35【別視点】動き出す王宮
ジラハー家の新当主に着任したゼクトウォリスは、天才として知られる。
国内正統剣術であるイグゼスター流を極めたのは騎士学校に入る前の十一歳。
それは前例のない早さで、稀代の俊英であると当時から騒がれていた。
そんなゼクトウォリスも、今年二十四歳。
天才はなおも衰えず、正式に騎士団へと入り数々の武功を挙げて王都第八騎士団の団長を任ぜられる。
その証として聖剣シャンタウゼンを下賜され、つい先日正式に生家ジラハーの家督を継ぎ、当主となった。
もはや何者にも揺るぎ難い名声と身分を得て、天才ゼクトウォリスが王国の歴史に刻まれるのは確実である。
近々、王女との婚約まで決定されるといわれ、飛ぶ鳥落とす勢いのゼクトウォリス。
しかしそんな彼が同じ職場の人間からどのように呼ばれているか、外にはあまり伝わっていない。
曰く『冷血非情の任務遂行装置』と……。
◆
その日、ゼクトウォリスは勅命を受けて国王への謁見に上がった。
直接に王から呼びつけられるというのは滅多にあることではなく、それだけでも大変な栄誉であるといえる。
「待っておったぞゼクトウォリス。相変わらず精悍な顔つきよの」
「はっ」
当世の国王シクジラス十四世は、在位二十年を越えて目立った失政のない、それなりの名君とされている。
正妻を含んだ四人の妃との間に六人の王子、四人の王女を儲けた子福者としても知られていた。
「最近、家督を継いだそうであるな。まあぬしであれば騎士と当主を同時に勤め果たせるぐらいわけないであろうよ。先代はそれができず、当主着任と同時に引退したらしいがの」
「報告が遅れましたこと、お詫び申し上げます」
「よいよい、国内に当主家など掃き捨てるほどあるのじゃ。どこの当主が代わったなどいちいち報告されればキリがない。そういうのは国務省が受理して記録すればいいことじゃ」
名君と謳われるシクジラスであったが、政務に関してそこまで積極的ではない。
臣下に任せられることは極力任せきりにし、自身は式典か首脳会談でもない限りは顔を出さず遊興に耽ることが多かった。
そんな彼でも失政を演じなかったのは、単に彼の生まれ落ちた時代が平和で、これといったトラブルもなかったためだろう。
政に興味を持たぬ国王だからこそ、優秀な臣下は率先して大事にした。
いち早く見出して、目をかけ、充分な権限を与えてやりたいように動かす。
そうして得た成果を国益として取り込むので、結局は王の偉業として称えられる。
人使いの王にとって天才ゼクトウォリスは当然ながら優秀な手駒の一つだった。
彼の高い実力が、国に……引いては王に大きな利益をもたらすと決めてかかって、一際特別扱いを続けている。
「そういえば、ぬしの弟も今年から正規の騎士になったとか。名は何と言ったかのう?」
「エクサーガのことでしょうか?」
「そうそうソイツじゃ。ぬしの弟というからには、それなりに優秀なんだろうのう。夜会遊びが好きなぬしの親父も、次男のことを大層自慢にしておるとか。ぬしと同様、我が国の役に立ってくれることであろう」
「有り難いお言葉にございます」
「所属はもう決まっているのか? 余から、ぬしの団へ配属するよう指示してやってもよいぞ? ぬしも気心知れた弟なら、赤の他人の新人より使いやすかろう?」
「お心遣い痛み入りますが、弟は既に配属先を決め、着任までしております」
「ほう、いずこじゃ?」
「ボトリヌス辺境街の守護騎士団だとか……」
それを聞いて国王、訝しむように眉を上げる。
「辺境に? また異な、将来有望な若手の初任地としてはありえぬのう?」
「弟たっての希望でして」
その理由が、行方知れずとなった三男ディール捜索のためであることはゼクトウォリスも知っていたが、この場で言及することは避けた。
「何なら呼び戻すか? 余の命令なら一言で済むぞ?」
「弟たっての希望ですので」
「そうか。まあ辺境警護とて欠かせぬ重要な職務。そこへ有望の若者が就いたことは、そこまで悪い話ではないか」
「そんなことよりも陛下」
ゼクトウォリスは少しずつだが苛立ちだした。
急な王からの召喚である。
予定にあった職務も中断しなければならなかったし、それゆえに呼ばれてすることが世間話では効率が損なわれる。
「そろそろ御用を聞きとうございます。私をお召しになられたからには、何かしら御命令があるものかと」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ、せっかちよの。ぬしはいつも職務訓練ばかりで夜会にも出て来ぬから、こうして話もできるのが謁見の場でしかないのではないか?」
「……」
「まあよい、用があるのはもちろんじゃからのう。では望み通り王都第八騎士団長ゼクトウォリスに勅命を言い渡す」
国王、威儀を正して喉を鳴らし……。
「我が娘、マリアデルは知っているな?」
「第三王女であらせられたかと」
「うむ、今年で十七になる。そろそろ嫁にやる年頃であるが、長年病に煩わされて行てのう。幼少から病床を出たり入ったりしておる」
「伺っております」
