01 そして勘当
俺の名はイディール。
ついさっきまで王立騎士学校の生徒でありましたが、めでたく退学となり、ただのイディールとなりました。
まあ、退学となったことに異論はない。
出来のいい生徒でなかったことは自分でもわかっているつもりだ。
俺が騎士を目指したのは、それこそ生まれたその時から。
俺が生まれたのはけっこういい血筋の貴族家で、かつ有名な武人家系だった。
父も、祖父も、曽祖父も、それ以前の祖先も全員騎士で、そんな家に生まれてしまったからには俺もまた騎士になることが生まれながらにして決まっていた。
そんな事情だから、俺が騎士学校に入ることも決まっていたようなものであり、俺自身何の疑問もなく幼年学校を経て騎士学校へと入学した。
いつ頃からだろうか?
そんな自分の人生を疑問に思うようになったのは?
一度疑問が交じり出すと一心不乱になりようがなく、それまで何とか保っていた成績もガクンと落ちていった。
騎士学校は、いわばエリート養成機関。
『選ばれし者』だと自負しているからこそ連中の、落ちこぼれに対する風当たりは強い。
「退学なんだってよ、あの落ちこぼれ……」
「やっとか。むしろ遅すぎたくらいだ……」
「武門の名家に生まれながら、まったく才能に恵まれないとはな……」
「あれが天才ゼクトウォリス様の弟だとは信じがない……」
「まったく騎士の栄誉を汚す痴れ者よ。存在自体が間違いのようなヤツだ……」
「退学になっただけでは足りんよ。いっそ学校だけでなくこの世からも消えてくれんか……」
せめて本人の聞こえないところで言えと思ったが、おおむね事実なので反論する気も起きない。
一応『お世話になりました』と挨拶を残して、校舎をあとにした。
『清々した』という気持ちは強がりではないと思いたい。
こうして重苦しい立場から解放された俺。
今や誰でもない自由な立場だが、それを満喫する前にもう一つやっておかねばならないことが残っている。
気が重いが義理は果たさねばな。
俺は一旦実家へと帰り、騎士学校を退学となった事実を報告する。
親に。
◆
「このクズの役立たずが」
予想通りの返事がきた。
退学となった俺へのコメントが、これです。
ちなみに言ったのは俺の父親。
「才能恵まれた我が息子たちの中で、どうしてお前だけがここまで役立たずなのか。我がジラハー家は先祖代々騎士の家系。我が父も、祖父も、そのまた祖父も皆、国王に忠節を尽くす高名な騎士であった」
「はい」
知ってます。
「なのにお前は騎士の才に恵まれず、剣すら握れぬ役立たず。せめて騎士学校を卒業するだけでもしてくれれば最低限の面目も立つのに。それすらできずにおめおめ帰ってくるとは。この父の顔に、どれだけ泥を塗れば気が済むのだゴミクズがッ!」
我が父親は、名門ジラハー家の現当主。
由緒正しい騎士家系の末として、自身もかつて騎士であったが今は引退している。
その代わり彼の下に生まれた数多くの息子たちが、いずれも才能を発揮して大活躍。
『英才兄弟の父』として脚光を浴びるのは、彼にとって何よりの喜びなのだと思う。
だからこそ許すことなどできない。
『英才兄弟』の中でただ一人の落ちこぼれ。完璧をほころばせる邪魔な存在を……。
「知っているか? 我が長男ゼクトウォリスはこのたび騎士団長を拝命することになった。まだ二十代のなかばだというのに歴代最年少での就任となる。まこと自慢の息子じゃ」
「おめでとうございます」
「次男のエクサーガも騎士学校を首席で卒業し、正規の騎士として叙任された。まずまずの進歩といえよう。それなのに三男のお前だけが、何故にここまで出来損ないに育ってしまったというのか……!?」
まこと申し訳ございませぬ。
「もういい」
「と言いますと?」
「思えば幼い頃からお前は、ことごとくワシの期待を裏切る子どもであった。剣も満足に振れぬ。長男も次男も幼少の頃から大人を打ち倒すほどの猛者なのに、お前といえば精々同年代に負けずにいるのがやっと。幼年学校でも首席になれず。騎士学校ではまともな成績も維持できずに退学になって帰ってくる!」
……。
まあ、すべて事実ですが。
プライドの高い父にとっては、こんな俺の存在自体が耐えがたいのだろう。
