家や学校ではほぼ毎日顔を合わせていたはずなんだが、その頃は兄さんの好み自体知ることはなかった。
知る気がなかったというか。
ここで機会に恵まれるんだから不思議なものだ。
「お前だってそうじゃないのかイディール? 堅苦しいのは嫌いだろう?」
「そりゃ、まあ……」
「だからこそ、あの男の期待通りにはならなかった。お前は今までにないことをする男だ。格式や伝統を重んじる王都騎士団じゃお前という人間は収まりきらない」
『あの男』って俺たちの父親のことだよな?
俺と再会してからけっして『父』と呼ばない辺りエクサーガ兄さんの怒りの深さが窺える。
「できることなら中央にいる人たちとは金輪際関わりあいになりたくない。出世競争でもお家自慢でも舞踏会でも好きにやってくれればいい。私たちのいないところでな」
「だったら気にしなきゃいいんだよ……!」
場を和ませるために、明るい調子で言う。
「どうせ物理的にも、ここと王都じゃ遠く離れているんだ。接点があるはずもない。鉢合わせする恐れのない相手なんか気にしても損だから、今ここでの生活を楽しめばいいんだよ! ね?」
「…………」
「……兄さん?」
何その沈黙?
「たしかに、鉢合わせしなければどんなに心安らぐか……!」
「何? どういう嘆き?」
「今日はそのことも相談したくて訪ねてきたんだ。実は困ったことが起きてね」
なんすか?
また厄介事ですか?
「王都から、一団が派遣されると通達されたんだ。目的は薬探しらしい」
「薬探し?」
「病気になったお姫様を治すために薬が必要らしいんだ。珍しくて限られた場所でしか採れない。ここ『イデオニール大樹海』でしか」
ほーん。
「王族のためだ、特別に編成された捜索団が送り込まれ、薬探しに専心するらしい。我ら辺境守護騎士団にも『協力を惜しまぬように』と通達があった」
「そりゃ大変だなあ。地方にまで来て中央の権力争いに巻き込まれるなんて」
王族絡みとなったら、お題目だけでことが済むなんてありえない。
一体裏にどんな意図が隠されているやら?
地方の下っ端騎士なんて、知らないうちに陰謀の片棒を担がされて体よく捨て駒にされるなんて普通にありそう。
まさにその地方の下っ端騎士であるところのエクサーガ兄さんなんて、どんな無理難題が吹っ掛けられるかわからない。
「他人事だと思って斜にかまえてるんだろうがなイディール。お前にだって関係ない話じゃないぞ」
「え? なんで?」
「その中央から来る一団を率いているのが、マシュハーダ王子だからだ」
マシュハーダ王子。
また懐かしい名が出てきた。
この大樹海に踏み込んでから一度として思い出したことがなかったな。
「マシュハーダ王子は、騎士学校でお前と同学年だっただろう。何かとお前にお執着するところがあった。なんでか知らんがな」
「ホントになんでだろう?」
「まったくだ。イディールの右手を使い物にならなくした張本人だぞ? それがどの面下げて、再起不能にした相手に向き合うって言うのか? これだから王族は、ヒトの感情に鈍感なんだ!!」
王子様に対して悪感情を隠そうともしないエクサーガ兄さん。
普通に不敬。
そんな兄さんを見て『タハハ』と苦笑するしかない俺だった。
そう言えば、この右腕の握力がなくなるきっかけはあの王子様だったな。
騎士学校で年に一回行われる対抗試合。
一年度二年度と、俺は決勝戦で同じ相手に負けて二位だった。
それがマシュハーダ王子だった。
父からは烈火のごとく怒られ『ワシの息子なら一位を取れんでどうする!? 王子だろうと来年は倒して優勝せんか!』と迫られた。
それで三年度の対抗試合、俺も切羽詰まってたのかな。
普通なら降参するような状況でも意固地になって戦い、その結果利き手に大けがを負った。
自業自得と言えばそこまでだが、相手だって状況を読み取って手心を加えてもよかったんだろうがな。
しかしそれをしない、だからこその王子様なのだろう。
「できればもう会いたくない人だなあ。元々苦手ってこともあるけど、一応一生残る傷をつけてくれた相手でもあるし」
「それはいけませんね。マスターに傷をつけた者ならば遭遇次第に殲滅するのが従者たるわたくしの役目です」
傍で聞いてるコレーヌが物騒なことを言いだした。
益々マシュハーダ王子とは遭遇できない。
でも、その絶対会いたくない人がこっち向かってるんでしょう?
「王子様の滞在中は、ずっと樹海の奥に引っ込んでおくか。そうすりゃ鉢合わせはなかろうし」
「甘い見通しだなイディールよ」
エクサーガ兄さんからダメ出しを受けた。
「彼らの目的を言っただろう? この『イデオニール大樹海』にあるという貴重な薬を取りにだぞ? だから樹海に入るのは間違いないだろう」
「あっ……!?」
「マシュハーダ王子とて陣頭指揮を執って現地入りするぞ? 他の王族は知らんが、騎士学校で学び、みずから先頭に立って戦うことをよしとするあの王子が、司令部に腰を据えて果報を待つなんてするとは思えん」
た、たしかに……!?
偉いんだから危険に飛び込まないで部下を上手く使えよと思うんだが、あの王子はなまじ自身が有能なだけに、ここぞという時自分で動く癖があるよな、と元同級生が語る。
「それにな……イディールお前もわかるだろう? あの手の連中は常に口に出したことだけを目的に動くことはない。常に言葉の裏に、もう一つか、二つの隠された目的を秘めているもんさ」
それは……、まあ……!?
「特にあの冷血王子が、妹の病気を治そうなんて信じられない。ひたむきに頑張るお前の右手を容赦なく砕いた男だぞ。肉親を思いやる優しい心があるものか」
「さすがに言いがかりでは?」
「実のところだがな、王子の真の目的はイディール、お前じゃないかと推測している」
え?
イディールさんて誰? 俺か?
「そりゃないよ、王子様がどうして俺なんかを探し求めるの? しがない中退生だよ?」
「そう思ってない者は案外多いということだ。実は、王都でお前の行方を探し求めている間、何度か王子の手のものと鉢合わせになった」
「え?」
「向こうもお前を探しているということだ。さらには『探し求める対象が同じなら、協力し合わないか』と持ち掛けられたこともある。当然断ったがな」
王族からの要請にNOと言える兄さん。
凄いと思うけど大丈夫?
「弟に一生モノの怪我を負わせて、騎士としての将来を閉ざした張本人とは仲よくできん! しかし向こうはお前に謝る気はなくても、お前に興味はあるようだ。お前が大樹海にいることはもう掴んでいるに違いない」
そこまでは兄さんも個人の調査力で掴んだし、王族のツテを動員したら察知できないわけもないか。
マシュハーダ王子が俺に拘る理由がわけわからんが、強引な人だ、俺を求めるというならいかなる手段を使ってでも樹海から引きずり出すだろう。
元同級生だから人となりはわかるんだ。
だったら会わずにいることが何より無難だなあ。
どうしたらいいか?
「うーん。………………あっ」
いいこと思いついた。
彼は表向き、妹の王女様の薬を探しにくるんだろう?
「その薬を、俺たちで先に見つけてしまおう」




