26【別視点】イディールを行方を知った次兄
ジラハー家次男エクサーガの回想は続く。
事件が起こったのは三年前の騎士学校、年次対抗試合でのこと。
元からイディールは、父親からの期待に応えることができていなかった。
入学初年から数えて二年連続の準優勝。
優勝しか眼中にない愚かな父親は、その結果をイディールの不才、努力不足のせいだと大いになじった。
――『何故優勝できないのだ!? ワシの息子なら優勝して当然だろう!?』
彼がそう思うのは、長男次男が揃って優勝しかしていないことが根拠だった。
何と愚かな父親だろう、と今にしてやっと思える。しかし学生程度の、人生経験の乏しい時期では親の言うことが世界のすべてだと思い違えても仕方がない。
そういう意味では当時エクサーガもイディールも、父親に思想支配されていた。
それは親を持つ子どもなら誰もがそうであろう。『親の言っていることが間違っているかもしれない』と疑うことが子どもの独立の第一歩で、当時エクサーガもイディールもまだその段階に至っていなかった。
だからこそイディールも死に物狂いだった。
数多くの麒麟児を擁した『黄金の一三九期生』。
その中でトップに立つことは次兄エクサーガ、長兄ゼクトウォリスのケースより遥かに難しかったろう。
それでもイディールは努力し、死力を振り絞った。
並み居る強豪を制して準優勝まで駒を進めたのは、奇跡の成果と言わざるを得ない。
それでも優勝の座だけ取り逃し続けたのは、イディールの努力を上回る最強の障害があったから。
第四王子マシュハーダ。
『黄金の一三九期生』トップに君臨し続ける天才の中の天才。
一学年二学年と対抗試合で優勝を飾ったのは彼であり、イディールは常に彼に下され準優勝の苦杯を舐めさせられた。
事件が起こったのは、イディール三学年目の対抗試合で。
決勝戦までつつがなく進み、勝ち残りはイディールとマシュハーダ王子といういつも通りの対戦カードであった。
その日イディールはいつにもまして追い込まれていた。
『今年こそ優勝しろ』『ジラハー家の誇りを示せ』とプレッシャーをかけられていたから。
――『対抗試合も優勝できない無能にジラハー家の資格はない』
――『失敗も許されるのは二度までだ。三度目はない』
そう言って父親はイディールを追い詰めた。
イディールも思いつめ、優勝なくしてみずからの未来はないと極まっていたようだ。
だからあんな無理をした。
決勝戦においてイディールは無茶な攻め方をし、その隙を突かれて右手を打たれた。
模擬戦ゆえ殺傷力を持たぬ模造刀ではあったが、それでも大天才マシュハーダ王子が振るえば充分な凶器となりえる。
打たれた右手からは皮膚が裂け、血は漏れ出し、試合続行は明らかに不可能。
すぐさま試合中止が宣言され、打たれたイディールの敗北、マシュハーダ王子の三年連続優勝が決定するかに思われた。
しかし負傷したイディールの訴えによって試合続行がなされた。
――『自分はまだ戦える』『この程度の傷でまいるようでは実戦では役立たない』と。
父親からのプレッシャーで判断力がついていないのはたしかであったが、それでもイディール一人の訴えであれば教師陣によって退けられただろう。
問題は対戦相手であるマシュハーダ王子まで続行に合意したことだった。
対戦者同士が意見一致しただけでなく、第四王子というマシュハーダの立場が教師たちを委縮させた。
そうして続行の意志が通ってしまった。
イディールの右手は重傷で、速やかな治療を行わねば完治も危ぶまれるほどのものであった。
その傷のまま戦うのだから当然イディールに勝ち目などなく、ガタガタになったかまえをマシュハーダ王子から一方的に攻め崩され、惨敗を喫した。
それでも負けを認めることなく食い下がったため、試合は長期化。
お陰で右手の傷は悪化。その後治癒はしたものの後遺症を残し、右手から握力が消え去ってしまった。
利き手が使えなければ剣も使えない。
それはイディールの、騎士としての未来が断たれたことと同義だった。
何故イディールはそうなるまで引き下がらなかったのか。
相手は王族にして剣の偉才マシュハーダ。負けたとしても恥にはならないしむしろイディールは、王子と並ぶ学年の代表として称賛を受ける立場にあった。
認めなかったのは父親だけだ。
試合のあと、グシャグシャになった右手の痛みに耐えるイディールに父親は何と言ったか。
――『無様な負け方をしおって恥さらしが』
――『見苦しくてかなわん。お前などもうワシの息子ではない』
そう言われた弟の気持ちを、エクサーガは想像することもできなかった。
明確であったことは、イディールはその日を境にすべてが変わってしまった。
負傷した肉体だけでなく、精神までも。
