00 プロローグとしての退学
王立騎士学校。
そこに在籍する俺は、ある日、担任教師から呼び出しを受けた。
「イディール=ジラハー。貴様を退学処分とする」
「……」
俺が、特にリアクションも見せずに無言を通していると、『やれやれ』とばかりに深いため息をつく教師。
なんて頭の鈍いヤツ、とでも思っているのだろう。
「もっと噛み砕いて言わねば理解できんか? まさか、まったく意外とは言わんよな? 貴様の成績、授業態度、出席日数、どれをとっても誇りある騎士学校に相応しいものとは言えぬ」
「やる気のない落ちこぼれだと?」
「わかっているではないか」
まあ、目の前の教師が言うように、俺が登校してきたのは今日で実に一週間ぶり。
テストや実技も真面目に受けた覚えがないから、成績だってどん底のはずだった。
「我らが王立騎士学校は、国家に貢献する騎士を育て上げるための学校。我が校を卒業した者は正式な騎士となり、王家直属の近衛騎士団や王都騎士団へと入団する。生粋のエリートなのだ。我が校で学ばずして騎士になることはできないというほどに!」
「そこまでではないでしょう? 地方の騎士団にはウチ出身じゃない人もたくさんいますよ?」
「そんな田舎者どもと一緒にするな!」
揚げ足取ったらキレられた。
「とにかく貴様は、そんな栄光ある騎士学校の恥なのだ! 低能、怠惰、やる気なし! そのくせ口だけは達者だ! そんな劣等生に、これ以上我が校の末席を汚させるわけにはいかぬ! ……よって厳正な審査の下、校長先生からの裁可を頂き無事、貴様の退学が決定した!」
「はあ」
「やっと貴様を追い出せると思うと清々するぞ? 何せ貴様は、やる気も実力もないが余計なところだけ優秀で中々切り捨てられなかったからな? お前自身とはかかわりない要素がな?」
担任教師は、どこか勝ち誇ったような表情で俺のことを見やる。
あからさまな嘲りの表情だった。
「騎士の家系として有名なジラハー家に生まれ、後ろ盾ばかりは立派だったからな。貴様の兄君たちはいずれも我が校を首席で卒業した、誇るべき優等生だ。そんな彼らの経歴に泥を塗るまいと皆、貴様を腫物扱いしてきたのだぞ?」
「……」
「まったく不甲斐ない。名家に生まれながら、その役割を果たすこともできない無能が。そんな貴様に、この吾輩が引導をくれてやるというのだ。感謝してほしいぐらいだな?」
この教師の言うことも間違いではない。
俺の実家が、先祖代々高名な騎士を輩出してきた名門武家であることも事実だし、実際、俺の兄たちはいずれも才能豊かな強豪騎士であることも紛れもない。
俺の上にいる二人の兄は両方、既に騎士学校を卒業し正規の騎士として活躍している。
目覚ましい働きで出世街道を駆けあがっているそうだ。
そんな優秀な兄弟の中で、俺一人が落ちこぼれ。
「イディール=ジラハー、貴様にほんの少しの根性でもあれば優秀な兄たちを目標に強い騎士へと成長できただろうにな? 我が騎士学校も、上達を志す者への援助を惜しまぬ。才ある若者を成長させることが学校の意義だ」
「……」
「しかるに貴様が成長できずに退学となったのは、貴様に才能と、強くなっていこうという上達の意志が欠片もなかったからに他ならぬ。我が校の指導に間違いがあったからではない。そこをけっして勘違いするなよ!」
「罵るだけ罵ってから、責任回避の予防線張りですか? 保身が見え見えですよ?」
「あぁッ!?」
悪鬼のような形相で睨んでくる騎士学校教師は、いわゆる鬼教官で、無闇に生徒をしごくことで有名なヤツだった。
とにかく叩いて怒鳴っておけば人は育つ、と言わんばかりの雑な指導で、一応は戦闘職である騎士を育てるのなら適切な指導法なのだろうか?
こうして退学を言い渡された俺には正誤を判断することはできないが。
「心配しなくてもちゃんと弁えていますよ。たしかに俺には上達の意志の欠片もなかった。そんなヤツが正式の騎士になどなれるはずがない。周囲に、ちゃんとした目標を持って頑張っているヤツがいるならなおさらのこと」
「お、おう……?」
「本当なら、もっと早くに俺はここを去るべきだった。中途半端にウジウジしていた俺に引導を渡してくれた教官には感謝すべきでしょう。これで心置きなくここから去っていける」
殊勝な俺に虚を突かれたのか、一瞬だけ鼻白んだ騎士学校教師が、しかし段々と得意げになって……。
「……ハハッ、少しは恥じ入る心根を持っていたようだな! そう、誇りある騎士を育成する我が校に、上達の意志がないヤツは必要ない! お前のような落ちこぼれはな! フハハハハハハハ!」
そう、俺に上達の意志はない。
騎士としては。
「今までお世話になりました」
「おうそうだ! 散々世話してやったのに教師の期待に応えず、まったく成長できなかった恩知らずめ! どこへなりと失せろ! 中途といえども我が校に在籍していたなどと口外することは許さんからな!」
心配しなくても、そんな恥ずかしいこと自分から言い触らしませんよ。
斯くして俺は騎士学校を退学となった。