世界を混ぜる
異世界転生ものですが、転生まで少々お時間いただきます。
またこちらの作品はアルファポリスにて投稿しております。
「あちぃ、溶けるよ。蒼、たのむ助けてくれ」
「これでも、夏休み中に比べればだいぶましになっただろ」
「そりゃ、そうだけどよ」
俺の目の前で、机に突っ伏してるのが茅崎牧人、こいつとは小学校以来の付き合いでしょっちゅう遊びにもいってる。
夏休みも終わりこれから、暑さが引いてくる頃なのだが、座ってるだけで汗が出てくる暑さだ。クーラーは夏休み明け早々に壊してしまった、誰かさんが。
「第一お前が筆箱野球なんてしなきゃこうじゃなかったんだよ」
「あの時一番乗り気だったのは誰だろうな」
うっ、それを言われたら痛い。
「というか、汗だらだらで俺の机に倒れてくるなよ。って、お前ノートが汗で濡れちまったじゃねえか、どうしてくれんだよ」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「使えなくなるから、減るんだよ」
「小さい男は嫌われるぞ」
うぜぇ。俺はリュックから分厚めの辞書を取り出す。両手でそれを振り上げて牧人の後頭部目掛けて振り下ろした。
「痛って、お前辞書はダメだろ辞書は。殴るならグラビア雑誌にでもしてくれよ」
ボケなのか、本心なのかわからないようなことをいってくるが、俺は敢えてスルーする。
「おい、無視すんなって、殴っといてその態度はないだろ。なぁ聞いてんのか」
「ハイハイ、聞いてる聞いてる。そろそろ席つけよ、帰りのSHR始まるぞ。」
そういったところで、教室のドアを開けて担任が入ってくる。
見た目は怖そうながらも、人当たりは優しいので案外人気があるうちの担任。なのに30代手前にしてまだ独身というんだから、見た目の印象は大切なんだな。
「藤宮、失礼なことを考えてる顔だ、あとで職員室に来るか?」
怖いぐらいに鋭い、
「いやだなぁ、気のせいですよ」
笑ってごまかす。
「まぁいい、SHRを始める。」
どうやら、お咎めなしですんだようだ。
起立。と、委員長が号令をかけたあと、先生は続けた。
「明日から、文化祭の準備に入る。クラスでなにをしたいか決めておくようにな。」
クラスが少しざわめく。俺も高校初の文化祭にワクワクしていた。
「だが、浮かれ立つなよ。このシーズン浮かれて問題を起こすやつは1人は出てくるもんだ。交通事故には気を付けるように。特に茅崎。以上」
「ふぁーい」
牧人の腑抜けた返事をきっかけに部活にいく人、帰る人に別れて動き出す。俺は部活に入ってないのでそのまま帰ることになる。
「蒼、帰るぞ」
同じく部活に入ってない牧人と一緒に帰るのがいつも通りだ。
そしてあともう1人いるのだが・・
「2人ともお待たせ」
扉からひょこっと顔を出したのは人なりクラスの柳理央。
中学2年の時に隣の家に引っ越してきたことをきっかけに話すようになり、今では3人で帰るのがルーティーンとなっていた。
理央は教室から人が出終えたタイミングを見計らって入ってきた。
「ちょうどよかった、こっちも終わったところだ」
「理央ちょっと聞いてきてよ、蒼が急に辞書で殴ってきたんだよってきたんだよ。なんかいってやってよ。」
「待て牧人、俺が悪いみたいな言い方するなよ。お前が俺の机に汗を」
「あーなにも聞こえない聞こえない、暑さで耳が遠くなってしまった~」
牧人が耳を両手で押さえて、叫ぶ。
都合が悪くなったらいつもこうだよ。
「ふふ、この暑さでもいつも道理だね、クーラーいつ直るのかな。授業とか大変そう」
「文化祭までには直るとはいってたけどな」
部屋に入ってすぐの理央も首もとに水滴が浮き出るほどだ。その水滴はスーっと流れてきてその胸元へ・・・って言うのはおいといて。担任の先生の時の教訓を生かして、視線を戻す。
「ここにいても暑いだけだし、外でよっか」
「そうだな」
玄関から、校門までの道のりは少し長い一本道で、左右にはグラウンドとテニスコートが広がっている。そのためか、風通しはよく、外でも風がある分中より涼しかった。
「暑涼しいーっ」
理解できないでもないよくわからないことを言っている牧人を他所に、理央に話しかける。
「明日から、文化祭だなそっちは何にしたいとかあるのか」
