25【別視点】イディールを探す次兄
ジラハー家次男エクサーガ。
彼が騎士となって最初の赴任先は、ボトリヌス辺境街にある辺境守護騎士団であった。
その存在意義は大きい。
国土の外縁こそ、他国からの侵略で一番最初に当たる場所であり、侵攻をはね返すためにも強固な防衛戦力を置かねばならない。
そのため国境付近には中央にも匹敵する大戦力を保持しておくべきだが、久しく国家間戦争など行われていない今、中央から遠く離れた僻地は左遷先の意味合いが強く、騎士学校を卒業したばかりの新人騎士にとっては忌避の対象でしかなかった。
そんな都落ちの先へとみずから志願したのがエクサーガであった。
理由はもちろんある。
実家から勘当され、行方知れずとなった弟イディールを探索した末、『イデオニール大樹海』に入ったという情報を掴んだからだった。
イディールを探し出すためにも現地へ赴くことは必須。
それと騎士の職務を並立させるには、『イデオニール大樹海』からもっとも近いボトリヌス辺境街を赴任先に選ぶことが効率的であった。
父親は大反対したが知ったことではない。
息子たちの名声を、自分を飾るアクセサリーとしか考えてない父親に従うのは、もうウンザリのエクサーガであった。
ただ父親の言うことにも一理はあって、いかに戦略的重要度はあっても現在左遷先とみなされている辺境へと赴くことは、エクサーガの騎士としての将来に不安要素しかもたらさない。
辺境赴任が彼の経歴に傷をつけ、中央における出世を絶望的なものにするであろう。
しかし、それでもエクサーガは弟イディールを探さずにはいられなかった。
自分の騎士としての将来を犠牲にしてでも。
エクサーガは自分が天才ではないことをよくよく知っている。
すぐ上の兄ゼクトウォリスが正真正銘の天才であったからこそ如実にわかった。
兄がやすやす達成させる数多くの課題、試練。遅れて同じものに挑戦するエクサーガは常により多くの時間と努力を費やさねばならなかった。
兄より手間取って、それでも何とか挙げた成果に父はいつも叱責をもって応えた。
『この程度のことに時間をかけるな』『兄はこれくらい簡単にこなしたぞ』と。
才能の足りない分は努力で補うしかない。
エクサーガはヒトの何倍もの努力量で、ヒトの何倍もの成果を上げた少年だった。
だからこそ彼の少年期に余裕というものは一切なかった。
兄を追いかけ、父に追い立てられる日々は脇目を振る暇さえもなく、すぐ後ろでよりもがき苦しむ弟を思いやることもできなかった。
父や兄の被害者は、自分一人だけではない。
むしろ不器用で、できないことをできるようになるのに必ず時間を懸けなければいけない弟イディールこそ、父の無責任な期待にもっとも嬲られた子どもであった。
エクサーガは後悔している。
もがき足掻く弟を、兄の立場でもっと守ってやるべきではなかったのか。
自分のことを棚に上げ、ただただ要求するだけの父。溢れ出る才能の代償だと言わんばかりに人の心を持ち合わせず、冷たい兄。
そのすぐ下で、唯一人の心を持ち合わせた自分こそが、弟を庇ってやれる唯一無二の存在ではなかったのかと。
しかしエクサーガは、自分自身の状況へ対応するのに必死で、ついに少年時代、弟へ気遣ってやれることができなかった。
騎士学校を卒業し、独り立ちして親の影響が著しく少なくなった今、やっと余裕をもって顧みれるようになった。
だから今、激しく後悔している。
今からでも遅くない。
血を分けた兄弟だからこそ、彼のためにできることがあるなら今からでもやるべきだ。
それゆえの僻地への赴任だった。
◆
そうして実際にボトリヌス辺境守街へと赴任したエクサーガであったが、肝心の目的であるイディール捜索は思ったように進まなかった。
弟イディールの行方を追って聞き込みを開始すれば、その足取りは意外なほど簡単にたどれた。
弟は有名人だったのだ。
少なくとも騎士とは別の世界、格式なき冒険者たちの業界においては。
弟が、騎士学校在学中から冒険者ギルドに出入りしたことは意外であったが、同時に安心と感心もエクサーガにもたらした。
一見、絶望して自暴自棄に陥ったかのようだった弟だが、彼なりに進む道を模索していたというのだから。
しかも足跡を辿っていく上でもたらされる弟の情報は、意外にも晴れ晴れしいものばかりであった。
イディールは、冒険者として様々な光明を上げて、同業者からも高い評価をもって受け入れられていた。
騎士学校に在学しながらの活動であったため目立つことは避けていたようだが、だからこそ他の冒険者のサポートに回る役割をあえてこなしていたようだ。
それゆえに弟の評価はすこぶる高い。
――『アイツが助けてくれなかったらオレぁ今頃死んでたぜ?』
――『呼吸を合わせるのが上手いヤツだ。初めてのパーティで何年も馴染んだ相棒のように立ち回る』
