6.街道沿いの商団
「差し当たって、我々の状況は極めて危うい。朝になれば、追ってに見つかるのも時間の問題。なので、今から動くことにした」
今から?
私の中で疑問が広がる。
どこに行って何をするのか行動の目標がない。
それ以前にここがどこかも分かっていないのに大丈夫なのか。
「動くって、どこに行くんです。当てでもあるんですか?」
「当てならある。心配するな、お前は約束を守った。人質となったお前を魔国に連れて行くのは私の義務だ」
ベルディナントさんの表情は真剣だった。
それだけで信用できるかわけでないが、ここで立ちどまっていても時間ばかりが過ぎ追い込まれる。
そこは同感だ。
「わかりました」
私が返事をした直ぐに後から移動は始まった。
グリフォンは目立つからと、一時的にマルクが一緒に森に残ることになり……
ベルディナントさんとセオドアに連れられ歩き出す。
足を進めながら聞いた。
ベルディナントさん曰くのここは森の入口からそう遠くはない位置になるらしく……
当てはここから出てすぐの街道沿いにいるはず?とのことで―――
黙々と獣道同然の道を進むのだが、要所要所で地面やら茂みやらから木の根や枝が突き出していたり。
蜘蛛の巣みたいなものが絡まったり……幾度も私はコケそうになった。
「ほら、コケるなよ」
そんな私を心配してか、ベルディナントさんが手を差し伸べてくる。
彼は私のすぐ後ろを歩いていたので、無様に足を何かしらで取られてヨタつく私の姿を見ていたようだ。
もう少し、早く手を貸してくれてもいいのに……
「ありがとうございます。では、遠慮なく」
言葉とは裏腹にニコッと嬉しそうに微笑んで、その手を握った。
森の入口は存外遠く、街道の端に辿り着いた頃には靴はドロドロで、おまけに綻びが出来て穴まで開いている始末。
元は室内用だから仕方ないとは言え、これで歩くのは少々辛い。
とは言ったものの、文句も言ってられないのが実状で―――
言葉に出せない代わりに大きな溜め息が私の口から洩れる。
「なんだ、何か問題でもあったか」
「いいえ、なんでも……」
難声を聞きつけたベルディナントさんに見下ろされ、咄嗟に嘘をつく。
本当は、あとどれだけ歩けば目的地につくのかを聞きたかった。
靴が擦り切れないといいけど……
私の懸念をよそに二人の歩みは街道を突き進む。
街道は不揃いな石畳が敷かれいるだけで街灯すらない、両脇を森から生える茂みに今にも覆われそうで…
お世辞も言い難いようなお粗末な造り、獣道よりかはマシな程度だ。
「街道って、もう少し明るい開けた場所なのかと思ってました」
「そうだな。私もこの国に来る時は驚いたぞ、街灯すらないのだからな。道を間違えたのではないかと、地図を見直させたくらいだ」
どうやら、私の国は道路の整備もまともに出来ていないらしい…
税金は何に使われているのやら、これでは民の暮らしも危ぶまれる。
「聞いてもいいですか。この国の民の暮らしについて、どうでしたか?」
「それを魔族の私に聞くのか?」
「ええ。他国の方だからこそ、です。客観的な意見が欲しいんです」
ベルディナントさんは呆れた様子で暫し黙っていたが、最後は諦めたように開口した。
「……飢えている者が多いな。単純に食料がないだけではなく、生活そのものが貧困している。田舎に行けば行くほどにその数は多勢だろう。その癖、城下は物で溢れかえっている。この国の規模からして物資を意図的に集中させているとしか思えんな」
要するに貴族が民たちから搾取を続け、私腹を肥やしているのか。
これでは自分で自分の身を食っているのと何一つかわらない。
土地面積の限られる小さな国だ、冬にはどれだけの民が飢えに苦しみ力尽きることか。
「そうですか……だったら、尚更私が女王になります」
「は……?」
「普通、王族はお城から出ることってないでしょ? 出たとしてももっと安全な道を行き、綺麗な馬車に揺られるだけの生活だったらこんな街道見向きもしなかったはず。それにベルディナントさんの話だって聞けなかったかもしれません」
「……何が言いたい」
「私は自分の目で見て、耳で確かめることがすでに出来ています。これって、この国の王様に必要な経験じゃないですか? でもなかなかこうゆう経験って出来ないから、出来ている私はきっといい王様になれます」
「……お前…それ、本気で言っているのか?」
「もちろんです!」
大きく頷いた私にベルディナントさんが被りを振る。前を歩くセオドアからクスっと笑い声が聞こえた。
「セオドア、お前からも何か言ってやれ。王女殿下は大変な自信家でいらっしゃるぞ」
「失礼しました。少しだけ国に残してきた妹を思い出し、つい笑いが。しかし、俺は王女殿下の作る国に興味があります」
