02 からの出発
冒険者ギルドには、俺が数年前から世話になっているギルド職員のオッサンがいた。
そのオッサンへ、ここ数日の俺の身に起きた転落事情を聞かせるとゲラゲラ笑われた。
「いや、別に泣いて同情してくれと思ったわけではないが。爆笑されるとそれはそれでイラつくな」
「ゲハハハハハハハハッ!? いやだって、あまりにもテンプレ通りの没落御曹司ぶりでよ! ありがちすぎて笑っちまうよゲハハハハハハハ!」
このオッサンは、冒険者ギルド勤続十年の大ベテラン。
かつては自身も冒険者だったらしく、その経歴から現役冒険者により親身に接してくれる。
俺が冒険者になったのもこのオッサンと出会ったのが始まりだった。
騎士学校在籍中、あるきっかけから騎士になることを諦めた出来事があったのだが、それで自暴自棄になり盛り場をふらついていた折『そんなに元気があり余っているなら』とオッサンのスカウトを受けた。
鬱憤晴らしも兼ねて初めて見た冒険者稼業は思った以上に性に合って、騎士学業の授業そっちのけで没頭するのに差して時間はかからなかった。
欠席が増え、成績もどん底だったのは、その分の時間と労力を冒険者クエストにつぎ込んだからに他ならない。
そのお陰で、不本意な学生生活もそれはそれで充実したものであった。
冒険者クエストの報酬があるおかげで、俺も自分の懐にゆとりを持てたし。
「まあアレだ。オレの爆笑は『あんまり気を落とすなよ』って励ましの意味も込めた笑いだから、そう機嫌を悪くすんじゃねーよ」
「気落ちなんかしてないし」
「実際、家出や勘当から冒険者入りした貴族の坊ちゃん嬢ちゃんは意外とたくさんいるんだぜ? その大半が一人前に身を立てて活躍している。中にはA級までのし上がって、逆に没落した実家から『戻ってください』と頭下げられることまであるそうな」
「それは見事な逆転劇だな」
俺の身にもそういうことがありうるから元気出せとでも?
あいにくと俺の兄二人はすこぶる有能だから、間違っても実家が没落することはなかろうがな。
「お前自身、冒険者としてはちゃんと優秀じゃねえか。こないだ臨時で入ったB級パーティ。正式に加入してくれないかってお前への打診を頼まれたぜ。大分上手く立ち回ったそうじゃねえか」
「ああ、あの時の」
あのパーティのクエストを手伝ったお陰で騎士学校を十日ほどサボることになったが。
まあ出席するよりも有意義な時間の使い方だった。
最低限授業に出ながらでは、単発的なクエストしか受けることができなかったし、俺の都合に振り回すわけにもいかないので正規のパーティを組むことも不可能だった。
しかし学生身分から解放され、すべての時間を好きに使えるようになれた今、副業的だった冒険者稼業もやり方を変えていくべきだろう。
むしろもう主業だしな。
「しかし折角ながら、申し出は丁重にお断りしておいてください」
「どうして? これから冒険者として本格的に稼ぐんなら渡りに船だと思うが?」
これでオッサンは純粋に、家族や学校から見捨てられた俺のことを心配してくれているのだろう。
いい人だからな。
この人の心配を無下にしないためにも俺には説明責任がある。
「試してみたいことがあってね。そのためにもしばらくは一人で活動したいんだ」
「もしやあれか? お前が一人で研究しているっていうオリジナル魔法?」
「そうそれ」
といっても完全に俺自身の発案であるわけでもないんだが。
ギルドに入って最初の頃、俺は冒険者として自分の可能性に挑戦してみた。
一口にお冒険者と言っても細かく様々なクラスに分かれていて……戦士、射手、拳闘士、タンク、シーフ、マッパー、テイマー。
さらに魔術師や回復術師などの魔法職。
……騎士として大成しなかった俺だ。
他に自分自身と適合した特性があるんじゃないかと期待したかったのだろう。
一通り全部のクラスを体験して自分に適性があるかどうかを調べてみたが、全滅だったなー。
どれもある程度は上手くこなせるんだが、スペシャリストの域には一歩及ばず。
それは騎士の道を進まされた時にも感じたことで、もっとも上手くやってた時も二位どまりで、一位になることはけっしてできなかった。
兄二人が首席で騎士学校卒業したことを鑑みれば、二位など許されざる屈辱だと父は感じたのだろう。
二位の成績をとって帰省した時には烈火のごとく怒られてメチャクチャ叩かれた。
あの辺りから騎士になる情熱が冷め始めたのだが、それはまあ余談だ。
冒険者の仕事にハマり出してからもそういう、極めるまでにあと一歩届かないということばかり……と言うか届かないことしかなかった。
生まれついての器用貧乏なのだろうか?