「個人的には、お化け屋敷とかしたいんだけど、3年生優先だからなぁ」
お化け屋敷が人気である以上、1年生の俺たちには回ってこないだろう。あと2年後にお預けだ。
「蒼くんはなにしたいの?」
「俺か?俺のところは何がいいかな・・うーん・・・・なぁ、牧人なにがいいと思う?」
後ろで歩いていた、牧人に話しかける。
だが、牧人は距離をとってだいぶ後ろの方を歩いていた。ニヤニヤしてるのも気になる。
すると、隣で理央が、「あっ」と声を漏らした。
「どうした。」
「ごめん、忘れ物。すぐとってくるね。」
そういうと理央は校舎に走っていった。
暑い中日向にいるのは嫌なので、道横の木陰に移動する。
一息ついたところで後ろを歩いていた牧人と合流した。
「蒼、お前いい加減告白しないのか」
「まだ、心の準備ができてないんだよ」
牧人の突然の話題に俺は戸惑うことなく答える。
理央のことを好きになってから2年間、告白することができずにいた。毎日話しかけてくれて、相談にものってくれた。振られたらそんな関係が壊れてしまう、そう考えるとどうしてもためらってしまう。だが、いつかは覚悟を決めないといけないことは自分でも理解していた。この幸せな日々がいつまで続くかは誰も保証してくれない。
「文化祭の後ぐらいでいいんじゃないか」
「ああ、そうだな」
そう答えたが、やはり不安が心の中にあった。
「今さらだけどさ、どうしても理央のこと好きになったんだ?好きだってことは知ってたけど理由はきちんと聞いてなかったよな」
「理由?ああ、確かにいってなかったな」
「なんだ?やっぱ胸か?」
失礼な、身体目当ての人間だとは思われたくない。
「恥ずかしいから、秘密だ」
「いいじゃねぇかよ俺ら親友だろ、な、胸かおしりか?」
「どれでもねぇよ」
2年前の夏。中学2年生の夏のことだ。
俺はそのときはまだ野球部に所属していた。1週間後の3年生の先輩の最後の試合を前に練習していたとき、俺は監督に呼び出された。格好はそのままに荷物と共に車に乗せられ、こう告げられた。
「お母さんが事故あったそうだ」
頭が真っ白になった。
「スーパーの駐車場で暴走した車と接触、急いで病院に運ばれたがあまり状態はよくないらしい」
最大限治療してもダメだったら?何て声をかければいい?浮かんでくる最悪の展開。
違う、母さんは絶対に助かる。そう信じようとおもった。突きつけられた事実に背を向けたかった。認めたくなかった。
だが、現実はもっと厳しかった。
病室に入った頃には、母さんはすでに死んでいた。
伝えられなかった。ありがとうって、今まで育ててくれて、愛情をかけてくれてありがとうって伝えたかった。
それから、俺はいつもより明るく振る舞うようにした。妹の不安を取り払うため、思い出さないように。
3年生の先輩の最後の試合の日、俺はセカンドとして先発に選ばれていた。練習の成果か、調子はよかった。
2-2 9回裏 ワンアウト 三塁
相手のランナーをホームに戻せば負ける。
緊張で足が震える、手汗がひどくなる。
失敗したらどうしよう、俺のせいで負けたらどうしよう。ネガティブな考えばかりが浮かんでくる。
そんなときにはいつもは母さんの言葉を思い出していた。
「自分が失敗しないように、自分のせいで負けないように捕るんじゃない。仲間のために、仲間を勝たせるために捕るんだ。そう思いなさい」
今回もこの言葉を思い出した。
でもそれと一緒に思い出してしまった。明るく振る舞うことで目を背けていた母さんの死、胸が苦しくなった。寂しさ、悲しさ、苦しさ、不安、負の感情が一気に押し寄せてきた。
その分一瞬だけ遅れてしまった。
バッターボックスから打ち出されたボールは俺の守備範囲に飛んでくる。いつもであればなんなくとれていたはずだった。
必死に伸ばしたグローブはボールを掴むことはなかった。
負けた。俺のせいで負けた。先輩の思いを俺は繋げれなかった。
俺は自分を攻め続けた。
母さんの死に続いての不幸。俺の心は死んだ。
それからの俺は人と関わらなくなった。クラスメイトはもちろん、家族との会話はほとんどなくなった。生気を失った目、おぼつかない足取り、はじめは励ましてくれていた友だちも次第に諦めていった。牧人はずっと声をかけ続けてくれたが、それでも俺は立ち直れなかった。
