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23 イディールの秘密

 なんかあれよという間に受けることとなった、冒険者等級昇格試験。


 次に対戦したのは、C級のレンジャーだった。

 素早さと手数が売りで、相手の隙を突くのが得意な俺にとっちゃ中々相性の悪い敵だった。


 案の定、互いに決め手に欠けてグダグダの長期戦になった。


 幸い、スタミナで俺に分があったようで、向こうが疲労で集中力を途切れさせたところを一気に畳みかけて勝利した。


「勝者イディール!」

「「「「わー……」」」」


 グダグダの試合内容だっただけにギャラリーの反応はしょっぱかった。


「やっと終わったかー。試合としてはつまんなかったな」

「決め手に欠けた泥仕合だもんなー」

「あのイディールってヤツ? 未踏領域から帰ってきたっていうから実力者なんだろうけど、これじゃ眉唾もんだなー」

「未踏領域帰還者ならA級相当の実力者だろ? 素早いだけが売りのC級レンジャーなんて圧倒するぐらいの切り札持っててしかるべきだろ?」


 好き放題に言いおる。


 そんな野次を無視しつつ、俺は絆召喚術でペットボトルを召喚すると、中の水を一気飲みする。

 一度絆を結んだら、相手と離れていても召喚が使えるのは助かる。


「お疲れ様ですマスター。タオルをどうぞ」

「うむ」


 コレーヌがセコンドよろしく補佐してくれるのも非常に助かった。


 しかし、このペースだと次当たりそろそろキツいな。

 消耗したスタミナもあるし、事前の説明から察すると、次に戦うのはC級の次のB級冒険者。


 C級ですら、独力ではあれぐらいに手こずる。

 所詮自分は、騎士学校を退学になった落ちこぼれであるということが身に染みた。


 あのレンジャーに勝ってC級昇格は果たしたことであろうが、次の相手に勝てるビジョンはまったく浮かばない。

 B級冒険者への昇格は無理そうだな、と思っていたところ……。


「マスター、ご質問があります」


 唐突にコレーヌから言われた。


「マスターはもしや右利きなのではありませんか?」

「んぬ?」

「見当違いであれば申し訳ありません。ですがマスターはこれまで、武器を持つ手も、食事や物書きをする時も左手を使っておりました。なので左利きだとばかり思っていたのですが」

「ああ、まあ……」


 そこに気づくとは、さすがコレーヌ。

 俺はすっかり使い慣れたつもりの左手を見詰める。


「……そうだよ、俺は元々右利きなんだ。小さいときは主に右手で剣を持って稽古してたよ」

「では、今は何故左手で?」


 素朴な疑問なのだろうか。

 俺は深いため息をついて、かつて我が身に起こった出来事を回想する。


「ちょっとした事故だよ。それで右手を怪我してね。治りはしたんだけど後遺症が残って、今じゃ右手の握力はほとんどないのさ」


 だから食事でスプーンをとる時も、ペンでものを書く時も、無論剣を振る時だって代わりに左手を使ってきた。


 もちろん最初は上手くいかないばっかりだったが。


 思えば騎士学校での成績が急激に落ちだしたのも、それがきっかけであったな。


 やっと慣れて左手でも一通りのことができるようになったのは、冒険者ギルドに入って色んな経験ができるようになってからだ。


「今じゃ左手が完璧に代わりになってくれるから、日常生活はほぼ問題ないんだよね。スプーンもペンも、左手で使える」

「しかし戦闘では難儀されているようにお見受けしました」

「マジで?」


 それで俺の利き手に疑惑を持ったってことだから、しゃーなしだなあ。

 自分では完璧にこなしていたつもりだったのだが第三者が見ると至らぬところがあるんだろうなあ。


「そもそも戦闘は全身を使ってやるものですので。一部が不全となるだけで目に見えて違いがわかります。教えてもらえば納得ですが、マスターは戦闘中まったく右手を使用しませんでした」

「ああ」

「その上、左腕の動作も僅かながらぎこちなさがあったので。マスターにとって、あの動きは万全のものではなかったのですね」

「今の俺にとっては充分に万全だよ……」


 右手が潰れてしまった今の俺にとってはね。

『もしも右手が使えたら……』という仮定をしてみたとしても、それは結局仮定でしかないんだから、現実に加味するわけにはいかない。


 俺は今日までずっと、その甘ったるい仮定を意識の奥底に押し込んできた。

 俺の右手はもう治らない、握力が戻ることはないと医者から散々言われてきたんだから。

 起こりえない奇跡を夢見るよりは、今ある左手と他の五体を総動員してこなす動きが、俺の最高パフォーマンスなのだ!

