13 縄張り争い
スラッピィのできることがさらに多くなっていた。
こないだの風呂作りに触発されてか、お湯を絆召喚できるようになったのだ。
これでコレーヌに温めてもらう必要がなくなる。
彼女が介入すると、大体いつも熱湯になるまで突き抜けてしまうから助かった。
というか、それどころかスラッピィの絆召喚は気が利いていて……。
ただお湯を召喚するだけでなく……。
【絆召喚術Lv18>絆:スライム>召喚可能物:温泉>……】
からさらに選択肢が広がり……。
【>草津の湯】
【>有馬の湯】
【>別府の湯】
【>ポンペイの湯】
なんか色々あった!?
何がどう違うのかわからぬが、試しながら少しずつ研究していくとしよう。
そんなこんなで……。
◆
「マスター、警戒してください」
スラッピィを伸ばしたり縮めたりして遊んでいると、急にコレーヌから言われた。
「複数の敵意ある意思反応をキャッチしました。こちらへ向かいつつあります。迎撃体勢の構築を推奨いたします」
コレーヌってそんなこともできるの?
物騒な物言いだったので素直に助言に従い、準備を整える。
「戦いになるかもしれないって。準備してー」
「久々に血が見られんのかー!?」
ゴブリーナへ声をかけ、武器とかを手に取る。
『キュピピピピピピッ!!』
スラッピィも殺る気だった。
ログハウスから出て待ち構えていると、坂を駆け登ってくる複数の足音が聞こえてきた。
……。
人の足音じゃないな。
それに交じって獣の遠吠えのような甲高い声も聞こえる。
というか遠吠えそのものだった。
「オオカミか……!?」
俺たちの待ち受ける丘の上から、駆け登ってくる複数頭の四足獣を確認できた。
オオカミは、もっともありふれた害獣として何度も触れ合ったことがある。
家畜を襲うオオカミ退治は、冒険者ギルドでは定番クエストの一つだった。
しかし……。
今日見るオオカミは、今まで知っていたのと大分違うくないか?
「体も大きいし逞しいし……!? 毛皮もモサモサして鎧みたいだ……!? 牙も長い? 口からはみ出してない?」
「あれは大樹海固有のオオカミ種です」
俺の戸惑いに、コレーヌが説明してくれる。
「大樹海では、大抵の動植物が特有の進化を果たし、他の土地より強くなっています。あのオオカミらもこの秘境を生き延びるために代を経て強くなったのでしょう」
「そういえば……!?」
言われて思い出したぞ。
たしか『イデオニール大樹海』にはヘルウルフという種族名の、他では見かけない強力なオオカミがいたと、冒険者ギルドの共有情報に載っていた。
アレがそうなのか!?
しかしオオカミたちがここまで駆け登ってくるのが、丘の上からだと丸見えだ。
元々コレーヌが守っていた土地にログハウスを建てたのだが、小高い丘の上という立地が、どれほど守りに適しているかを実感する出来事だった。
……やがてオオカミたちは丘を登り切って、俺たちの眼前までやってきた。
相手もとっくに俺たちのことを確認していたのだろう。
戸惑いもなく、ただただ『グルルルル……!』と威嚇の唸る声をあげる。
「……」
『…………ッ!』
しばらく無言で睨み合ってから……。
『……なるほど、たしかに丘の上から巨人が消えているな』
「……!?」
おもむろに聞こえてきた声は、誰のものか?
右を向いてコレーヌを確認する。『違う』と頭を左右に振られる。
左を向いてゴブリーナを見る。否定。コイツが言ったのでもなかった。
この場に、人語を操れそうなのが俺含め、その三人しかいないはずなのだが?
他にいるとしたら……。
『我は、誇り高き獄狼族の群長……ウルシーヴァ。惰弱なる生物よ、弱肉は強者の血肉となって生まれた務めを果たすがいい』
「やっぱりコイツだった!?」
オオカミが喋った!?
これも大樹海特有の進化なの!?
「オオカミといえど、モンスターの一種でもありますので……。我々の予測を超える特殊な進化を果たしていても不思議ではないかと……!?」
そういえばヘルウルフには一段上の優位種としてヘルへイムウルフとかいうのがいるんだと、やはり冒険者情報で聞いたことがある。
通常のヘルウルフより格段に強い上に、賢いとまで聞くが……。
まさか人語を解するほど賢いとは!?