俺がそんな状態のときに、理央は隣の家に引っ越してきた。
はじめは俺のことをただ暗い人だと思っていたそうだ。だが、友だちから事情を聞いて、いてもたってもいられなくなって、話しかけてくれた。
理央はことある毎に話しかけてくれた。帰り道もずっと。
でも、俺の心はそれだけでは癒されなかった。
ある日の放課後、横を歩いていた理央が堤防にいこうと言い出した。俺はいつも通りになにも返事せずに家に帰ろうとしたが、今日は手首を捕まれ無理やりつれていかれた。
夕暮れが海面を赤く照らす。少し冷たい潮風が髪を揺らしていた。
理央は少し飛び出たコンクリートの上に座った。
座るよう奨めてくるが、俺が動かないと見ると話を始めた。
「私、飼ってた犬を殺しちゃったことがあるんだ。」
風が強く髪を揺らす。
「家族旅行にいくのにペットはつれていけないから、おばさんのの家に預けにいったの。そのときにね、ゲージの鍵を閉め忘れちゃって。それだけだといつもは逃げたりしないんだけど、知らない風景っていうのもあって、車から下ろしたとき、ちょうど他の車がクラクションを鳴らしたのに驚いて、ゲージから出ちゃったんだ。必死に追いかけたけど、その先の曲がり道から出た車に引かれて死んじゃった。」
瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「もし私がきちんと鍵を閉めていたら、死ぬことはなかった。結局そのあとの旅行もみんな楽しめなかった。3年に1回の旅行、弟も楽しみにしてたのに私が台無しにしちゃったんだ。1週間ぐらいずっと泣いてた。今の君の苦しさは私の比じゃないかもしれない。けど、苦しさを知ってる私はあなたをこの苦しみから助けたい。」
理央は振り返って俺の目を見た。
「お母さんや、試合のことは過去のこと、誰にも変えられない。だったらさ、それを生かして、乗り越えていく。それが一番の選択肢だと思うんだ。お母さんや、先輩もそれを望んでるんじゃないかな?」
理央は今までで一番の笑顔で俺に笑った。
俺の心が暖かみを取り戻していく。こころを縛っていた鎖がほどかれていくそんな心地だった。目からこぼれた涙は暖かな温もりを持っていた。
俺は理央に命を助けてもらった。比喩的な意味ではあるが、理央がいないとあの状態から抜け出せなかったと考えると、命といいきってもいいような気がする。
あれから俺は理央のことを好きになった。好意と感謝がごちゃ混ぜになっているのかも知れない。
でも、今度は理央を助けたい、守りたいという気持ちは確かだ。それは好意なのではないか。
「どうした。ボーッとしてるぞ」
「悪い」
思い出していたら、黙りこんでいたようだ。
「まぁ、いつでもいいが、後悔ないようにしろよ」
「ああ」
牧人の言葉が、心に残る感じがした。
「お待たせ~」
しばらくすると理央が戻ってきた。
「悪かったな、ついていってやればよかった」
「いいよ気にしないで、こっちこそ暑いのに待たせちゃった」
「じゃあ、帰るか」
「うん」
俺たちはそのまま校門を出て帰路についた。
放課してから、しばらくたっていたので帰宅している人はあまり多くなかった。
その代わり、車通りは多く歩道を歩く俺たちの横を車が激しく通る。
「来年ぐらい出し物すればいいじゃん」
「恥ずかしいから俺にはできないって」
「そうだよ、蒼くん歌でも歌ってよ」
会話はいつも通り弾んでいた。
話題は文化祭ことで持ちきりだった。
「俺歌苦手なんだよ」
歌だけは勘弁だ、家で妹に音痴って何度も言われてるからな。
わかってながら恥はかきたくない。
「じゃあ、漫才?そうだ、2人ですればいいじゃん。いつも通りの会話で受けると思うんだけどな」
「「絶対やだ」」
俺と牧人の声が被った。
「なんでこんなにバカと」
「はぁ?こっちの台詞だよ。お前と何かすると毎回面倒事になるんだよ。というか俺はバカじゃないし、お前がいえた立場かよ。底辺争いしてるくせに」
「最下位じゃないからいいんですぅ。蒼だって真ん中らへんでチマチマあらそってるじゃないか」
「平均よりとれてるからいいんですぅ」
