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3.牢の中のお貴族様

 ルーメンアルブム王国の遥か西には、魔国という場所が存在する。

 魔国は大国で魔族が治める国だ。魔族とは、魔力を有する特殊な種族らしい。


 魔族の力は強大で、ひとたび戦になれば人の国など一夜で滅びてしまうと言われている。

 そんな魔族のお貴族様一行が2ヶ月前にこの国を訪れた。


 なんでも、ルーメンアルブムと貿易協定を結びたいとやってきたらしい。

 この国の規模は正直言って小さく、自国民を養うのがやっとだと聞かされた。

 だから大国との貿易が実現できた場合、国は確実に潤っただろう。


 アウルムの訪問から2日後、深夜。

 私は王宮の地下1階にある牢屋の前まで来ていた。


 それにしても、昼と違って夜は気温が低く、宵闇に吹く風は冷たい。

 部屋から持ってきた肩掛けをぎゅっと握り締め、私は体を震わせた。

 持っていたランタンがユラユラと揺れて、足元を照らす。


 うぅ、寒い。

 やっぱり、病み上がりの体には堪えるなぁ……

 アウルムが言うには、ここの最奥の牢に魔族のお貴族様がいるらしい…


 2日前のアウルムの話を思い出す。

 貿易協定を結びにやってきたお貴族様を何を血迷ったのか、お父様に利を得ようとする誰かが入れ知恵をして、従者共々捕縛したらしい。


 目的は賠償金の要求。

 多額の金が手に入るとでも思ったのか、お貴族様に国宝を盗んだという無実の罪をきせたらしい。

 酔狂にも程がある。アウルムは魔族との開戦を心配して、反対したが跳ね除けられたというわけだ。


 こんな馬鹿なことを考えた愚か者もそうだが、耳を傾けるお父様もお父様だ。

 今でもあの時のアウルムの苦笑いが目に浮かぶ。

 

 『このままでは、魔国と戦になるでしょう。先週、魔国の王、魔王より書状が届きました。内容は自国から出立したベルディナント・ミュラー氏の安否を確認するもので、急ぎ返信を要求すると』

 『……ベルディナント・ミュラーさんって人が例の貴族で、今は牢屋に入っていると―――それで、返事は出したの?』

 『それが、すぐさま王宮会議にかけられたのですが、権力をもつ複数の貴族の意見が採用され、国宝を盗んだ罪を犯したとして賠償金を請求する内容を返信することに。私は開戦だけは阻止しなければと、手紙を盗みだしました』

 『それって、バレたらマズイんじゃないの?』

 『ええ。このまま私が持っていることが知られれば、打ち首確実でしょうね』


 無能な上司を持つと、その部下が苦労をする。

 宰相と言えども例外はない、苦労人なのだ。

 そんなアウルムのためにも、早くお貴族様を見つけなければ。


 私は牢屋に足を踏み入れた。薄暗く、湿った空気が肌寒い地下は、アルコールの匂いとツンっとした酸い匂いが混じりあっって、思わず鼻を指で摘まんだ。


 なに、ここ……ちゃんと掃除してるのかしら…


 お貴族様はどこにいるのか、牢が並ぶ地下はトンネルのように天井が湾曲になっている。

 デコボコの石畳の地面をランタンで行く先を照らしながら、躓かないよう気を付けて歩く。

 アルコールの匂いが強くなったと思ったら、少し先に小さな灯りが見えた。

 

 「ぐぅ……ぐごごおぉぉぉ…」


 突如として聞こえてきた耳障りな轟音。

 しかし、私は驚かない。

 

 実は今日の夕方にアウルムに頼んで侍女見習いの服を用意して貰い、それを着た私は牢屋番に酒を差し入れした。

 宮廷医師に体調不良で眠れないと訴え、まんまとせしめた眠り薬を酒に盛ったので、牢屋番は朝までぐっすりだ。


 勤務中に酒を煽るのは、牢屋番としてどうなのかとツッコミを入れたくなる。

 それだけ平和ボケしているということなのか…危機管理がなっていない。


 歩みを進めると、小さな机の上に置かれたランタンに照らされた牢屋番が真っ赤な顔をして、大いびきをかき眠りこけている。


 牢を開けるには鍵が必要だ。

 私は牢屋番の眠る机に近づく。

 鍵は束になって机の上に置かれており、あっけなく見つかった。


 ぶ、不用心すぎる! 

