壊れる二葉
私は今、6時間目の授業をサボって学校から駅までの道を歩いている。
そんな私の少し前を歩く一組の男女。
女は腕を絡ませ、楽しそうに話しかけては嬉しそうに笑う。
面倒くさそうにしながらも、どこか優しげな表情で応対する男。
まるで恋愛映画の一場面を見ているかのような、仲睦まじく、お似合いの二人。
そんな後ろ姿を暗い眼差しで見つめる私は…
「私の場所…」
小さく呟く。
………………
ついさっきまで、私は幸せの中にいた。
大好きな彼が私を慰め、優しく包んでくれていたから。
それから少し経ち、私が落ち着いたのをきっかけに揃って下駄箱まで歩いた。
その時も二人は腕を組んでいた。
甘えるように絡みつく腕を、彼は当然のように受け入れていた。
「ケーキも買うけど、先に飯だなー」
「ですね!さっきは食べ損ねてしまいましたもんね♪」
「二葉は食べたんだろ?悪いけど付き合ってな?」
「う、うんわかった」
私がいつもいる場所に誰かがいる光景。
そんな光景に、私は今がどんな状況なのか分からなくなり混乱していた。
ついさっきまであった幸せな気持ちは、もうない。
愛想笑いが出来ていたら上出来…ってくらいの心境だった。
気づいたら、既に校門の外に出ていた。
「私の場所…」
二人の後ろ姿を見て、思わず口をついて出た私の心。
すぐに気づいた彼は、右手を差し出してくれた。
「いつもと立ち位置逆で変な感じだけどな」
そう言って彼が笑う。
私は返事をする間も惜しんで、すかさずその手を握った。
嬉しくて…寂しくて……悔しくて…
複雑だったけど、少しでも彼を感じたくて、そっと肩を寄せる。
3日前まで遠慮などいらなかったその行為に、今はどこか緊張している。
俯いた先にあるアスファルト、何故か滲んで見えていた。
「私は最初から、朝日さんの事が大好きな一花さんを好きになったのですよ?」
「……え?」
彼に身を寄せた辺りから、また記憶が飛んでいた私に 宵闇 漣華 が声をかけていた。
慌てて周りを見る。知らない間に、駅まであと半分の所まで来ていたようだ。
「朝日さん?」
「あ、うん…ごめん」
(好きになった、仲直り、俺達の家…)さっき彼が言った言葉を頭で何度も反芻しながら、今の状況、二人の関係、私の立場、3日間の事、そして、これからの事…
沢山沢山考えては暗く、卑屈な気持ちになっていった。
気づけば私は、世界で一番嫌いな人間に対し、謝っていたんだ。
「あら。その程度なんですね。つまらないです。もっと見込みがあると思っていましたが…」
「っなによ!」
いくら意気消沈な私でも、この煽るような口調には我慢が出来なかった。
「ふふ。私ね、先程の口論、結構楽しかったのですよ?今まで面と向かって私にかかってくる女性はいなかったので…初めての喧嘩でした」
はぁ…だから何なのよ…
何か言い返そうと、そこで改めて彼女の顔を見る。
なんだか嬉しそうで、優しい目つきで、悔しいくらいに……綺麗で…
何よ…何でもいいから怒鳴ってやろうかと思ってたのに、そんな顔されたら…
「それはあなたが…いっちゃんを取ろうとするから…私だって…普段なら喧嘩なんてしないんだから」
本当はもう取られていたのに…認めるのが怖くて『取ったから』とは口に出せなかった。
「では、お友達になりませんか?」
「はぁ?!無理に決まってるでしょ?!」
ふざけんな。あんたなんか消えて欲しいと思っているのに。
「そうでしょうか?私は今日から一花さんと一緒に暮らすのですから、あなたはお隣りさん。ましてや唯一喧嘩の出来る相手。私としては是非仲良くしたいと思っているのですが…」
わざとらしく困ったような顔をする彼女。
勝ち誇っちゃって…本当にムカつく。
「一緒に住むとかふざけないでよ!た、確かに二人は付き合ってるみたいだけど…そんなの絶対に、ぜーったいに許さないからね!もういい加減にしてよ!何なのよアンタ!」
「何って…家族ですよ?一花さんはもう私の一部なんです。私は一生彼を離しません。あなたが過去に言った《《偽りの家族発言》》とは違ってね」
「なっ…」
「おい…」
私が言った家族発言…?どうゆうこと?
…私がいっちゃんを家族のように思っているのは事実。最初は兄弟のように思って欲しかった、いつでも頼って欲しくて…でも…あの日、いっちゃんが急に泣きだした日…守ってあげたくなって…それで、ずっといっちゃんを守れるように、そう思って奥さんにしてって、結婚してって私は言ったんだ…。
いっちゃんは泣きながら、「うん」って言ってくれた。あの日から私達は恋人になった。結婚するその日まで。だから私は将来の妻として、もういっちゃんを家族だと思っていたけど…。
家族…家族……
あ………そっか…思い出した……いっちゃんが泣き出す前……私は言ったんだ……「いっちゃんは私の家族だよ」って。
あの時いっちゃんが泣いていたのは、失った家族の代わりに、家族が出来ることが嬉しかったからなんだ……
そうだったんだ…
(別れて下さい!)
うっ…
それなのに…それなのに私は何てことを……何てことをっ!!
私が!私がまたいっちゃんを一人にしたんじゃない!!
どうしてそんな酷いことを!!
家族を求めていたいっちゃんを裏切った!簡単に!簡単にぃー!!
いっちゃん…ごめんね?ごめんね?
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……
…殺したい!殺してやりたい!!
こんな自分が許せないっ!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「おい!おいっ!二葉!!」
「いっちゃん!!いっちゃんを一人にした!!裏切った!!いっちゃんから家族をまた奪った!!私が!!私がっ!!こんな酷いことをしてたのに!!私が家族って言ったのに!!いっちゃんの事何も考えないで!!心配したふりして!!いっちゃんの彼女面して!!妬んで!!苦しくなってた!!苦しかったのも!悲しかったのも!いっちゃんなのにっ!!自分のことばっかりで!!私って一体何なの?!バカすぎて!!もう嫌だっ!!死にたい!!死にたい!!死にたい!!」
二葉が壊れた。