しょうもない2人のやり取りを見ながら理央はかわいらしい笑顔を浮かべた。
「わかったわかった、今回は蒼の方がバカってことで手ぇ打っといてやるよ」
「お前なぁ、このやろう」
俺は牧人の胸ぐらをつかむ。
牧人のは俺の髪をつかんだ。
端からみれば、小学生の喧嘩に見えるだろう。
「ハイハイしゅーりょーう」
理央がふたりの間に止めに入った。
そこまでされると続けるわけににはいけない。
お互いにお互いを離した。
俺と牧人は楽しそうに笑いあった。
「2人は文化祭当日誰とまわるの?」
再び歩きだした俺たちの話題は文化祭に戻った。
「いや、まだ決めてないが。どうした?」
「今年はさ、3人でまわらない?」
これはこれは唐突にも嬉しいお誘いた。
でも、どうして誘ってくれたのだろう。
「去年とかは、仲のよかった子に先に誘われちゃってさ。この三人で帰ることはあったとしても、どこかにお出かけしたことはなかったから、思いで作りにと思って。」
なるほど確かに言われてみればそうだった。
「俺は全然大丈夫だが、牧人はどうだ?」
「ああ、俺もだいじょ・・・・」
なにかを思い出したように固まった。
「・・わりぃ、そういや誘われてたんだった。いやぁ残念。いきたかったなぁ3人で、また来年だな」
牧人の意図に若干気付き、こそっと余計なことするなと伝えるが、にやっとして牧人は続ける。
「ほんとごめんな、今年は二人でいってくれ」
終始ニヤニヤしてる牧人の横腹を突く。
だが、それは空をきった。
牧人は俺の攻撃を避け、気まずい雰囲気だけをのこし前の方に走っていた。
「早くしないと信号赤に変わっちまうぞ」
牧人が向かう先の信号はすでに点滅を始めていた。
牧人はこちらに叫ぶが、今から走っても俺と理央はおろか、牧人も間に合わないだろう。
信号が完全に赤になったのは牧人か渡り始める2秒前。
つまり牧人は盛大に信号無視をした。
渡り終えた牧人は腕を横に広げセーフといってるが、俺は某アニメのようにアウトだよ!といいたい気持ちだった。
そして、相変わらず気まずい二人。
「やっぱり、来年にしよっか。やっぱり2人だと勘違いされそうだし、俺は全然いいんだけど、俺なんかといると理央にに迷惑かけるから。また来年いこうよ。」
そう提案するも、理央は返事をせずに、うつむいてモジモジしていた。
「どうした?」
「・・・いよ」
ん?聞き取れなかった
「ごめん、何て?」
「一緒でも、いいよ」
理解に数秒を要した。
一緒でもいいと、誰と?俺か、何に?文化祭に
俺と文化祭で一緒に回ってもいいと
「ごめん、迷惑だったよね、なかったことにして」
考えてる間の沈黙を悪い意味にとらえてしまった理央が訂正しようとする。
「悪い。そう言う意味じゃないんだ。嬉しかったから、ちょっと言葉がでなかった・・・一緒にいこう」
最後の一言は必死にだした言葉だった。
頬を赤らめる姿はとても可愛かった、守っていきたいと思った。
それは俺が告白を決意した瞬間でもあった。
いつも通りの日常は明日も続くとは限らない。
母さんの時のように数分前まであると信じていた日常が急になくなることだってある。
今はできないとしても。次のチャンス、文化祭の終わりには勝負を決めようと思った。
沈黙が続くなか、信号までついた。
相変わらず、牧人はニヤニヤしているがそのなかでも少し周囲に違和感を感じた。歩道を歩く人は1つ方向に視線を向けており、耳を澄ますと、パトカーのサイレンが聞こえていた。
「事故でもあったのかな」
不安そうな理央の声。
その声気づくことができず、あるものを感じていた。
こちらに来るなにか、避けられないなにか、俺の人生を変えるなにかがこちらに迫ってきていた。
たまに人が体感する「嫌な予感」、それの規模が大きくなり襲ってきた。
身体中に寒気が走る。
そして、信号待ちの車が空けた間を一台の車が飛び出してきた。
しかし、それはパトカーではなく、黒の大型車。
後ろのパトカーから逃げるように飛び出してきた。
撒くためにハンドルをきるが、スピードが出すぎているためうまく曲がれずそれは信号待ちの俺たちに突っ込んでくるようだった。
その動きがゆっくりと見えた。
俺は動けなかった。動かなけれ二人とも跳ねられる。そうわかっていても恐怖に染められた体は自由が効かなかった。