毎日欠かさず続けていた剣の稽古もパタリとやめてしまったし、心が空っぽになったように一日中ぼんやりとする、そんなことを何日も繰り返した。
それまではマシュハーダ王子に次いで第二の成長株だと期待されていたイディールだったが、一人また一人と失望していき、ついには誰一人からも顧みられなくなった。
そう、期待されていたのだ学校の中では。
しかしイディール自身がそのことに気づかず、父親の言うことだけを真実だと信じ切り、自己評価を低くしてきた。
そしてイディールは騎士学校を去った。
それは著しい損害であったろう。イディール自身にとっても、彼を迎えることのできなかった騎士団……この国にとっても。
そう信じてやまないエクサーガは、どうしてこうなったのだろうと悔恨してやまない。
悪いのは誰だ。
自分の低能も顧みず、息子たちに無責任な期待をかけた父親が悪いのは間違いない。
しかし、たった一人の阿呆が好き放題振舞っただけで悲劇というのは起きるものなのか。
マシュハーダ王子とて、通年イディールを下してきた実力の持ち主なのだ。弟を押しとどめて傷をいたわることだって容易かったはずだ。
何故そうしなかったのか。長兄ゼクトウォリス同様、天才と呼べる者たちは人の思いやりに欠けるのだろうか。
教師たちは、生徒を導く立場でありながらイディールの囚われた心境を理解せず、ただ励むに任せるだけだった。
そして何よりエクサーガ自身が、弟をここまで追い詰めてしまったことに悔恨する。
自分のことだけで余裕がなかったというのは言いわけにすぎない。
イディールのたった一人の……そう、もう一人の兄は『兄』と呼ばれるべき思いやりなど持ち合わせない……たった一人の兄として弟のためにできることがあったはずなのに、それをしなかった自分をただひたすら恥じる。
だから今からでもやれることをする。
イディールを見つけ出し、自分が大層心配していたことを告げる。
――『お前のことを思っている者はいるのだ』と。
――『けして独りぼっちではないのだと』と。
彼と血の繋がった家族であることを声高に主張したい。
そのためにもう一度、必ずイディールに会わなければ。
◆
そう思い詰めていた矢先、エクサーガは思わぬ情報を得た。
「イディールが見つかった!?」
それは協力者であるギルド職員ゴゾルデと会合した時のことだった。
「うん、昨日ここを訪ねてきたよ」
「なんで教えてくれなかったんですか!? 有用な情報は知らせ合いましょうって約束したじゃないですか!?」
探している本人と出くわしたなどと、これ以上に重要な情報はない。
「うん、オレも早いとこ教えてあげようと思ったんだけどさ。その前にギルド職員として色々やることがあってさ。アイツの昇格試験もいきなり始まっちゃったし」
「昇格試験!? もしや冒険者等級の!?」
「そうそう、とりあえずA級昇格は確実で、S級に上げるかどうかも中央に申し送って判断を仰ぐんだってよ」
「S級……!?」
といえば全冒険者の頂点に立つ等級。
世界中にも合わせて数人しかいないという超絶者。
そんな選ばれた人間の中にイディールが入るというのか。
今まで不当に爪はじきとされてきた彼が……。
「弟が、やっと認められたというのか……!?」
その事実にエクサーガの全身が感動に打ち震えた。
自身のことのように嬉しい。
「そんなこんなのうちにイディールまた大樹海に戻っちゃってさー。また次いつ来るかわかんないから、アンタへの報告も急がなくていいかなって」
「戻った!? 大樹海に!?」
一体イディールは何をしているというのか。
しかし弟の健在がわかり、居場所すらもハッキリわかった今、エクサーガを留まらせる理由はない。
「……私も大樹海に入る」
「えッ!?」
「弟が生きてそこにいるとわかった以上、手をこまねいてはいられない。私も大樹海を突き進み、弟との再会を果たす!」
それを聞いてすぐさま慌てふためくのはギルド職員のゴゾルデだった。
「いやいや、そんなに慌てなくていいんじゃねえか!? イディールのヤツもそのうちまた街に戻ってくるって言ってたし、それを素直に待てば……!?」
「いいやダメだ。向こうが来るのを待つなど……!」
「どうしてそんなこだわりを!?」
エクサーガはずっと悔い続けてきた。
弟に何もしてやれなかった不甲斐ない兄として。
だから今こそ、何か弟のためにできることをしてやらねば気が済まぬ。
それをせずして、どうして家から捨てられた弟に顔向けできようか。
「プロの冒険者ですら警戒する『イデオニール大樹海』を分け入り、弟の下へたどり着く。その行動でもって私の気持ちを証明するのだ!」
無茶なことを言いだすエクサーガ。
しかしながら基本的に高スペックな兄弟は、大抵のことは何でもやり遂げてしまうのだった。