 

 勤務中の飲酒に加え居眠り、果てはこの警備の薄さ。

 今の私にとってありがたい環境だが、これでは人員を配備している意味がない。

 

 私は呆れながらも、鍵の束を取って最奥の牢を目指して歩みを進めた。


 真っ直ぐな地下牢を歩くこと数分、突き当りにたどり着く。

 格子窓のついた鉄の扉が目の前に現れた。

 間違いない、ベルディナント・ミュラーさんのいる牢屋だ。


 ランタンを地面に置き、屈んで鍵の束を照らしながら、この牢の鍵らしきものを探す。

 けれど、どれも同じ大きさの鉄の鍵。

 仕方がないので、総当たりで鍵を扉の鍵穴に差し込むことにした。


 数本試した辺りで、カチャリと鍵が回る。

 鍵探しに無駄な時間を割かなくて良かったのは幸運と言えるだろう。

 キィーっと細い音をたて、扉が開く。

 

 「…お邪魔しまーす」

 

 なるべく静かに牢に入った私はベルディナントさんの存在を探す。

 牢の中は机に椅子、ベッド。

 ベルディナントさんらしき人物は、ベッドの上に座っていた。

 

 「あの、夜分遅くに失礼いたします」


 ランタンの光を掲げて、挨拶をしてみる。

 ベッドに座っていたのは男性だ。

 銀髪、碧眼、年はアウルムと同じぐらいか。伸び散らかした髪と髭、薄汚れた服が、どれだけ酷い扱いを受けたか物語っていえる。

 

 「誰だ。お前は…」

 

 男性の低く通る声が響く。

 よかった、言葉は通じるみたい…


 「お、お初にお目にかかります。私、ルーメンアルブム王国第3王女フィーリア・ラグナティス・ルーメンアルブムと申します。あなたはベルディナント・ミュラー様とお見受けしますが、お間違いないでしょうか」


 恐る恐る、男性に尋ねると、「相違ない」との返答が返ってくる。

 私は安堵すると同時に気を引き締めた。


 「今宵はベルディナント様にお話があって参りました」

 「帰れ。どうやって、ここに来たかは知らないが、ここはお前のような子供が来る所ではない」

 「いいえ、帰りません。お話を聞いて下さるまで、ここに居座ります!」


 ランタンの薄明かりが私とベルディナントさんをほのかに照らす。

 ベルディナントさんは黙っている。


 聞く耳を持つ気がないのか、それとも私の次の出方を伺っているのか…どちらにしても、言葉を選ぶ必要がある。


 「私はあなたを助けに来たのではありません。ベルディナント様、あなたと取引をしたいと思っています」

 

 ベルディナントさんの眉がぴくりと動く。少しは興味を引けた! そう直感した私はすかさず話を続ける。


 「今夜、この国から逃亡するお手伝いを私がします。その等価として、私をあなたの人質として魔国へお連れ下さい」

 「……馬鹿馬鹿しくて、話にならん。フィーリアと言ったか、お前はこの国の第3王女で、さらに子供だ。どんな手伝いをするか知らんが、お前に人質としての価値があるとは思えんな」

 「私に人質としての価値があるかどうかは、こちらをご覧になってから判断して下さい」


 私はドレスの懐から、柄に白い紋章の刻まれた短剣を取り出した。


 「それは何だ」

 「これは、次代の王となる者のみが持つことを許された、王家に代々伝わる光の短剣という国宝です。これがなければ、王として戴冠を許されることはありません」


 2日前にアウルムから渡されたこの短剣は、前世を思い出す前のフィーリアの持ち物だった。

 私の部屋を移す時に、アウルムの従者が箪笥から見つけたらしい。


 フィーリアはわかっていた、この短剣が重要なものだと…だから箪笥の引き出しの奥深くに大事に閉まっていたのだ。


 柄に刻まれた紋章は円が幾重にも重なって、花のような形をしている。昔、お母様がこの紋章は国を照らす光を表すと言っていた。


 「……確かに、次期女王のお前には人質としての価値が十分にある。しかし、城を出る理由は何だ。後ろめたいことでも、あるのではないか?」

 「私が女王になることは決まっています。けれど、それは戴冠式まで命があればの話です…単刀直入に申し上げますが、私は実姉により命を狙われています。このまま城にいれば、次の年まで命はないでしょう」

 「……つまり、魔国でお前の保護をする代わりに私を逃がすと、そう言いたいのか。だが、お前が留守の間に別の王が立った場合はどうする。お前の利用価値はなくなり、殺されるかもしれないぞ」

 「覚悟の上です。民に認められる賢王ならば、我が国も栄えましょう。その時は、煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ」

 