まあ騎士を目指していた時の挫折感が飛び切りだったので、二回目以降はそこまで絶望ではなかったんだが、それでもそれなりにショックはあった。
ある時ギルド併設の酒場でクダ巻いていると、誰かが断りもなくテーブルの向かいに相席してきた。
ここから回想。
◆
それは、吟遊詩人だった。
一目でそうとわかる服装……。
オシャレな帽子に気取った外套、そして何より小脇には楽器のハープを抱えている。
格好だけなら魔術師なりと見間違うかもしれないが、楽器を携えているなら吟遊詩人で確実だ。
歌っておひねりでも貰おうという魂胆かと思われたが、予測を外れて切り出された用件は意外なものだった。
「……アナタには才能があります」
実に意外な一言だった。
俺は自分に才能がないと思い知っていた最中だったのに。
「アナタは、望めば何でもできるようになれる御方。しかしいずれも至高まで極めることはできない。そういう星の下に生まれたようですね」
「……ケンカ売ってんのかな?」
「そんなアナタだからこそ極めることのできる秘術があります。他の誰にも使いこなせない。アナタだけが扱うことのできる失われた古代秘術。それをアナタに伝授して差し上げましょう」
新手の詐欺の手口かな?
「秘術ってことは、魔法ってことか?」
たしかに冒険者としての適性クラスを探る途上で、魔術師も一通り齧ったよ。
でも全属性の中級魔法をコンプリートしたあたりで成長が止まり、結局モノにならなかったんだが。
「そう警戒なさらないでください。私がアナタに授けたい術は現状、地上に残っている簡易的な魔術とは次元を隔した別物です。時空を超え、この世界にない奇跡を呼び寄せるその秘術の名は……絆召喚術」
「絆召喚術?」
「失伝された古代魔法。私がそのように名付けました」
怪しい。
この上なく怪しい。
怪しすぎて普通ならば絶対手を出さないところであったが、その当時の俺は特に没頭するものも見つからなかったので何となく食指が動いた。
「…………授業料とかビタ一文払わないぞ?」
「金銭などいただきません。アナタが修得した秘術をもって何を成しえるか、それを見せていただければ充分です」
こうして合意が得られ、俺は絆召喚術とやらを習うことになった。
◆
回想終了。
吟遊詩人の言動は怪しいことこの上なかったが、お試しで習ってみたところ、驚くほどにハマった。
アッという間に基礎を学び終え、次は実践という段階で騎士学校をクビになった。
タイミング的には渡りに船であろう。
「俺は、このまま絆召喚術を本格的に極めるため修行に入ろうと思う。なのでパーティ活動はできない」
という俺の主張にオッサン、回想に根気強く付き合ってくれたあと深いため息をつき……。
「お前って落ちこぼれ扱いされてる割に真面目だよなあ? それとも何? 騎士学校の生徒様はお前以上に勤勉だったりするの?」
「まさかまさか」
真っ当な騎士学校の騎士候補様なんか勉強もそこそこに、卒業に充分な成績さえ確保できればあとは社交だ舞踏会だに首ったけよ。
夜ごと、ドレスで着飾った貴婦人をナンパして盛る日々よ。
「俺は俺で、自分が意味もなく生まれてきたとは思いたくなくてね。自分の死後も残るような成果の一つぐらい欲しいわけよ」
最初は半信半疑だった絆召喚術であるが、人生を懸けるに値する課題となることは今なら確信できる。
教えてくれた吟遊詩人には感謝だ。
ちなみにヤツは、俺に基礎を教え終えるとそのままフラリといなくなって以後所在不明。
まあ吟遊してるんだろう、吟遊詩人なんだから。
「上手く活用されたら、冒険者としての活動にもプラスになるからなー。ここは拘っておきたいところよ」
「まあ、お前の人生だから好きに生きればよいわ。でもパーティ入りを断るとなると儲けも細るぜ? 当面の生活費はどうするんだ? 少しぐらいなら貸せるぞ?」
「こないだワイバーン退治した報酬がまだ残ってるから大丈夫」
「わいば……ッ!?」
おっさん、一瞬酢を飲み込んだような顔つきになり……。
「……お前さん、なんで落ちこぼれ扱いされてるの? ワイバーンなんて、それこそB級パーティ以上で狩りに行くもんだろ?」
「だからそのB級パーティに交じってね。オッサンに勧誘を頼んだのって、そのパーティじゃないの?」
一応クエスト時は上手く立ち回れたという自信がある。
俺はどうも他人の呼吸を読んで合わせることだけは上手いらしく、どんなパーティに入ってもすぐに馴染むことができた。
『そんなアナタだからこそ絆召喚術の習得に向いてるのでしょう』というのは例の吟遊詩人の弁だ。
「……もっとも、すぐ上の兄貴は俺の三倍、一番上の兄貴は俺の十倍は強いけどな」
天才の兄たちに比べれば、呼吸が合う程度の特技など何ほどのこともない。
だからこそ父は、兄たちに劣る俺をどうしても許せなかったのだろう。
平均を多少越えたぐらいでは、父が求める『兄たちのような』優等生でなければ彼にとっては出来損ないなのだ。
「てなわけで誰にも期待されない俺は我が道を行くのよ。しばらくクエストは受けずにフィールドワークしてくる。ここにも顔を出せなくなるから音信不通になっても死亡扱いにしないでネ」
「それはわかったが……、フィールドワーク? どこか野山にでもこもる気か?」
「『イデオニール大樹海』へ」
「大樹海にッ!?」
オッサンの肝を潰した表情が印象的だった。
『イデオニール大樹海』。
大ベテランのギルド職員が驚愕するような場所であった。