「お前のような無能など、我がジラハー家……我が息子である資格はない! お前を勘当にする! お前などもう子でもなければ親でもない!」
「……」
「もっと早くこうするべきであった! 役立たずの無能は、我が家に必要ない! 出ていけ! そして二度と戻ってくるな! 我が家ゆかりの者と名乗ることも許さぬ! 我が家とお前の縁は切れたものと思え!」
「はい」
予想通りの対応だったな。
彼にとって騎士になれない息子など存在価値はないのだろう。親子の縁を切られることぐらい当然覚悟の上だった。
俺自身ああ言われてまで家に留まろうとも思わないしな。
「承知しました。ジラハーの姓、これにて返上いたします」
「……」
「今日までお世話になりました」
「……」
父は終始無言で俺を見詰めるのみだった。
もはや悪口雑言も出尽くしたか。最後に別れの言葉の一つでもあるかと思ったが、それすらもなかった。
そんな考えを自分の中に見出して失笑が漏れた。
俺はまだ父に対してそんな期待を抱いていたのかと。その期待が裏切られることで、この家の未練を断つにはちょうどよかった。
家にはまだ母と、俺の下の弟妹がいたので別れの挨拶を告げておいた。
母は気弱な人なので、夫に文句一つ言うことができない。
俺が勘当されたことで涙を流していたが、状況を変えるために動くことはしないようだった。
あとは弟と妹が一人ずつ。
末っ子の妹も涙を流して俺との別れを嫌がってくれた。優しい子だ。そのことが掛け値なしに心を満たされ嬉しいことだった。
弟はあからさまに侮蔑してきたが。
コイツも優秀な兄弟で、上手くすれば幼年学校を首席で卒業できるとのこと。そのまま騎士学校も好成績で進み、騎士としてデビューを飾ることだろう。
だから落ちこぼれの兄など取るに足らないということらしい。
長男次男の二兄は、既に正式な騎士であるため任務のために不在だった。
◆
二人への挨拶も言伝て、俺は生まれた家を出て、もう二度と戻ることはない。
正直、清々したという気持ちが大きかった。
生まれた頃から過分な期待を背負わされ、騎士になるという将来以外にないと押し付けられた。
その騎士の道を断念して、代わりに魔法使いになることを強要されたのも同じだった。
父の期待を裏切りに裏切って、ついに手にしたのが自分で自分のことを決められる自由であった。
『もう知らぬ』と投げ出されたからこそ、自分がこれからどこへ向かって進むか、自分の一存だけで決められる。
それを実感した時、ビックリするほど自分の体が軽くなったような気がした。
体中、骨身にまで染み込んだ泥が一瞬にしてすべて洗い流されたような気分だった。
さて、これからどうするか。
とりあえずホームへ戻ることにするか。
俺が、誰にも気兼ねすることなく自分でいられる場所があった。
冒険者ギルドだ。
騎士学校で落ちこぼれをしている間、俺だってただひたすら怠惰を貪っていたわけではない。
幼少から父親に強要されていたとはいえ、自分を鍛えることはもう習慣と化していたからな。
冒険者を統括し、民間で起きたトラブルに対処して町村の平和を守る冒険者ギルド。
格式張らずに思うままに振舞えるギルドは性が合っていて、騎士学校で窮屈に生きる俺にとっては格好の逃げ場所であった。
親や学校に内緒で冒険者ギルドに所属し、日々クエストをこなしては自分で自分の食い扶持を稼ぐ毎日であった。
おかげでギルドから斡旋された常宿の方がメインの寝床になっているぐらい。
ここ最近、騎士学校をサボりまくって出席日数がロクに足りていなかったのも、冒険者ギルドでクエストをこなしまくっていたから。
騎士学校や父の連中は、俺が追い出されて路頭に迷うものと思っていたことだろうが、ところがぎっちょん。
ギルドでクエスト受けまくっていた俺はその報酬で充分に生活していけるのだった。
もはや親バレ学校バレを恐れてコソコソする必要もなくなったし、大手を振って自分の行きたい道をまい進しようではないか!
今日が俺の新しい誕生日だ!
こうして本格自由になった今、試してみたいこともあるしな。
ギルドで出会った怪しい吟遊詩人に教えてもらった希少魔法。
絆召喚術。