 しっかりと相手の瞳を見据え、目を離さない。

 そう、瞬き一つしてはならない。

 次にこの男がどう出るか、待ち構える。

 

 「断る」

 「何故です。ここから、逃げたくはないのですか」

 「ああ。この国は最低だ。今すぐにでも出てい行きたい所だが……お前が人質になれば、この国は捕らわれた次期女王をとり返そうと躍起になるだろう。結果、魔族と人の間で戦が起きるかもしれん。そのような危険を受容できるか」

 

 短剣を握る手が汗ばむ。

 王族たるもの頭を下げてはいけない、弱気な態度をとれば相手に気取れ利用される。

 脳裏に浮かぶのは短剣を渡してくれた、アウルムとの約束。

 

 『これを』

 『短剣……これ! お母様から大事にしなさいって、誰にも見せちゃいけないって』

 『これは光の短剣。次の王のみが持つことの許される国宝です。戴冠の儀の時に返納され、次のお世継ぎがお生まれになり渡されるまで厳重に保管れます。ですので、我が国でこれを有さない者は戴冠を許されることはまずありません』

 『渡された人が死亡した場合はどうなるの?』

 『次に継承権の高い者へと渡されます。無論、例外もあります―――短剣の紛失と継承者の死亡が確認された場合、新しい短剣が作られ次の王が立つ。我が国で失踪者の死亡が認定されるのは失踪日より10年、それまでにお戻り下さいませ』

 『……戻るって、この国に?』

 『ええ。私は貴方様を次の女王に支持します。今この国は明日の光も見えぬ混沌の中を彷徨い続けています。瓦解するのも時間の問題かと、その引き金を引くのが戦か天災か……いずれにせよ並みの王では倒れましょう』

 『つまり、私に並み以上の働きを期待すると……でも、なんの力もない私を次の女王に支持なんて……大博打だよ、後悔しない?』

 『後悔はない、と言えば嘘になりますが……変化を嫌い、保守的な考えでは並み以上にはなれません。混沌を吹き飛ばす、すなわち―――新しい風を吹かす力を持った王こそがこの国を救えると私は考えます。滅びを待つだけならば小さな希望に賭けてみようと、そう思ったのですよ』

 

 小さな希望。

 彼が幼いフィーリアに何を見たのかわからない。


 だけど、短剣をレジーナお姉様に渡すことも出来たのにそれをしなかった。

 国の未来を私に賭けたのだ。絶対に引き下がるわけにはいかない。

 

 気丈に、なるべく気丈に振舞え私っ―――!


 「……戦は、このままあなたがここに捕まっていても、起こります。あなた方は国宝を盗んだ罪人として投獄され続け、魔国が賠償金を払わなければ解放されません。現に国王は賠償金を払うよう、魔国を脅迫する書状を送ろとしています」

 「賠償金だと! 我らは人の国の宝などに興味はない! くっ……どちらを選んでも、戦は避けられない、か」

 「いいえ。戦は回避できます。あなた方がここから出て、魔国に帰れば、我が国は魔国を脅迫する術を失くし、さらに、私が人質となったことで報復だと恐れる者が出てくると推測します。なにせ、不実の罪を着せたはずの魔族が本当に国宝を奪って行くのです。多くの臆病な者は恐怖で震え上がりましょう」

 

 ベルディナントさんが黙りこむ。

 私の話に信憑性があるか、本当に自分に利があるか…吟味しているのだろう。

 じっくりと、値踏みするように見た後、低く呟く。


 「……手伝いの内容は何だ」

 「ここに城の見取り図があります」


 アウルムから貰った城の見取り図をポケットから取り出し、ベルディナントさんに見せる。

 

 「この地下牢は城の西側に位置する塔の下にあります。そして、ここから反対側の東側の塔1階。そこに、あなた方の乗ってきた馬車が格納されているので、そこまで私が先導します。魔国の馬車なら城壁を越えられる。違いますか?」


 魔国の馬車がどうやって城壁を越えるかは、知らない。

 すべて、アウルムからの情報だ。


 毅然とした態度で提供された情報をフルに活用する。

 今の私出来るのは、それだけ。


 「そうだな。我らの馬車ならば可能だ。しかし、道中の見張りはどうする。私の他に従者が2人、お前を合わせると4人だ。真夜中とは言え、そんな人数で出歩けばたちまち捕まりかねんぞ」

 「その点につきましては、お任せ下さい。合図を送りますので、それまで待機を」

 「合図……?」


 訝しむようにこちらを見るベルディナントさん。対して、私はニッコリと口角を上げた。

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