「本当に? 私、絶対にいい女王になるね!」
「……セオドア、あまりこの者を甘やかすと付け上がるからやめておけ」
「もぅ! ひどいですよっ」なんて、やり取りをしていたら何もない街道の奥に複数の明かりが見えてきた。
近づくにつれ、全貌を表す明かりの正体は三角屋根で円形石造りの建物を照らすための松明だ。
建物の周りには白い布で出来たテントが幾張りか、建物を取り囲むように立っている。
目の前まで来ると玄関先の屋根と壁の間辺りに大きな看板が掛けられていた。
「クラウン商団?」
一体なんの建物なのか、商とつくからには商売に関係のある場所なのだろう。
思考を巡らせる私を余所にセオドアが扉を開け、ベルディナントさんが先に入った。
「ねぇ、セオドア。商団ってなに?」
「国、種族関係なく商人たちが自由に商売をできる環境提供を目的として結成された集団です。街道とつく場所には大体、設営されています。さ、お早くお入り下さいませ」
もう少し商団について聞きたかったけれど、セオドアに促されたので先に中に入ることにする。
商団の中はU字のカウンターを中心に左側に果物、野菜や日用雑貨が並び、右側はカーテンで間仕切りされて見えなくなっている。
「レイニーはいるか。ミュラーが来たと知らせてくれ」
「はい。仰せつかっております、こちらへどうぞ」
受付に座る若い女性はベルディナントさんの言葉を聞くなり、間仕切りのカーテンを少しだけ開けて一礼する。
当たり前のごとく、ずかずか入っていくベルディナントさんを私は小走りで追いかけた。
間仕切りの内側には白いシャツに黒いズボン、暗紅色の髪色の若い男性が横長のソファーに一人。
「これはこれはベル様、随分とボロボロで髭だらけだね」
男性の髪は短く整えられているのに、前髪だけわざと伸ばしているのか顔の左半分が隠れている。
隠れていない右半分に至っても目の下に赤い雫の形をした刺青のような模様が入っていて、どこか道化師のような雰囲気を感じた。
「何を白々しい。お前はとっくに事情を知っているだろう」
「ああ、知っているともわが友よ、だからこうしてここで待っていたのさ……しかし、国宝を盗み出し脱獄するとは感心するよ」
うんうんと頷くレイニーはとても楽し気だ。対してベルディナントさんは眉間に皺を寄せて不機嫌そう。
「まぁ、立ち話もなんだ、こちらに掛けたらいいよ」と促されるままに、向かいのソファーに腰を下ろす。
私はベルディナントさんの隣に座ったが、セオドアは従者の仕事を全うすると断りをいれ間仕切りの付近に控えた。
レイニーは満足そうに瞳を細め、私とベルディナントさんを交互に見る。私について説明を求めているようにも見えるが……ベルディナントさんはそれを無視して話を続けた。
「やむを得ない事情があったからだ。私とて、罪人になる気など最初はなかった」
「そうかい。その事情とやらはそこにいるお嬢様かい? 見たところ、ルーメンアルブム王国第3王女のフィーリア様とお見受けするが」
レイニーの細められた瞳が怪しく光る。
私は反応に困った。いくらベルディナントさんの知り合いと言えども、相手の素性がわからい以上は軽々しく言葉を発するのは危険だ。
こういう時は、沈黙が一番。
口を引き結んだ私に代わりベルディナントさんが会話を進行させたので、心の中で胸を撫で下ろす。
「流石はレイニーだ、情報が早いな。詳しい話は我々が無事魔国まで辿り着けたら話そう」
「ほう。それは、当方に罪人の手助けをしろと言いたいのかい?」
「そうだ。お前もそのつもりで私を待っていたのだろ? 今更、煩わしい駆け引きはなしだ」
ククッと額に手を当てて笑うレイニーにベルディナントさんは真剣な顔をしている。
人をおちょくるみたいな癇に障る笑いだ。
私の眉間は無意識に嫌悪感を露わにしていたらしく―――
「おやぁ? 当方は早速、王女様に嫌われてしまったようだ」
大げさに私の方へと傾いた顔はまったく表情を変化させることはなく、どこか気味が悪いとさえ感じた。
思わず、「ひぃっ!」と情けない悲鳴を上げる所だったが寸前で息を飲み込む。
「やめろ、こいつに構うな…」
ベルディナントさんがレイニーから私を守るように腕を前に出す。
それを見てレイニーが更に笑い声を漏らす。
「クククッ……まったくベル様ときたら、いつもお優しいことだ…そんなベル様を当方も助けて差し上げたいと思うよ―――しかし、今回は少しばかり条件をだす」
レイニーが徐に私を見て、にったりっと怪しく笑う。
嫌な予感がした……なるべく顔を見ないように視線を外す。
けれど、彼はそんな私の予想を裏切ってくれる男ではなかった。