――『一通り何でもこなせるのが強みだよ。本人は器用貧乏だと言っていたが』
――『接近戦、魔法、レンジャー技術にサポート。どれもこれも第一線で通用する水準には充分達してるんだよなあ』
――『器用貧乏というより器用富豪という感じだった』
初めて耳にする弟への称賛。
騎士の世界では落ちこぼれとみなされていたイディールが、格式から外れた冒険者たちの業界で高い評価を受けていることに皮肉を感じた。
そうした経緯から、イディールが『イデオニール大樹海』へ向かったということは比較的簡単に辿れたが、順調なのはそこまでだった。
それからの足取りが、ふっつりと途絶えてしまった。
イディールが『イデオニール大樹海』へと踏み込んだからだと思われる。
以降数ヶ月もの間、戻ってきた気配がない。
どんな目的があって秘境へ踏み込んだにせよ、水や食料が底を尽きたら帰還せざるを得ないので、それでも戻ってこないということは最悪の可能性もよぎる。
「……いや、そんなことはない……!」
それでも望みは捨てない。
辺境街の騎士団へ赴任し、本格的な現地捜索を始めるものの、思うようにサクサクとは進まなかった。
まずエクサーガ自身、騎士の任務として赴任しているので、その任務を遂行しないわけにはいかない。
新人として覚えなければいけないことも多く、そもそも真面目な性格であるエクサーガは職務を疎かにできないので、弟捜索は合間を縫って行うしかない。
自然時間は限定され、捜索は難航した。
そんな中で数少ない成果といえば、現地の冒険者ギルド支部にて同じ目的を持つ人と遭遇できたこと。
ゴゾルデという中年男性は、長年冒険者ギルドに勤めてきた職員らしく、冒険者としてのイディールとも面識があるらしい。
奇しくもエクサーガ同様、大樹海へと入ったイディールを心配し職場を変えてまで行方を追ってきた。
目的が同じだけにすぐさま意気投合し、イディールの行方を追う情報を交換する約束を交わす。
以降、彼の手も借りつつ情報を集めたが、結果は捗々しくない。
いずれも、弟が大樹海へと踏み入ったことを最後に途絶えてしまう情報だった。
調べれば調べるほど、イディールの現状は『大樹海に入ったまま戻ってこない』という一点に集約される。
世界有数の難所である『イデオニール大樹海』で、人が数日も生き延びられるとは思えない。
そこへ数ヶ月。
導き出される結論は一つ……。
そこまで考えが至ってエクサーガは頭をブンブンと振って、白紙に戻す。
しかしすぐさま不吉なイメージは湧き……。
ということを繰り返すエクサーガだった。
そもそも弟は、何故こんな秘境へと踏み込んだのだろう、とことあるごとに思う。
真っ先に思い浮かぶのは、世を儚んで……ということ。
父から見限られたイディールが、もはやこの世に未練などなくし最後の場所として選んだのが世界最大の秘境……。
「……いやいや、アイツはそんなヤワでは……!?」
と思いたい。
しかしエクサーガの思い出の中には、強い心を持つはずの弟が決定的に心を折ってしまった時のことが克明に刻まれている。
アレを回想すると、ありえないことではないと思えてしまう。
あれは三年ほど前のことだろうか。
当時はエクサーガも騎士学校の生徒として在籍したので、その現場を直に目撃していた。
騎士学校では例年、生徒たちの成長を確認するための対抗試合が開催され、学年ごとの一位を決定する。
イディールの在籍した学年は激戦区であった。
何しろ『黄金の一三九学期』なのだから。
他学年であれば確実に優勝をもぎ取るであろうという実力者が、軽く十人を超えていた。
その中でイディールは必勝を要求されていた。何故なら長男のゼクトウォリスが在学中、前代未聞の全学年全優勝を成し遂げていたから。
愚かな父親は、長男ができたのだからと次男三男にも同じ成果を当然のように求めた。
できなければクズだと。
次男のエクサーガも必死に戦い、長兄に続いて全学年全優勝の偉業を成し遂げた。
しかし今にして『負けておけばよかった』と思っている。
エクサーガが先んじて連勝記録を打ち切り、父の期待を砕いておけば、その矛先がイディールにも向くことはなく、無駄な重圧にかけられることもなかっただろうに、と。
父親の過剰にして身勝手な期待は、息子たちにとって迷惑でしかなかった。
特にイディールにとっては。
時間をかけても必ず覚えることができる弟にとって、父親から急かされるのは害以外の何者でもない。
あんなものがなければイディールは、最後には騎士として必ず大成したであろうに。
それでも優しく誠実な心根ををもった弟は、親からの期待に応えようと実力を越えた無理をしてしまった。
そのために騎士としての将来を砕かれてしまったのである。




