4.城脱出作戦
―――今夜は雲一つなく、城内を照らすのは星明かりのみ。誰もが寝静まり、平穏な朝を待つ。
そこへ、私の大きな声が轟く。
「火事だあぁぁぁぁぁ―――!」
人のいない廊下を狙って叫び続け―――
やがて……私の声に反応した貴族、大臣連中が目を覚まし、ざわざわと騒ぎ始める。
さらに、早とちりな者は廊下に飛び出し、「火の手は何処だ」と騒ぎ立てた。
私は柱の陰に隠れつつ、様子を伺う。
一人が騒げば、また一人。
お互いがお互いの不安を煽り、ついには―――「火事だ。避難しなければ!」そんな言葉を口走り、暗い廊下を走りだす。
巡回の衛兵が駆けつけた頃には、我先にと逃げ出す人々で廊下は大混乱。
あっという間に、蜂の巣をつついたような騒ぎである。
牢の鍵は渡しておいたけど…ベルディナントさんたちは上手く逃げ出せただろうか。
急いで、東の塔に向かわなければ……。
東の塔1階に向けて、私は混乱する人々に乗じて駆けだした。
火事だ、何だと、慌てふためく貴族たちや、自分の命には金の価値があると主張する大臣。
すっかり衛兵たちもお手上げの様子だ。
それを横眼で見る。
こいつらの話を聞いてないで、火の手を見つける方を優先した方がいいのだろうけど……
残念ながら、この場を治めることの出来る人材はここにはいないみたい……ご愁傷様。
途中で騒動に巻き込まれないようにすすっと、顔を肩掛けで隠しながら通った。
東の塔に到着すると同時に、従者を連れたベルディナントさんの姿も確認。
彼らもまた私が叫び回る声を聞いた、避難する人々に乗じてここまで来たのだ。
私の叫びは彼らへ合図のためのものと、東の塔まで辿り着くための活路を開くものだ。
程なくして私たちは合流する。
「よかった。来なかったら、どうしようって少し思ってたんですよ?」
「いらぬ心配だ。それよりも、城の中は大混乱だぞ。本当にこんなことをして良かったのか」
「もちろん、良くないですよ。だけど、手段は選んでいられませんから」
「……それもそうだな。さっさと、馬車のある場所まで行くぞ」
ベルディナントさんが二人の従者を連れて歩き出す。
私も後を追いかけた。
東の塔は1階は吹き抜けになっていて、部屋の全体が大きな倉庫だ。
そのためか、人気はまったくと言っていいほどない。
通常ならば巡回の衛兵の良いサボり場になっている所だと聞いてはいたが、火事騒ぎで皆対応に追われている。
私のついた嘘がここまで上手くいくとは思わなかった……
倉庫に入った私たちは、すぐに馬車を発見した。
入口付近に木箱や樽と一緒に黒塗りの四角い箱のような形の馬車が放置されて、少しばかり埃で白くなっている。
これで、城を出ていける。
安心した気持ちでベルディナントさんを見たが、彼の表情は堅い。
「グリフォンは何処だ……」
グリフォン……?
それって、上半身が猛禽類で下半身が獅子の空飛ぶ架空の生き物のこと?
あれ、空飛ぶ……?
「もしかして…グリフォンがいないと、馬車は飛ばないとか?」
「そうだ、そのもしかしてとやらだ。お前、まさか馬車単体で飛ぶとでも思っていたのか」
いやいや、あなた様がおっしゃる通りの“まさか”だ。
アウルムからも空飛ぶ馬車としか聞いていない。
きっと、アウルムも知らなかったのだ。
実物を見たとは一言も聞いていない。
「さ、探します!」
私は必死に考えた。
普通の馬車は馬に引かせ、馬は馬小屋で世話をする……では、グリフォンは?
私の知っているグリフォンは獰猛で荒々しい生き物だ。
そんな生き物を城内に留めさせるだろうか…
もしも、その仮説が正しくて、すでに城内にいないとしたら……
非常にマズい。
最悪の事態が私の脳裏をよぎる。
どうしよう…どうしよう!
火事騒ぎはいずれ終息するだろう。
そうなったら、逃げられない……!?