そんな中横目に理央の姿が目にはいった。
俺以上に恐怖した顔。
それは俺を正気に戻した。
守りたいと思ったんじゃないのか、1人の女の子すら守れないのか。
動け、動けよ。
必死に重心を横に倒す。その倒れる勢いで横の理央を全力で突き飛ばした。
驚く理央の顔。
俺はただ理央の無事だけを祈り静かに運命を受け入れた。
次の瞬間俺は空を飛んでいた。跳ねられた俺は3メートルほどの高さまで浮いた。
痛みは感じなかった。
その代わり感じていた後悔。
あの時の理央に助けてもらった命。
それをまだ返しきれていないこと。今回理央は無事だろうか。
理央は転んではいるが。車には接触していないようだ。
よかった、でもこの一回じゃ足りないほどのことをしてもらった。
まだ守りたいこれからもずっと。
そういえば、告白もできてなかったな。
先に言っておけばよかった、母さんの時のように今回も伝えられないままなのか。
いやだ、
そんな強い感情が芽生えた。まだここでは死にたくない。
まだ生きて言いたいこと、守りたいものがある。
だから生きてやる。生きて後悔のないように生きる。そう強く決心した。
そのあと鈍い音と共に俺の意識は途切れた。
感じたのは浮遊感。まだ飛んでいるのか、そう勘違いしそうになったが、今回は少し心地よかった。
真っ暗な暗闇の中、自分の人生の終わりを悟った。
目の下が熱くなり、頬を暖かいものが流れた。
生きられなかったのか、もうあの時には戻れない。
胸が苦しい。
そう感じているなか、声が聞こえた。
目の前には、音声の波形のようなものが広がった。
「はじめまして、あなたの人生の続きをサポートさせていただきます。」
その透き通るような美しい声にあわせて目の前の波形が揺れた。
「人生の続き?どう言うことだ。」
「あなたは先ほど死亡いたしました。これからあなたが望むのであれば、別の世界でもう1つの人生を歩むことができます。」
別の世界か、だかあの世界に戻れないなら。この後悔は消せないだろう。
「断ってもいいのか」
「はい、中にはそのような方もいらっしゃいます。その場合はあなたに関するすべての情報。記憶、人格などはすべて消去されます。」
消えるのか、この気持ちも、ならそっちの方が楽なのかもしれない。
「別の世界ってどういうところなんだ」
「異世界というと分かりやすいと思います。環境に対応しやすいよう、その人の記憶から、よくにた世界に飛ばすようになっております。」
なるほど、そういった本とかを読んでいたからか。ということは魔法とかもあるのだろうか。
「ご想像通りの世界だと思っていただいてよいと思います。こちらをご覧ください。」
そうして暗闇に写し出されたのはのどかな田舎の風景そこにはアニメなどでよく見る服装の人や、猫耳がついているいわゆる獣人たちの生活風景であった。画面が切り替わると少し都会の風景。剣に鎧、杖を持っている人々が行き交っていた。建物もよく見るような造りだった。
異世界か
少し少年心がくすぐられた。
でも、心残りなのは理央のこと。
そのことをおいて自分だけ別の世界へというのはできない。
断ろう、そう決めそのことを告げようとした。
これで俺は消える。心残りはあるがもう戻れないのなら仕方ない。
「すいません、僕はそちらには行けません」
「そうですか、わかりました。それでは所定の手続きに従い処理を行います。よろしいですか」
本当に消える。俺も、俺のなかの思い出も。
あの日のことが浮かんだ。理央にかけてもらった言葉。過去は変えられないから、それを踏まえて一番いいのはなにか。
不意にこう思った。死んでしまった事実は変わらない。それを踏まえて、一番いいのがこの選択なのだろうか。何もかもが消えるこの状況が。そして理央に助けてもらったこの命を消すことが最善なのだろうか。
理央ならそれは望まないだろう。
この命で、他の人を助けることを願ってるのではないか、そう思った。
だとしたら、選ぶのは1つ
「やっぱり、僕を異世界に送ってください。」
「かしこまりました。」
そう言うと、フワッと体が浮いた。
上から光が漏れ、そこに吸い込まれる。
「これからのあなたの人生の幸せを願います。」
