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悪役令嬢と来訪者

先に謝っておきます。ごめんなさい。


     (;>_<;)


「王太子様は、騎士団と樹海へ向かわれるはずだったのでは?」


 冒険者達と共に馬車にゆられながら、エカテリーナは王太子を見る。

 王太子の左右には彼女の兄らが座っており、なんとも言えない重い空気が幌の中に漂っていた。


「そなたを一人で行かせられる訳なかろう。騎士団の部隊は叔父上に預けた」


 公爵様に?


 国王陛下は一人っ子だ。王太子からみて叔父にあたる人物はミルティシアの父である公爵しかいない。


 公爵様って文官なはずよね? また無茶な事を。


 たぶん無理矢理押し付けたのだろう。エカテリーナは呆れたかのように天井を仰いだ。

 そんな彼女を眺めながら、王太子は舞踏会での事を思い出す。




「はあっ?! なんじゃそりゃ。契約??」


 すげなくエカテリーナに置き去りにされた王太子は、声をかけてきたラシールに洗いざらいぶちまけた。

 呆れに困惑を混ぜ混んだ顔で、ラシールは王太子を見つめる。


「分かってる、俺が愚かだったんだ。もうどうにもならなくて」


 王太子は脱力したままテラスに凭れていた。

 それに痛ましそうな眼差しを向け、ラシールは少し考え込む。


 馬鹿なのは間違いないが、エカテリーナ嬢の切り返しも鮮やかすぎた。相手が悪かったとしか言えないな。


 そして致し方無さげに溜め息をはくと、軽く首を傾げ静かに呟いた。


「なんとかならなくもない。悪知恵なら貸せるぜ?」


 半信半疑な顔で怪訝そうに見上げる王太子に、ラシールは事も無げな口調で宣った。

 

「王太子を辞めるんだよ」


 途端、絶句。王太子の顔から表情がするりと抜け落ちる。


「は?」

「ちょい耳貸せ」


 耳に届いたラシールの説明で、訝る王太子の瞳が輝いた。


「な? いけそうだろ?」


 確かに.... それならば、契約の一部を無効に出来る。曲芸にも近い....ある意味、詐欺まがいだが、上手く行けば全て丸く収まる。


「陛下に相談してみよう」


 そこで騎士団らの乱入があったが、本格的な軍事行動の前に何とか話をする事が出来た。

 話を聞いて両親共に唖然としていた。それはそうだろう。しかし、大叔母は声高に笑い、賛成してくれる。

 失敗してもデメリットはない。むしろ失敗した方が国のためになると縁起でもないプレッシャーをかけ、頑張りなと、騎士団の指揮を叔父に放り投げてくれた。


 それなりな応援なのだろうが、ぞんざい過ぎる。


 身内に恵まれた気がしなくもないが、釈然としない。


 そんなこんなを脳裏に浮かべ、王太子は、如何にしてエカテリーナを策にはめるか、慣れない悪巧みに悪戦苦闘していた。




 半日も走っただろうか。朝日も昇りきった頃、辿り着いた王都端はパニック状態だった。

 多くの野獣が暴れまわり、人々が泣き叫びながら右往左往している。すでに事切れた遺体を、さらに食いちぎる獣達。

 眼を覆いたくなるような悲惨な情景に、王太子は顔が凍りつき言葉も出せない。

 だがそこに、甲高い声が上がる。


「騎士団一班は民を王都方面へ誘導、二班、三班は獣の討伐っ、ここで食い止める、負傷者を見棄てるなよっ!!」


 馬車の御者席に仁王立ちし、エカテリーナが目の前の野獣の群れを睨めつけながら指揮をとっていた。


「全軍構えっっ!! けだものらに、丁重にお引き取り願おうかっっ!!」


 天高く剣を振り上げ、エカテリーナが吼えると、凄まじい雄叫びとともに騎士団が獣らに向かって飛び掛かっていく。

 追従してきた騎馬ら数百が溢れる獣らを蹴散らし、打ち上げ、続く重騎士らが守り戦線を維持する。

 そして各種騎士達が遊撃に回り、騎馬に蹴散らされた獣どもを屠っていった。

 それを確認し、エカテリーナは馬車を進ませる。


「では兄上様方。御武運を」

「お前もな」


 騎馬が拓いた道を馬車が駆け抜け、こちらに向かっているはずのハシュピリス騎士団らとの合流に、樹海へと向かう。

 消え行く馬車を見送りながら、エカテリーナは馬に乗り、戦場へと駆け出した。


 その一連の鮮やかな流れに見惚れ、王太子は自分が再び置き去りにされた事に、全く気づいていない。

 しばらくして正気に返った王太子は、地団駄を踏み鳴らし、自分が率いるはずだった右翼の部隊に馬を走らせた。





「北が薄いっ、二班、槍三名っ、続けっ!」


 エカテリーナは野獣達が戦線から飛び出さないように、要所要所へ騎士を誘導する。

 細かく戦場を確認し、重騎士らによる防衛ラインを押し上げていき、途中途中で逃げ遅れた負傷者や民を回収。

 エカテリーナの部隊左には辺境伯夫人率いるハシュピリス騎士団が。右には公爵と指揮を交代した王太子の部隊が。

 それぞれ戦線を維持しつつ樹海を目指し突き進んでいた。


 しかし樹海に近づくにつれ、獣は数も種類も増し、一進一退の泥沼な攻防へと移り変わっていく。

 地を埋め尽くすような野獣の群れ。切っても切っても減らない獣達。何がいったい、どうなっているのか。


 肩で息をしながら、満身創痍な騎士達は戦線を維持するのが精一杯となり、現場は膠着状態に陥っていた。


 御母様は大丈夫だろうか。王太子様は...?


