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31 兄の愛

 ここまでの状況確認。


 滅多に人が入り込まない『イデオニール大樹海』の奥で拠点を作ったら、ある日誰かが迷い込んできた。


 珍しい遭難者がいるもんだなと思ったら、さらに珍しいことに血の繋がった親族だった。


 兄エクサーガ。


 武門の貴族ジラハー家に生まれた次男で、俺より遥かに才能恵まれ将来を期待された寵児であった。


 天才の長男、秀才の次男。


 当代のジラハー家子息たちを表する通り文句として、そんな言葉がある。さらにそのあと『無才の三男』と続くんだが……。

 ……俺だよ悪いか!?


 一番上のゼクトウォリス兄さんにはやや劣るものの、世間的には充分才人に分類されるエクサーガ兄さん。


 望めば出世コースをガンガン駆け上がって、いずれは騎士団長あるいは将軍になることも確実という人だ。

 断じてこんな森の奥で行き倒れていい人じゃない。


 聞きたいことは山のようにあるが、しかしその前にエクサーガ兄さんは遭難者でもあるわけだし、手厚い看護がまだ不可欠であろう。


「とりあえずお腹が空いたことだろうから何か食べさせよう。胃が弱っているだろうから消化にいいものを……」


 ちょうどゴブリーナがじっくりコトコト煮込んだオニオンスープがあったので、それを飲ませてみる。

 体の芯から温まるような幸せそうな表情をしていた。


「で、そろそろ聞きたいんだけど兄さんなんでこんなところにいるの? 道を間違うにしては色々外れすぎてると思うけど?」

「お前を探しに来たんではないか!?」


 え? 俺を?

 なんで?


「実家に帰って聞いた時愕然としたのだ……! あのクソオヤジが、お前を勘当したと聞いて……! それで私も今までの怒りが爆発してな、私も親子の縁を切ってやった!」


 そんなことしたの?


 あ、兄さんオニオンスープ飲み干したの? お代わりいる?


「あの男はいつもお前に辛くあたってきた……! あの男の出来の悪い頭では一位かそうでないかの区別しかつかん。それで一位になれないお前をいつも罵倒し、蔑ろにしてきた……!」

「あの男って、父のことだよね……!?」


 勘当された俺には、もうあの人を父と呼ぶ資格はないんだが。


「イディール、お前は充分によくやってきた。剣の修行も、学校の勉強も、一般的な騎士候補など及びもつかぬほど努力もしてきたし実績も上げてきた」

「でも、必要な成果は得られなかったよ」

「それは、あの男がやたらと高い要求をしてくるだけだ。……まったく無責任な考えなしめ。自分自身が学生時代十位にも入れなかったくせに、何故一位が当たり前だと思うのか……!?」


 え?

 何それ初耳?


「とにかくアイツの要求がムチャクチャだっただけでイディールには何の落ち度もない。お前が学年一位になれなかったのはマシュハーダ王子がいたからだ。あんな異常レベルの天才が同学年にいたら私だって一位を取れなかった。恐らくゼクトウォリス兄上ですら……」

「いや、さすがにそれは……!?」

「とにかく今回ばかりは、あの男の傍若無人に家族全員が腹を立てた。我慢の限界に来たのだ。私は親子の縁を切ってやったし、母上も愛想を尽かしてメルトリナを連れて実家に戻った」


 メルトリナも……?

 よかった。可愛い妹だから母さんに出て行かれてあの家に置き去りなのは可哀想だ。


「ゼクトウォリス兄上も、地位を得たことをテコにしてあの男に迫り、なかば無理矢理家督をもぎ取った。今のジラハー家はあの男ではなく、ゼクトウォリス兄上のものだ」

「ゼクトウォリス兄さんが……」


 いつかそうなるだろうなとは思っていたが。

 実力も名声も、今や若き長兄が父親を遥かに凌いでいるのだから家督を譲られてもまったく不思議じゃない。


「兄上も、それなりに頭に来ていたのかもしれない。お前が不当に追放された報復としてあの男から当主の座を奪い……!」

「それはないと思う」

「……だなー」


 常に沈着冷静、効率しか考えぬゼクトウォリス兄さんなので、単に『自分が当主になった方が効率的』と考えてのことだろう。

 俺の父だった人は、効率の下に自分も切り捨てられる可能性を考えられなかったのだ。


 しかし……俺が去ったあと実家がそんなことになっていたとは。

 完全に様変わりではないか。


 当主は、あの人からゼクトウォリス兄さんに替わり、母さんは末妹を連れて実家へと戻る。


 そしてエクサーガ兄さんはここに……、……!?


「そうだよエクサーガ兄さんはこんなところで何してるの!? 騎士叙任されて一年目の大事な時期なのに……!」

「ボトリヌス辺境守護騎士団に配属になったのだ」

「ええッ!? なんで!?」


 辺境の騎士団なんて完全に出世コースから外れてるじゃん!?