 ……はあ。


「……マスター、絆召喚術をしてみてください、わたくしとの絆を使って」

「はあ?」


 開いたって、出てくるのはキミのゴーレム強化外装ぐらいだろう?

 しないよ、ここでゴーレムを暴れさせることなんて。


 とはいえコレーヌの言うことも無下にできないので、言われた通り項目を開いてみる。

 すると……。


【絆召喚術Lv37>絆:コレーヌ(オートマタ)>召喚可能物:強化外装タイプ:ギガント 強化外装タイプ:イーグル 強化外装タイプ:オルカ……。


 に続いて……。


 ……補助駆動付きガントレット】


 というのが出てきた。

 何ぞこれ?


「召喚し、右腕に御装着くださいマスター」


 有無を言わさぬ口調で言ってくるため、勧められるままに術を発動し、新たに項目に出てきたものを現世に実体化させる。


「手甲……だよな?」


 項目に『ガントレット』と書いてあったのだから間違いあるまい。

 造りは全体的に質素で、むしろシンプルすぎて不安になるほどだった。


 手甲というからには防具の一種であり、敵からの刃や爪牙から上腕を守るのが役目だというのに、その役目を果たせるかどうかすら確信が持てない。


「右手に御装着ください、さあ早く」

「はいはいはい?」


 コレーヌの押しが余りに強いので言われるままに装着!

 これどうなるかと訝るが……。


「……ん?」


 装着したガントレットの内側から、かつてない違和感が発した。


「動く? 動くのか!?」


 俺の右手が!?

 ある日の怪我以来、ほとんど動くことのなかった俺の右手が動いておるぞ!?


 右手の親指、人差し指、中指、薬指、小指まで!

 力強く動いておるぞーッ!


「マスターのお力を借りまして召喚いたしましたのは、補助駆動付きガントレット。内側に、神経組織を伝達する電流を察知するセンサーがついていまして、それに反応して内部の人工筋肉が伸縮する仕組みになっております」

「さっぱりわかんねえ!」

「古代文明では、今のマスターのように神経系の損失を被った患者もおりまして、そういう方々の補助、リハビリに活用された道具です。マスターの状況を窺い、イメージを凝らしてみましたが、それで無事召喚できたようですね」

「すげえ!」


 どういう仕組みかはわからんが、これをつけていれば問題ない握力で右手を使うことができるってことか!?

 怪我して、まともな動きができなくなる以前のように。


「イディール様、休憩はもう充分でしょうか? 次に試合を始めます」

「はーい」


 そうだった、昇格試験の模擬戦の最中だった。


 ちょうどこのガントレットの効果をたしかめたいと思ってたからいいタイミングだぜ!


「あの、すみません」


 呼びに来てくれた……恐らくギルドの職員らしい人に尋ねる。


「ここギルドなんですから、武器の一揃えぐらい貯蔵してありますよね? そこから一つ使ってもいいですか?」

「それはもちろん。何を御所望ですか?」

「剣を」



 まともに剣を握ったのなんて何年ぶりだろうか?


 ブランクによって違和感が先立つかと思ったが、意外とそんなことはなかった。

 握った柄が、掌に吸い付くかのようだった。


 右手はガントレット越しだけれど。


 三番目の試合の相手は、B級冒険者。

 こちらは折り目正しい剣士のようだ。

 今までの戦ってきた相手のような野卑っぽさが一切なく、恐らく生まれ自体もそれなりの高貴なのだろう。

 剣のかまえも堂に入ったもので……、あの上段がまえはインセス流か。


 対し俺も剣の切っ先を相手に向け、正眼にかまえる。


「B級冒険者ライズトは正統派の剣士だ。今までの相手と違って隙がないぜ」

「C級レンジャーに手こずるようじゃ勝ち目はねえな」


 周囲を囲むギャラリーから煩わしい囀りが聞こえる。

 しかし俺の心を波立たせることはできなかった。


 心が風なき湖面のように平らかになっていく。

 そんな心境のただ中では、外から押し寄せてくる殺気は一際俊敏に察知できるのだった。


 気づいた時には、相手の剣は明後日の方向へ飛んでいき、我が剣は相手の肩口にピタリと押し当てられていた。

 勝敗は明らか。


「こ、これは……イグゼスター流『蔓打ち』……!?」


 対戦相手さんは、何かしら葛藤を表情に浮かべてから……。


「まいった」


 と呟いた。

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