ゆっくりと意識が遠ざかっていく。
俺はこれから悔いのない人生を歩む、そう強く決意した。
突然大きなノイズが走った。そして体が引っ張られる感覚。頭と足を引っ張られちぎれそうな感覚を感じた。
続けて、先ほどの声が焦ったように告げた。
「不具合が発生しました。すぐに中断します。・・・・だめ、止まらない。このままじゃ・・・」
ここで意識は途切れ、最後まで声は聞き取れなかった。
意識が戻ってすぐ、頭痛、体のだるさを感じた。
目を少しずつ開けると、空が広がっていた。
起き上がることすら、大変だったが、目の前には広がる景色に目を疑った。
道の横に倒れていたようで、その道には馬車が通っていた。だか、それは馬車とは言えない。本来は馬がいるはずなのだが、その代わりにあったのは、車輪がついた機械だった。
そこから放たれる雰囲気はさっき見た映像とはあきらかに異なるものだった。
さらに台車には30歳台の男の人が座っている。腰には銃のようなこの世界にはふさわしくないものがあった。辺りをよく見ると畑が広がっているが、そこにも謎の機械が水をやったりとあきらかに様子がおかしかった。
「どういうことだ、さっき不具合がどうとかいってた。あれのせいなのか?」
だが、現状を確認する手段はない。
そして今気づいたがそれからの生活の方針すらたっていない。
だめ押しとでもいうように、体調と頭痛がどんどんましてひどくなっている。
だんだんと、視界はぶれ、平衡感覚がなくなってくる。ふらつきながらもなんとか近くの木陰まで移動した。急に日常が変わり、異世界に飛ばされたと思えば、知らされていたのと全然違っていた。考えることは多かったが、そこからは意識を保てなかった。
意識下の中。
頭が割られる。
そして頭の中のなにかを無理やり引きちろうとする。
だが、なかなか取れず、何度も何度も強い力で引っ張られる。
鋭い痛みを感じた。とっくに気絶してもおかしくないようなほどの痛み。
痛さで、息がうまく吸えない。
死ぬ。
あの時のように鮮明な死の予感。
また死ぬなんていやだ。
そう強く願った。
突然、目の前が優しい光に包まれた。
心地のよい人の温もりすらも感じられそうな、暖かな光。
それに反するように痛みは去っていった。
大きく深呼吸、自分の命を感じた。
体が下に引っ張られる感覚を受け、意識が戻ってゆく。
背中に柔らかいものを感じ、仰向けに横になっていることに気がつく。
ゆっくりと目を開けた。
見知らぬ天井、そして見知らぬ光源がそこにあった。ゆっくりと体を起こす。
誰かが木陰から運んでくれたのだろう。
だるさ、頭痛は消え去っていた。
俺は天井の光源に注目した長方形の骨組みにガラスのような透明の板がはめられているものが天井から細いパイプのようなもので繋がっていた。
それだけは現実世界と変わりないのだが、その中で光を放っているもの、それは果たしてものといっていいのか。
中心には実体がなく、不定形なものだった。
果たして触れられるのだろうか、そう思ってしまうようなものだった。
こんなものは現実世界では見たことない、異世界ならではのものなのだろうから違和感はないのだが、内と外のミスマッチ感が否めない。
先ほど見た、機械のようなものも気になった。
そして、不具合という言葉も
ピコン
頭のなかでそんな音がした。
不思議な感覚に気持ち悪さを覚えたものの、続けて、声が聞こえてきた。
「こちら、案内係、聞こえていますか?」
聞き覚えのある声だった。俺をここへ転生させたあの女性の声だ。
「は、はい、もしもし、聞こえてます」
思わず電話のように答えてしまったがそれでよかったのだろうか。
その声はしっかりと届いていたようで、声が返ってきた。
「この度はこちらの不手際により、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。」
「いえいえ、大丈夫です。やはりなにか問題があったんですか?」
「はい、それではご説明させていただきます。
といいましても、現在私が確認できているのはほんの一部ですので満足にご理解いただけないかもしれません。まず、あなたは生きていました。」
生きていた?死んでないのに間違えて送られたのか?