焦る私に、追い打ちをかけるよのようにベルディナントさんが溜め息をつく。
「はぁ……お前の話に乗った私が馬鹿だった。やむを得ない、このまま牢に―――」
「あのぉ……ベルディナント様、差し出がましいようなので黙っていましたが、グリフォンなら呼べますよ?」
おっとりとした声がベルディナントさんの言葉を遮った。
声の主はベルディナントさんの従者で赤い髪をした18歳くらいの青年。
「マルク、それは本当か?」
「はい……僕が持っている笛なんですけど……これでいつもグリフォンを呼んでいるんですが、一度、山の中ではぐれてしまって試しに笛を吹いてみたんです…そしたら、遠くで鳥たちが騒ぐ音がして、メリーが飛んで来たんです。あ、メリーっていうのはグリフォンの名前で―――」
「与太話はいい! さっさと、グリフォンを呼ばぬかっ!」
「はいぃぃぃっ!」
マルクは素早い動きで、首からかけていた笛を口に咥え吹く。
笛からはフスゥーっと息の抜けるような音がし、一見、音が鳴っていないように聞こえた。
しかし私の心配は杞憂で、マルクの笛の音はしっかりと届いていた。
―――ガシャン!
倉庫の奥で一際は大きな音が鳴り、何かの羽ばたきが聞こえる。
「あの奥です!」
いの一番に走り出すマルクを私たちが追う。
倉庫の暗がりの先に、銀色の毛並みを持つ大きなグリフォンが檻の中で羽を打ち下ろし暴れていた。
「メリー! 可哀想に……すぐに出してやるからなっ!」
マルクが悲痛な叫びを上げながら、檻の錠前をその辺にあった火かき棒で殴りつける。
が、錠前はびくともしない。
「ん……? 誰かいるのか?」
不意に壁の向こうの外から声がする。
間違いなく火の手を探しにきた衛兵だ。
騒がしくしたせいで気付かれたのだ。
「!?」
こんな時に冗談じゃない!
あと少し、もう少しなのに……
私たちの間で、張りつめた糸のような緊張感が漂う。
近づてくる兵士の足音は確実に扉を目指している。
「マルク、どけっ!」
静寂を切り裂く声。
水色の髪を後ろで束ねた青年が手のひらから拳ほどの青い火の玉を放つ。
マルクとは別のベルディナントさんの従者だ。
放たれた火の玉は錠前に勢いよく直撃し、燃え移り焼き尽くす。
錠前は灰となって床にパラパラと落ちた。
「ひどいよ! セオっ! メリーに当たったらどうするんだぁ―――」
「今はそれどころではない! 急いでそいつを出したら、馬車へ繋げ! さ、ベルディナント様もお早く馬車へ。後は我らにお任せを」
憤慨するマルクを無視して、青年が近くにいた私を抱え上げる。
「しばし、失礼する」
「えぇっ―――」
驚愕の声を上げる私を従者の青年は荷物のように抱えて運ぶ。
彼は素早く馬車まで走り扉を開け、向かい合わせになった座席の後部側に私を座らせた。
そして、再び馬車の外へと出ていく。
入れ替わりにベルディナントさんが入ってきて、私の向かい側に座った。
馬車の外では、グリフォンの羽ばたきがバサバサいっている。
衛兵が先か私たちが先か、不安と焦りから私は胸の前で手を組んだ。
しかし、私の祈りも虚しく、重い扉の錆び付いた音が倉庫内に響く。
「き、貴様ら! そこで何をしている!?」
とうとう衛兵に見つかってしまった、絶対絶命とはこのことか―――
私がギュッと瞼を閉じた時だった。
「そこをどいて下さぁぁぁい―――!」
マルクの大きな声が響き、私の体もそれに合わせて大きく揺れる。
グリフォンの羽が勢いよく唸り空気を押し上げながら、力強く馬車の車輪を動かす。
「ひっ! ひいぃぃぃぃぃっっ!?」
衛兵が情けなく叫び声を上げたかと思うと、今度は車体が斜めに傾く。
事態はどうなったのか。
必死に座席の横の窓を覗いた私が目にしたものは、斜めに遠のく城の景色だった。
グリフォンに引かれた馬車はぐんぐんと高度を上げ、やがて―――
城壁をも乗り越える。
私はすぐに体を捻らせ、後部についている窓に張り付き城を見つめた。
城は徐々に小さくなり……最後には見えなくなった。
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