 兄さんの最初の経歴としてはあまりにもありえない……!?


「自分から志願した、お前を探すために……!」

「俺を?」

「勘当されたお前の行方を捜した。お前が『イデオニール大樹海』に向かったということはすぐわかったが、実際に現地へ赴き捜索を続けるには、城勤めでは都合が悪すぎるのでな……。大樹海と接するボトリヌス辺境街に赴任したんだ」


 そんな……!?

 エクサーガ兄さんは、俺の捜索のために自分の出世を投げ出したというのか?


「俺なんかのために、何故そこまで……!?」

「何を言う、お前は私の弟ではないか」


 俺の手を握ってエクサーガ兄さんは言う。


「兄は弟を助けるものだ。それなのに私は、ずっとそれを怠ってきた。お前が助けを必要としている場面はいくらでもあったのに、自分のことで手いっぱいでずっと視界から追いやっていた」

「兄さん……」

「マシュハーダ王子に右手を壊され、あからさまに気落ちしたお前を見て、そのこと気づき始めた。その時に即お前を励ましてやればよかったのにグズグズして何もしなかった。私は兄失格だ……!」


 いや。

 兄さんに言われて初めて気づいたが、……そうか。


 俺は助けを求めてもよかったのか?


 幼いことからずっと一人で頑張って、自分の問題を解決していくべきだと考えていたのに。


 今だって、兄さんが出世の道を捨ててまで俺を探しにきてくれたのは、俺がそんな可能性などまったく考えずに行き先を告げなかったから。

 不覚なことに、残された家族が俺のことを探すかもしれないなんて小指ほども考えなかった。

 それが当たり前だと思っていた。


 誰かが自分を探しに来てくれる、その可能性を考えて伝言の一つでも残していれば、エクサーガ兄さんの出世を潰すことなんてなかったのに……!?


「私は出世などどうでもいいから、そんな思いつめた顔をするな。私はお前を苦しめたくて捜しに来たんじゃないんだ」

「しかし……」

「イディール、私と一緒に帰ろう。私の下で暮らそう」


 ……。

 え?


「辺境の新人騎士だが、お前一人養うくらいの財力は充分あるつもりだ。私のところで穏やかに暮らしながら、自分がどうしていくかじっくり考えればいい。母上からも言付かっていて、一緒に母上の実家で暮らさないかと。我らが親子の縁を切ったのはあの男だけだ。母上とは今でも変わらず親子のままだ」


 唐突な提案すぎて処理が追い付かないんですけども?


「お前の好きな方を選ぶといい。私たちはお前の味方だ、家族だ。そのことを言いたくてここまで来たんだ」

「ここまでって大樹海だよ? 秘境だよ!?」

「ここまで自力で来なければ、気持ちが伝わらないと思ったんだ。口だけなら何とでも言える。今までお前の苦しみを無視し続けた私が信じてもらうためには、それぐらいしなければと思った」


 そのために有望な出世コースを投げ出し、生きて帰れるかどうかもわからない秘境の奥地まで踏み込み。

 命と人生を棒に振りかねない冒険に踏み込んだと……!?


 思えばここだって、そう簡単に来れる場所じゃない。

 プロの冒険者が充分な準備の下に乗り込む大秘境、それが『イデオニール大樹海』だぞ。


 モンスターも襲ってくるし、並の冒険者でも殺されて終わりになる。

 ここまで来られたのはエクサーガ兄さんだからというのも大きいだろう。伊達に騎士学校主席卒業の秀才ではないのだ。


 しかしそれでも、この広い大樹海にいるかもしれない俺を探そうなんて、藁山で針を見つけ出す的なヤツではないか。


 そこまでして俺のことを……。


「すまない兄さん、そんなに俺のことを気遣ってくれてるなんてまったく気づかなかった」

「仕方ない、私だって少しも素振りを見せなかったからな」

「もっと早く兄さんと話せばよかった。でも心配しないでくれ。俺はここで充分に好きなことをしているんだ」


 むしろ好き放題勝手放題に。

 あまりに好き勝手すぎて申し訳なく思ってしまうくらいだ。


「そ、そうなのか? そう言えば、お前は何故こんなところに? 最初に聞いた時は、お前が世を儚んだのかと肝を冷やしたのだが」


 それ会うたびに言われるんだけど、そんなに俺って世を儚んでそうなの?


 退学と勘当をほぼ同時に言い渡されたんだから仕方ないかとも思ったが、俺そんなに心が細いつもりはないんだがなあ。


 ただ、俺が何故ここにいるか、ということを納得いくように説明するためには絆召喚術のことを語らねばならず、その辺どう説明するか……と悩んでいると……。


「マスター、報告します」


 ドアを開けてコレーヌが入室してきました。


「吸血鬼が攻め込んできました」


 ……口で説明するより、実際に見せた方が早いかな。

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