「医者の言によれば命に係わるほどではないにせよ、根治は難しいとのこと。我が娘だけあって器量もいいし気立ても優しい美姫ではあるが、かような状態ではとても余所へ嫁にはやれん。このまま行き遅れになっては不憫でたまらぬでのう……!」
国王の子煩悩は、民の噂話にまで広まることであった。
特に女子に対しては目に余るほどの溺愛ぶりで、第一第二王女も嫁入りの際には一層揉めたという。
「しかし望みがまったくないわけでもない。医者の言うことによると、人の立ち入らぬ秘境の奥深くに難病もたちどころに快癒させる秘薬があるという」
「秘薬……」
「いかにも。一国の王として、そして父親として頼む。ゼクトウォリスよ、騎士団を率いて秘境へと入り、万能の霊薬を探し出して来てくれ!」
「お断りいたします」
「はいッ!?」
ありえない拒否の返答に、王だけでなく同室に控える近侍や近衛兵までもが息を飲んだ。
臣下が王の命令を拒否するなど許されない。
「王命といえど、効率にもとる方法は諫言をもって正すべきと存じます。陛下のお考えが効率的でない理由を申し上げます」
絶句する王を尻目に、ゼクトウォリスは淡々と持論を展開させる。
「まず、薬探しなどというものは騎士の仕事ではありません。騎士は、国と王族の危機に際して、それを排除する者。便利屋の類ではないことを御承知ください」
「そ、それでも王の命令であれば遂行するのが騎士であろう!? 騎士の務めを放棄するというのか!?」
「ですから異境の奥へと出向き、未知の素材を持ち帰るのは冒険者の仕事です。彼らに命じればよろしいかと。S級冒険者と呼ばれる最高階級の者たちならば国王陛下から直言を賜る資格を持ち合わせるでしょう」
「しかし……!?」
国王は、ゼクトウォリスの効率重視癖を見縊っていた。
彼にとっては効率的な進行こそがすべてであり、失敗ですら効率的に行わなければ悪だと考えている。
実際ゼクトウォリスが失敗したことなど生涯一度もないのだが。
そんな彼にとって、自分が騎士であるからには『騎士の仕事』を遂行しないことには効率的ではない。
素材探しなどは冒険者ずれに任せておけばよいのだ。
それは正論であったが、正論ほどヒトを不快にさせるものはない、というのもまた正論だった。
「王命に逆らって、ただで済むと思うのか……!?」
「どうぞお好きに、しかし、この私を騎士団から除くことこそ不効率の極みですが」
効率的でなければ王にすら逆らえる。
古今無双の実力を備えたゼクトウォリスだからこそ行える蛮行に、王といえども二の句が継げぬ。
そこへ……。
「ならば父上、私に御命令くださいませんか?」
「何? ……マシュハーダか」
謁見の間へ、新たに現れたのは第四王子マシュハーダ。
数いる王子たちの中でももっとも有望と称される麒麟児であった。
一説にはゼクトウォリス以上の天才とまで囁かれている。
「マリアデルは腹違いとはいえ、私の大事な妹。彼女が長きにわたって病魔に苦しめられるのは私も我慢なりません。ゼクトウォリス団長にやる気がないのなら是非、私が代わりに……」
「しかしマシュハーダ、ぬしも騎士学校卒業を目前にして大事な時期であろう」
「そんなこと、王女の病状に比べれば大した問題ではありません」
「しかし……」
王が、このように判断を躊躇うのには理由があった。
この任務を、どうしてもゼクトウォリスに達成してほしい理由が。
国王は、病身の第三王女とゼクトウォリスを結婚させたかった。
そのために王女を直接救ったという成果を上げれば、褒美として王女を降嫁させるにこの上ない理由付けとなる。
王女自身の、ゼクトウォリスに向けた心象もよくなるだろう。
すべては有望株であるゼクトウォリスを王国に取り込むため。
王の親族となればこの上ない繋がりとなろう。そのためにこそ王女との婚姻を進めたい。
秘薬探しはそのための重要な布石であり、英雄譚になるべきものだった。
しかしそれらはすべて、ゼクトウォリスが任を受ければの話でしかない。
「王子殿下、必要ないことはなさいますな。アナタとて騎士学校に通い、騎士を目指す身。モノ探しはプロの冒険者に任せておけばいいのです」
「必要ないことではない。大切な肉親のためだ。貴公にはそういう気持ちはないのかゼクトウォリス卿?」
いよいよ王をそっちのけにして、正面から向かい合う二人。
天才と天才の視線がぶつかり合う。
「貴公の肉親にも、苦しい立場に追い込まれた者がいるようだが? その者に兄として手を差し伸べる気にはならんのか?」
「弟である以前に、一人の騎士です。降りかかった試練は自分の力で乗り越えなくてはなりません。それすらできない者に注意を割くのは不効率です」
「それが天才の思考というわけか……」
マシュハーダ王子は苦笑を漏らすと、改めて父王へ向き合う。
「というわけで父上、ゼクトウォリス卿にやる気がないようなのでその任は私が承ります。必ずや秘薬を持ち帰り、マリアデルを病より救ってみせましょう」
「いやあの、マシュハーダよ……」
「それでは早速向かいます。マリアデル姫を治癒する霊薬があるという、伝説の秘境……」
そこは……。
『イデオニール大樹海』。