……ウルシーヴァと名乗ったボスオオカミの背後には、ソイツが引き連れていると思しき他のオオカミが複数いた。
けっこうな数。これが一斉に飛びかかってきたら、今のこちらの頭数では対処しきれぬかもしれない。
「……お気を付けくださいマスター」
耳元でコレーヌが囁く。
「彼らは、遠吠えを上げながら登ってきました。遠くにいる仲間と連絡を取り合いながら攻め寄せてきたと推測されます」
目の前にいるオオカミたちだけじゃなく、他にもどこかに潜んでいるってことか……。
最悪取り囲まれていることも想定に入れなければ。
群れで獲物を追い詰める、オオカミの特性は失われていないと見るべき……!?
「……大勢でお越しで何用かな?」
とにかく、言葉を喋るということは意思疎通が可能だということ。
もはや対決ムードが押しとどめられぬところまで来て一触即発の雰囲気だが、たとえて敵にしろ相手のことを知ろうとするのは無益ではあるまいと思った。
「今晩の食材探しなら、他を当たった方がいいと思うが? 何しろここにいるのは骨ばった人間やゴブリンぐらいのものだからな」
コレーヌは一見柔らかくてジューシーそうなお肉だが、中身は機械で期待外れなことになりそう。
探るように言ってみるが、人語を解するオオカミが返してきたのはあからさまな侮蔑の感情。
『ハン……誰がニンゲンなど好んで食すか……。しかし、我らが本当に求めるもののおまけとしてなら、不味いのを我慢して貪ってやらんこともない』
「本当に求めるもの?」
『ここだ』
「?」
いきなり場所を指定されて戸惑う。
どういうこと?
『この土地そのものが、我々の求めるものだ。この丘を我々のナワバリとする。この丘は我々のものだ』
堂々の侵略宣言。
まさかオオカミの畜生風情から領土戦争を仕掛けられるとは。
「これまでも説明しました通り、高所であるこの丘は、守りに適した天然の要害です。他種族との生存競争に勤しむ野生の獣にとっては、是が非でも支配下に置きたいものかと」
コレーヌの補足説明。
土地を巡って争い合うのは人も獣も変わらないのか。
『この丘は、この一帯でもっともいい場所だ。我らだけでなく、あらゆる種族がこの土地を欲したが、遥か昔から存在する巨人が居座って動かず、誰も近づくことができなかった』
オオカミ言う。
巨人……。
心当たりがあって脇にいるコレーヌへ視線を送った。あからさまに目を逸らされた。
『しかし今、その巨人はいない。どこに去ったか知らぬが、主なき土地をいただくのは当然のこと。いち早く巨人の不在を察知し、真っ先に到達した我ら獄狼族にこそ、この丘の次なる支配者の資格がある!!』
「この地の所有者は既に決まっています。我がマスターです」
オオカミの恫喝まがいの主張へ真っ向から反論していくのはコレーヌ。
「イヌ科動物ごときがマスターの領域を騒がせるなど言語道断。即刻退去を勧告します。警告は一度だけと心得なさい」
『弱小ニンゲンなどがナワバリを主張するなど片腹痛い! ここがお前たちのナワバリだというなら、お前たちの首を噛み砕いて命諸共奪い取るまでよ! それが自然の掟だからな!』
「そうですか……!」
自信満々に言うオオカミに対し、コレーヌの声音が冷めていくのがわかった。
凍えるほどに。
彼女は自身を機械仕掛けの作りものだと言い切るが、果たして作りものがここまで冷え冷えする感情を発せられるものなのか。
無機質の冷たさではない。真冬に吹き荒れるブリザードのような、猛烈なる冷気のエネルギーだった。
「……マスター、戦闘許可願います」
「お好きにどうぞ」
快諾するより他ない俺。
「獣風情の勘違いを正します。アナタたちの言う巨人は、ここから去ったわけではありません。今この時もここにいます。アナタたちの目の前に……」
『は?』
「自然界においては、身体能力の高さよりも危機を回避するための鋭敏さこそが生き残るために必要です。アナタたちは、その貧弱な牙などより、危機から遠ざかろうとする臆病さこそを磨くべきでした」
……コレーヌが絆召喚を開始した。
【絆召喚術Lv18>絆:コレーヌ(オートマタ)>召喚可能物:強化外装タイプ:ギガント】
現れるゴーレムの強化外装。
その中に取り込まれるようにして、ゴーレムの外殻をまとったというか、乗り込んだというべきかなコレーヌ。
数千年とこの丘を守護してきた巨人が、今再びその巨躯を露わにしてオオカミたちを見下ろす。
『あわ!? あわわわわわわわわわ……!?』
『愚鈍として死ぬなら、腰抜けとして生き残った方がマシだったと思い知らせてあげます』
彼女の警護任務はまだ終わっていなかった。




