32 吸血鬼襲来
エクサーガ兄さんの看護中、コレーヌが乱入してきて言うことにゃ。
「ご報告しますマスター。本日二人目の、招かれざる客が到来しました」
「その言い方やめてくれないかなあ!?」
二人目ってことはその前に一人目の招かれざる客がいるってことじゃないの!?
もしかしてエクサーガ兄さんのこと!? 違うよ!?
「イディール、この女性は?」
こんな秘境の奥深くに俺だけでなく、さらにメイド服姿の美女までいることへ困惑を隠せぬ兄さん。
どう説明したものか、俺も悩むので後回しにする。
「で、招かれざる客ってどなた?」
「吸血鬼です」
吸血鬼?
またアレなのが出てきたな?
「吸血鬼は魔族の一種で、陽光の下での活動を禁じる代わりに強固な魔力を得た者どもです。月夜において標準的な魔族以上の手強さを発揮します」
ふーん、月夜。
えッ?
もう夜? エクサーガ兄さんを看病しているうちにそんな時間が経ったの?
慌てて外に出てみれば、たしかに真円の月が浮かぶ夜空だった。
さらには夜空にはもう一つ、禍々しいまでの影が浮かんでいる。
最初、風に飛ばされた紙屑かと思ったが、違った。
そう思えるのは羽織ったマントが夜風に吹かれてはためいていたからであり、しかもその着用者は、風にも頼らずみずからの能力で空中にある。
漆黒のマントで身を包み、まるで蝙蝠の被膜のように広げる。
その姿はあまりにも邪悪で禍々しく、この世のものではないかのようだった。
そんな夜空の怪異を見上げ、ウチの子たちも緊迫の唸り声をあげている。
「グルルルルルルルルルル……!」
「フシャアアアアアアアア……!」
ウルシーヴァとニャンフーが、それぞれ鼻の頭に深い皺をよせ、尻尾をブワリと膨らませていた。
各猛獣族の長である彼女らが、あれほどに気を昂らせている。
それほどに恐ろしい相手だということか。
「吾輩は、高貴なるヴァンパイア一族の俊英、ネクドリオン」
と名乗ったのは空に浮かぶ吸血鬼。
月光の陰になってわかりづらかったが、壮年の男のようだ。
しかし何故か、笑んだ口の端からはみ出す長い牙だけがギラリと光って存在を示す。
「この地に蟠踞しているはずのゴーレムが消えたと聞き、様子を確かめに来てみれば、この場も随分様変わりしたな。犬だのネコどもが群がって何とも獣臭いことよ……」
「なんだと!?」「ケンカ売りに来たのかにゃー!?」
精一杯声を荒げて怒鳴り返すウルシーヴァとニャンフー。
しかし彼女たちが恐怖に駆られているのは、すぐさまわかった。恐れているからこそ過剰に反応する、危機に陥った獣の反応そのものだった。
恐るべき魔獣であるはずの彼女らが及び腰になるほど、目の前にいる怪魔は恐ろしいということか。
「下等生物であるお前たちに聞く、ここにゴーレムがいたはずだ。どこへ行った?」
吸血鬼は、こちらの心情などまったく意に介さない、歯牙にもかけないと言わんばかりだった。
ただ聞けば当然答えるだろうとばかりに俺たちに質問を投げかける。
「低能な獣風情にはわからんだろうがな。ゴーレムとは神秘なる存在。我ら魔族の英知をもってしても解き明かせぬ秘密を持っている。その秘密を明らかにすれば竜族や神族をも超える力を、我ら魔族は手にしうるのだ」
ペラペラと聞かれてもいないことをよくしゃべる魔族。
「ゆえにこそ現存するゴーレムには常に監視を置き、少しでも変化があれば偉大なる魔王様に報告せよとの命令を受けている。吾輩の知らぬ間に消え去りましたなど魔王様にお伝えするわけにはいかんのだ」
「…………」
「それで、ん? ゴーレムはどこだ? この高貴なる吸血鬼ネクドリオンの役に立てるのだ光栄なことだろう? 早く答えろ」
「…………」
迂闊なことを答えるとどうなるかわからぬ。
なので無言を貫いていると吸血鬼は失望したようにため息をつき……。
「やれやれ下等生物が、せっかく役立つチャンスを与えてやっているというのに何故黙る? 何も答える気がないのなら、そんな口は潰してしまってもいいよな?」
かざした手が、地上の俺たちへと向く。
「口だけ潰すのも悠長だから全身潰してしまおう。どうせ細胞一粒に至るまで何の役にも立たんのだから、せめて消滅するのが世のためだ」
ヤツの手に浮かぶ血管が、ひとりでに張り裂け爆ぜるように血が噴き出す。
その血飛沫一つ一つが小さいながらも意思を持つように、地表へ向かって降り注ぐ。
しかも血飛沫は走るごとに大きさと硬度を増し、地面にいる俺たちに届く頃には無数の赤い槍となって鋭い切っ先を向けてきた!