「いいえ、確かに医学上は生きておりましたが、転生に関しては間違いはありませんでした。本来転生の対象になるのは死んでしまった方、または、これからの生命の復活がないと判断された方です。蒼さまは後者でした。あの事故で強く頭を打ち、大量出血、そして、心配停止の状況に陥りました。そのまま回復の可能性が見えず脳死の判定を受けます。本来なら回復はありえません。ですので、あなたの魂を、こちらのほうに持っていったのです。途中までは特に問題はありませんでした。しかし、転生の処理が終わり、実行の最中に問題は起こりました。現実世界のあなたは再び心拍を取り戻した。生きている人は転生されられない、第一私の元まで来ることすらないのですから、転生の機能にエラーが発生し、制御できなくなってしまいました。」
なるほど。でも、その様子じゃ生きていても、植物人間に近い状況だったから、こちらの方がよかったのかもしれない。
それは置いておいて
「じゃあ、この世界は?」
「まず、世界というのは線と点です。一本の線の上を点が時間の経過と共に移動する。その世界のまわりには平行に何本も線と点があり、それらは枝分かれしたパラレルワールドです。つまり、2つの世界は同じ空間内にあった。転生中のあなたの魂は現実世界の体と転生先に準備されていた体の両方に引っ張られた。たとえると、水の中で2人が一本の紐を引いた時のような状況。あなたは現実世界に強い未練を持っていた。その事もあり、二つの力はとても強く均衡していた、そして世界を固定している力さえも越え、お互い近づくように動いた。だんだんとスピードが増し、2つの世界は強くぶつかった。その結果、2つの世界が混じりあった世界を作ってしまったのです。」
つまり、俺が現実世界で生きたいという強い思いが、未練と奇跡的な回復として現れ、それが原因で世界を混ぜてしまったというわけだ。
「いくつか質問がある。この世界の現状。現実世界の現状。世界を混ぜたことへの悪影響。そして・・・」
俺は一息おいて、言葉を発した。
「1文無しの俺はどうすればいい。」
最後に紛れ込ませるように救済を求めた。
きっと、最後は重大な質問だと思ったのだろう。
返事に戸惑うような間があった。
俺にとっては大切なことなんだが。
「最初の3つについては申し訳ありませんがわかりません。私は死者を転生させるのが役目でありまして、さらに今は担当の世界が1つになってしまったので、世界に対する関与の権限は失われてしまいました。いまこうして通話しているのもバレたら、怒られてしまいます。現在、上の者に報告しておりますが、お時間いただきますことをご理解お願い申し上げます。・・・最後の質問に合わせてなのですが、現状私だけでは解明が困難であります。そこで1つお願いがあります。そちらの世界の調査員になって、情報を集めていただきたいのです。それによりこちらの調査もはかどり、より早く解明に向かうことができます。偶然が重なったとはいえこちらの不手際であります、重ねてお願いとは図々しいとは理解していますが、お願いできませんか?」
そこまで言われては断れないし、断る理由もない。
情報自体は集める必要があるとは思っていたので、提案を受け入れることにする。
「いいですよ」
「本当ですか、ありがとうございます。では、分かり次第連絡させていただきます。本当に本当にありがとうございます。」
と言って通話は途切れた。
ふぅっと、一息つく。
情報は最低限手に入れた。
まずは、この家の主に会うことから、今後の方針を立てていこうと思う。
理央に助けてもらったこの命で、悔いのない人生を送る。
そして、俺の第二の人生ははじまる。
この混ざった世界で。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回は長くなりましたが、次回からは短いのを定期的に出そうと思っています。
また、感想、評価、ブックマークは大変励みになります。
次回も素早く出していきますのでよろしくお願いいたします。