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1.私、死にました

―――こんなことってあるだろうか?

 

 私こと、臼井幸子。

 うら若き乙女真っ盛りの18歳は先ほど校舎の屋上から落ちてきた鉢植えが直撃し、死にました。

 今日は私の通う高校の卒業式だったのに、これから私の青春は始まる所だったのに……

 一つの鉢植えで死ぬなんて、まるでコメディみたいな死に方だと思うと、自分でも笑いが出てきてしまいそう。


 高校に入ってからの3年間、青春を犠牲にした猛勉強はすべては希望の超難関大学に受かるため。

 

 合格通知を手に入れて、私の青春はこの春から始まるはずだったのに! 

 憧れのキャンパスライフ、素敵な年上の先輩と恋に落ちる予定だったに!!

 なのに、なのに……こんなのあんまりだよ…


 そういえば! 昨日買った新作のスイーツ食べてない!? 

 あれ、食べたかったなぁ……


 いやいや、そんなことよりも先立つ親不孝な娘をお許しくださいと、先に両親に謝るべきか……

 というか、人生の幕引きってこんなのでいいの? 


 もっとこう…色々、思い出したりするものなんじゃないの!? 

 もう、しっかりしてよ! 私の人生!!


 なんて自問自答をしてるけど、私の人生は終わってしまったのだから致し方ない。


 だけど、この話には続きがある。

 死んだのに続きがあるのは可笑しいって?

 そうそう、私だってい可笑しいと思う。


 でもね、続きがあるのは私の人生ではない。

 また別の人生なのだ……



 ******



 熱い、苦しい、痛い―――

 最初に感じたのはそんな感覚で、私の体は悲鳴をあげていた。

 ルーメンアルブム王国第3王女フィーリア・ラグナティス・ルーメンアルブム10歳。

 美しい黒髪に青い瞳を持つ少女、それが今の私の人生だ。


 横向きに倒れこんだ体は小刻みに震え、次に焼けつくような痛みと頭痛がしたかと思うとすべてを思い出した。

 18歳の幸子の記憶と人格が10歳のフィーリアにリンクする。

 

 ああ、私……生まれ変わったんだ……

 

 長い眠りから目覚めるように、私は自分の置かれている現状を理解した。

 しかし、この状況は転生できて幸福と言うべきか? 

 せっかく前世を思い出したのに、私はなんと死にかけている。

 

 痛い、痛い……苦しい…助けて…

 

 「ぐぅ……ぁぁ…」

 

 声をあげようにも苦しさの余り、死にかけのカエルのような声が口から溢れでた。

 目から涙が流れ落ち、開いた口を閉じることもままならない。

 

 ちょっと待って! そういえば、私ってお姫様じゃなかったけ? どうしてこの部屋には誰もいないわけ!?

 

 私の知っている限りの“お姫様”には、少なくとも1人は従者がいるイメージだ。

 なのに、どうして、どういう理由か。お姫様である私の傍らには誰もいない。

 

 正確に確認できてはいないが、こんなに苦しんでいるのに傍観する従者はいないだろう。

 いや、いたらまずい。

 

 落ち着け私。

 フィーリアに従者がいたかどうかは、私がフィーリアなのだから知っているはずだ。

 まずは私がなぜ、こんなにものたうち回っているのかを思い出す必要がある。


 フィーリアと幸子、混乱して混ざり合う意識の中で私は必要な記憶を辿る。

 それは、フィーリアが物心つく頃からの記憶。

 

 部屋だ。広くて、大きな部屋に綺麗な女の人。

 黒くて、艶のある髪に深い深海のように青い瞳ですごく痩せていて、心配だった。

 この人はお母様。そう、病気がちだったお母様はいつもベッドに寝ていた。


 優しい声で私にいつも詩を聞かせてくれたっけ…

 だけど、お母様は私が9歳の時に死んでしまった。


 そこから、フィーリアの記憶はまさに不幸そのものになる。

 