 今にも陽がかげろうとしている夕闇の中、後方部隊による篝火によって、戦場は薄明るく照らされている。

 だが目に見えて消耗してきた人々には、大した助けにはならなかった。




「御姉様が戦場へっ??!」


 いったい何故そんな事に???


 ミルティシアは王宮のテラスから見える戦場の篝火を見据え、祈るような気持ちで眼を伏せる。


 女神様っ、どうか御姉様に御加護を....っ!!


 渾身の祈りに身を捧げる末孫娘の後ろ姿を見つめつつ、ネル婆様は、国王陛下に報告する騎士らの言葉に耳を傾けていた。


「辺境伯領からこちらへ鎮圧部隊がロール殲滅を行っており、その余波の獣らが押されるように王都側へ雪崩れ込んできているようです」

「なんと....未だにこちらが殲滅出来ないのは、そういう訳か。だが、それならいずれ鎮圧部隊と合流して兵力も倍増されよう。持ちこたえるしかない」


 勝手な事を。


 現場に全てを丸投げする国王らの相談に大きく舌打ちし、ネル婆様は王妃と顔を見合わせる。

 王妃は真摯な面持ちで頷き、二人は並んで後宮へ消えていった。



 所変わって王都目前のハシュピリス軍は、途中途中で鎮圧の応援に騎士らを減らしながらも最速で馬を走らせ、ようやく王城が見える辺りまでやってきていた。


 そして絶句。


「なんだ、これは....」


見渡す限りの野獣の群れ。今まで見てきた領地の比ではない。

 樹海近辺は壊滅状態、遠くに見える篝火が、たぶん防衛ラインなのだろう。


「ちくしょうっ、やらせるかよっ!! 行くぞっ!!」


 応っっ!!と呼応するハシュピリス騎士団や冒険者らとともに、ギルマスは野獣の海に飛び込んでいった。


「チトゥセっ、頼むっ!!」

「了解っ!!」


 ギルマスの言葉に頷き、千歳は馬から飛び降りると、野獣がひしめく大地に降り立つ。そして片っ端から魔法を打ち込み、爆散させていく。

 他の騎士らや冒険者も次々に野獣へ駆け出し、新たな戦場の幕が切って落とされた。





「援軍....?」


 エカテリーナの目に複数の篝火が見える。


 王城側からと、樹海沿いから。


 それぞれが見る見る数を増し、一路こちらへと向かってきているようだった。


 ....助かった?


 海側の領地の騎士団とハシュピリス軍だろう。

 既に限界を超えて闘い続け、朦朧とする意識の中で、エカテリーナは剣を支えに立ち上がり、力の限り叫んだ。


「援軍だっ!! 一旦退いて戦線を立て直すぞっ!!」


 エカテリーナの声を聞いた騎士らが笛を鳴らす。撤退の合図の笛に、戦場の空気が変わった。

 まだ余力のある者が殿をつとめ、軽傷者が重傷者に手を貸しながら後方へ下がる。

 

「負傷者を拾えっ、一人も残すなっ!!」


 疲労困憊でふらつきながらも、エカテリーナは全軍が下がるまで前線で声を張り上げた。


 頭が割れるように痛い。負った傷が深いのか、左足に感覚がない。痛みが遠いのは、ある意味幸いだ。ヤバくもあるが。

 一番最前線で戦っていた彼女は、気づけば幾らかの深手を負っていた。


 つらつらととりとめのない事を考えつつ、エカテリーナは全軍撤退したのを確認し、自分も後方へと下がる。

 すると重騎士らが守る防衛ラインから、誰かが飛び出してきた。眼を見開いて何かを絶叫しながら駆けてくる男性。

 

 ....王太子様? 何故ここに?


 見れば防衛ラインには複数の旗がたなびき、大勢の兵士が立ち並んでいる。


 援軍が着いたのね。良かった。


 しかし変だ。皆が眼を見開き、叫ぶようにこちらを指差している。駆け寄っていた王太子は既に目の前だ。


 満身創痍の疲労から夢現だったエカテリーナを抱きしめ、王太子は身体をクルリと反転させた。


 その瞬間、辺り一面が真っ赤に染まる。


 反転したエカテリーナの瞳に巨大な熊が映った。


 意識が朦朧としていた彼女は、背後から攻め寄る熊に、全く気付いていなかったのだ。

 宵闇が獣に味方をする。周りも闇のせいで認識が遅れた。

 いち早く気づいた王太子が絶叫をあげ、初めて周囲もそれに気づく。

 誰もがエカテリーナを救おうと飛び出したが、時既に遅く、間に合ったのは王太子一人だけだった。


 後れ馳せながら辿り着いた騎士達が、熊を切り裂き打ち倒す。

 生温かい血塗れな王太子を抱えたまま、エカテリーナの思考は完全に停止していた。


 だが次の瞬間、彼女の本能が悲鳴を迸らせる。慟哭にも似たそれは、涙の泡沫と共に悲しく戦場に谺する。


 力ない王太子の亡骸を抱き締め、声の限りを尽くしたエカテリーナの絶叫は、遥か遠くの樹海の奥まで響き渡り続けた。


ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっっ!!

     ((( ;T Д T)))

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん…よし!皇太子の事はすっぱり忘れちゃいましょう(*´ω`*) …別に蘇生とかいりませんよ?
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