夕暮れの海はいつだって別れの季節
「…だから………別れて下さい!」
……うん…まぁ、唐突で申し訳ないのだが、先ほど俺は振られたわけで…
気付けば膝まで海に浸かっているし、頭にはベットリ鳥の糞がついているし…
あぁ…海なんか来なければよかった…
まぁ…その…なんだ…
とりあえず言わせて?
「ちっくしょーーーーーー!!」
ー 以下回想 ー
~本日 放課後~
「なぁ風間、帰りさー___」
「あっ悪い暁君…ちょっと用事あるから…えっと……じゃね!」
「お、おう…」
はぁ…またか…
あからさまに避けられてるよな俺…
でも…入学してまだ1週間だぞ?
一体俺が何したってんだよ…
…入学してから3日目辺りまではよかったんだよな…
俺がレオだから、特別視されるのは分かっていたけれど、それでもさ、最初はみんな挨拶してくれたし、数人からは連絡先を聞かれたりもしたんだぞ?
それがさ、4日目くらいから妙によそよそしくなってさ、話しかけても軽く流されるし、話に混ざろうとしたら皆どっか行っちゃうし…
何かがおかしい…
徐々にグループ的な物が出来上がってきているように感じる…
焦る…
中学時代にはとうとう出来なかった友達…
それを作る為だけに高校入学したってのに…
完全なスタートダッシュ失敗だよな…
友達ってのは…話してたら自然に出来るんだろ?
流石に6年間のブランクは厳しいか?
もう、分かんねーわ。
はぁ…やっぱ俺にはあいつだけなのか…
視線を移した先にいるのは幼馴染で恋人の 朝日 二葉。
教室の後方で数人の男女と仲良くお喋りしている彼女。
そんなリア充彼女に向けてメッセージを送る。
『仲間に入れて』と。
すると、チラリとこちらを見た二葉から『先に玄関に行ってて』との返信。
なんでだよ!!そんなに?そんなに俺って邪魔者なの?
「はぁ」と本日何度目か分からないため息をついた俺は、諦めて下駄箱へ向った。
………………
靴を履き替えて待つこと30秒、やたらと周りをキョロキョロしながら不審者(二葉)が走ってきた。
「なんか盗んだのかお前」
「ち、違うよ!学校ではまだ目立ちたくないの…だから…ね、一生懸命コソコソしてるんだよ…」
伏し目がちで話す二葉。
何か違和感を感じる。
中学の時はむしろ二人の関係をうざいくらいに主張してたのにな…
「なんだそれ?よく分からねーなお前。ま、いーけどさ。海見に行くけどお前どーする?」
「行く!行かない訳ないじゃん!でも、学校から少し離れるまで3歩くらい後ろついてくからね?」
「…話しにくいんだけど。」
「いいから!いこ?早くいこ?」
ほんと、何考えてんのか分からねーな。
そう思いながらも、海岸方面へ行くバス停までは言われた通りに離れて歩いた。
………………
「いっちゃんいっちゃん帰ったら爪切ってあげるね?」
「昨日切ったろ」
「ですよねー、じゃ髪切ろっか!」
「一週間前に切ったろ。てかさ、切りたすぎじゃね?なんなのお前、前世剣豪?」
「バレたか!拙者は爪切髪結乃助でござるよ?ニンニン♪」
「だはは、忍者じゃん、剣豪じゃねーじゃん」
「えへへ♪何でもいいのです♪私は尽くしたいのですよー♡いっちゃん忙しかったけど、最近はずっと家に居てくれるようになったから嬉しいのですよ?」
「あーそれは悪かった。3年間で稼げるだけ稼いでおこうと思ってたからね。でもな、そのおかげでしばらくは安泰だぞ?」
「はぁ♡さすがですわあなた♡」
3歩後ろを歩くとか、学校では目立ちたくないとか言っていた双葉だけど、生徒の乗っていないバスの中では終始こんな感じ。
学校とのギャップは何なのだろうか?
本当に、よく分からない。
………………
海沿いの遊歩道、防波堤のような低めの壁に座って海を眺める。
しばらくボーッと座っていると、いつしか水面がオレンジ色に染まり始めていた。
「いっちゃん、そろそろ帰ろう?」
夢中でカモメの追いかけっこを目で追っていた俺に、グイーっと背中を伸ばしながら二葉が呟く。
俺は特に返事もせず、シュタッと壁から降りて二葉が降り易いように手を広げて待つ。
すると、体を預けるように倒れこむ二葉。
そっと抱っこで降ろしてあげると、チュッチュと啄ばむようなキスのご褒美。
えへへ、と照れたように笑う二葉がかわいい。
あぁ…癒やされる…
まるで温かいおしぼりで心を包まれたかのようだ…
「…ねぇ二葉?」
「ん?」
「俺さ、イジメられてる…のかも。」
「え?」
「いや、みんなに避けられてるんだ。」
「それは……」
「あ、うん。俺さ、友達いないじゃん?こんな俺だけど、今は仕事もセーブしてるし、普通に高校生してたらさ、やっと、普通の小学3年生だった頃の自分の続き、始められるのかな…って期待してたんだけどさ、何か…無理なのかもな…既に学校がちょっと…辛いんだ…」
「あ……あ…」
イジメや疎外感なんて今まで嫌という程経験してきたし、今まで沢山の人に迷惑を掛けてきたから、嫌な感情や精神的な乱れは全部自分で処理しようと思っていた。
だけど、ふいに二葉に癒やされ、気が緩んでしまっていた俺は、普段は口にしない弱音をついつい吐露してしまっていた。
そんな自分にハッとして、急いで取り繕おうと二葉の顔を見た時、二葉は泣き出しそう…っていうか既に号泣していた。
「あ、あのな__」
「ごめんいっちゃん!ごめん、ごめん」
弱音が原因で出来てしまったこの空気を変えたくて、言い訳をしようとする俺を遮って二葉はそんな事を言い出す。
正直「なにが?」状態の俺はドギマギしちゃうばかりで、頭を撫でてみたり背中をさすってみたり「どんまい」とか言ってみたりしたけれど、5分くらいは泣き止まなかった。
そして…
「私は最低だ…最低な事をしてしまった……ごめんなさい……いっちゃん…だから………別れて下さい!」
「…え?」
突然のお別れ宣言。
戸惑うばかりで何も言えない俺。
その間に二葉はもの凄い勢いで走り去ってしまった。
「……ちょ…」
遠くなる背中に、伸ばした右腕は届くはずもなく…
なぜ…
考えようとしても、ループする「別れて下さい」の言葉が頭を埋めてしまう。
残された俺は薄暗さの増した海を見つめるばかり。
潮風が荒く頬をさする。
波に揺られた海藻が手招きをしている。
「別れる……か…」
誰に背中を押される訳でもなく、自然と足を踏み出していた。
さざ波の音が近づく。
靴はぐっしょりと濡れている。
「それならもう………いいよな」
そんな言葉を発していたのかどうかも意識出来ないまま、一歩、また一歩と海の中へ足を踏み入れて行く…
朝日二葉のイメージは広瀬すず