「うわああああああッッ!?」
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃッッ!?」
その怒涛にウルシーヴァとニャンフーが悲鳴を上げる。
防御も回避もできず抵抗の手段もなく、血にいる者皆串刺しにされて穴だらけになると思いきや……。
【複合絆召喚術Lv57>絆1:ゴブリーナ(ゴブリン)>絆2:ウルシーヴァ(ヘルウルフ)>召喚可能物:村雨丸】
瞬時に召喚した霊刀の一閃が、血の槍の雨を斬り払った。
無数の破片になって散る赤。
お陰で俺の仲間たちには怪我一つなかった。
「なんだ、お前は……?」
月夜空から胡乱な声が降ってくる。
「臭い獣どころか、人間までいるとは。この世のいかなる生物の中で一番弱い人間。しかも男か。年若い女であれば、私に血を吸われるという栄誉を与えてもよかったが。供物にもならぬカスの人間男が、我が血界術を防ぐとは……?」
「気忙しいヤツだな。ちょっと答えるのが遅れたぐらいで実力行使かよ」
しかし本当に凄いな、この村雨丸は。
ゴブリーナとウルシーヴァの絆を複合して召喚できる刀剣だが、ただ斬れ味鋭いだけじゃなく魔を祓う霊力も持っていて、今みたいな邪悪なるモノの引き起こす作用を消し去ることができる。
「ここにいたゴーレムが、どこに行ったか知りたいんだろう。教えてやってもいいぞ」
「ほう、お前が知っているというのか? 下等で愚かで脆弱な人間でありながら?」
そこまで否定的な言葉を積み重ねんでも。
魔族か吸血鬼か知らんが、とにかく人間のことを見下していることはわかった。
「こっちからの質問にいくつか答えてくれたら、教えてやらんでもないぞ? たとえばゴーレムを見つけた場合どうするのか……?」
ゴーレムの行方は当たり前のように知っている。
今、俺の背後に寄り添っているコレーヌこそ、この丘の上を二千年間も占拠していたゴーレムなんだが、絆召喚術によって契約を交わした彼女は、紛れもない俺たちの仲間。
だから、よく知らない人になんかされちゃ困るわけ。
『コイツがゴーレム? だったら連れていくか』なんて言われないとも限らないから用心はする。
だから注意深く、相手の意図を探るターンだ今は。
「人間の男が、高貴なる吾輩と問答しようてか。高慢の極み」
「ん?」
「死ね」
再び襲いくる血の槍。
問答無用だ!? あわわわわわわッ!?
「おいおい!? ゴーレムのことを知りたいんじゃないのかよ!?」
「ゴーレムはこれからじっくりと探す。しかし、その前にお前を殺す」
なんで!?
「人間の男の分際で、高貴なる吾輩に口を利いたからだ。女であれば血を吸ってやってもよかったが、男の血など不味くて飲めたものではない! そんなクズが我が前に姿を現すこと自体が不敬なのだ! 不敬者は殺す!」
「何言ってやがるんだコイツ!?」
自分勝手なことこの上ない!
本当に『機嫌が悪くなった』ただそれだけの理由で俺を殺そうというのか!?
無数の赤い血の槍が降り注ぎ、俺を串刺しにせんとする。
村雨丸で払い防ぐが、この状態をいつまでも続けていたらジリ貧だな。
「イディール!」
「兄さん!?」
エクサーガ兄さんが、まだ遭難の不調が残っているのに家から出てくるなんて……!?
「吸血鬼などというバケモノが出てくるとは、さすが世界有数の秘境だな。……助太刀するぞイディール! 力を合わせてヤツを倒そう!」
「何言ってんだまだ全然回復してないだろう兄さん! いいから下がって!」
この吸血鬼は俺が何とかするから!
「私はもう、お前の危機を見過ごすことなどしない!」
「えー?」
「弟が困っているなら助けるのが兄の務めだ……! 今度こそその役割を果たし……後悔などしない!」
兄さん、そこまで思い詰めていたとは……!
そんな兄さんに、これ以上無茶はさせない。
あの迷惑すぎる客には、一刻も早くお帰り願おう。
「コレーヌ」
「はい、マスター」
あのクソ吸血鬼はお前に用があるんだとさ。
充分なもてなしをしてやりな。
【複合絆召喚術Lv57>絆:コレーヌ(オートマタ)>召喚可能物:強化外装タイプ:ギガント】
「な……ッ!?」
吸血鬼の驚愕の声が漏れる。
既にコレーヌは、召喚された強化外装を着て巨人の姿となっていた。
『何を驚いています? お前が所望したゴーレムです。やっと目の前に現れて満足したでしょう?』
鋼の巨人と化したコレーヌの声は、怒りに満ちていた。
『しかし、我が敬愛するマスターを殺さんとしたアナタは許しがたい。アナタと同じですよ。このわたくしの怒りを治めるには、アナタをブチのめすしかありません』
あれ、なんだ?
ゴーレムの頭部に当たる部分から、赤い光が発して……?
『食らいなさい、「ルベド・ブラスト」』
凄まじい真っ赤な閃光が怒涛のように放たれた。