 私はお母様と過ごした部屋を追い出され……

 広いけど、整備も掃除もされていない離宮の一室に閉じ込められた。


 従者もいなければ、会いに来る者など誰一人いない日々。

 薄汚れたドレスを身にまとい、埃に塗れながらも日に2度与えられる粗末な食事を口にして生き延びてはいたが、何度お母様のいる場所に行きたいと願ったことか。

 

 それこそ数えきれない……

 

 誰がこんな目に合わせたのか、その答えはこの国の王。

 つまり、お父様だとフィーリアである私は認識している。


 そして今日、朝食として出されたスープを飲んだ瞬間から、苦しく、焼けつくような衝撃に座っていた椅子から崩れ落ちたのが始まり。

 きっと毒だ。

 

 あれあれ? 

 フィーリアって相当不幸……

 というか、このままお母様のいる天国に召された方がいい気がするけど、私は断じて召されたくなどない! 


 従者がいないことも、この部屋で一人ぼっちなのも分かった。

 さて、ここからどうするか…腹這いになってスープを吐き出すとか? 


 時間だってそんなに経っていないし毒がこれ以上回る前に助かるかもしれない。

 うん、そうしよう。

 

 朦朧とする意識の中で考えた私の策は実に阿保らしかった。

 今更スープを吐き出した所で助かる見込みなどない。

 しかし、思わぬ所で功を奏することになる。


 私は仰向けの体制から腹這いになるために、苦しみを我慢して勢いよく体を転がした。

 上手く体は反転して、ゴロリと転がる。


 よし、上手くいった! 

 そう思ったのもつかの間で、 私の体は腹這いになると同時に机の脚にぶつかった。

 部屋にある机は結構な骨董品だったらしく、ぶつかられた反動でグラグラと大きく揺れる。

 

 ―――ガシャンっ!


 急に何かが割れる音。視界を巡らせれば、床に皿の破片と琥珀色の液体が散らばっている。

 どうやら、スープの皿が落ちたみたいだ。

 

 「何だ?」

 

 部屋の外で声がする。低い声、男性の声だ。

 私は必死になって声をあげた。

 

 「……ぐっ…あぁ…うぁぁああああ!」


 予想以上の大声に私自身も驚いている。

 これが火事場の馬鹿力というやつか。

 何はともあれ、これで部屋の外まで声は届いたはず―――

 

 「これは…! ここはフィーリア様の部屋!? フィーリア様!!」


 ドカンっと扉が破られる音して、男性の姿が視界に入った。

 藍色の髪の男性、彼は跪いて私を抱き上げる。

 

 よかった…これで助かるかもしれない……

 

 「フィーリア様! 急ぎ宮廷医師に見せなければ!?」


 彼は私を抱えたまま部屋を出て駆けだす。

 毒の苦しみに耐えていた私の体は緊張の糸がぷっつりと切れたことにより、あっさりと意識を失った。



 ******



 とても嫌な夢を見た。

 毒入りスープを飲んで死ぬ夢だ…

 おまけに私は10歳の少女でお姫様。


 どんなメルヘンファンタジー? 

 深層心理で憧れていたとか…ありえない。


 ともかく、誰でも自分が死ぬ夢なんて悪夢に以外の何ものでもない。

 もう二度と見たくない夢だ、目が覚めたら新作のスイーツでも食べて、気分転嫁でもしよう。


 ん? 

 …新作のスイーツ? 

 そういえば、私ってば鉢植えが頭に直撃して死んだだっけ? 

 じゃあ今の私は……メルヘンファンタジーが現実!?


 「ありえない!?」

 

 自分の叫び声と同時にがばっと半身が起き上がる。

 目の前には見たことのない西洋風の部屋。

 

 そうだ。

 そうだった……お姫様のフィーリア10歳。

 それが今の私だ。

 

 毒入りスープも夢ではなかった。

 どうやら私は違う部屋に運ばれて、一命を取り留めたらしい。


 体は怠いが苦しくも痛くもない。

 辺りを見渡せば、自室よりも清潔な部屋。家具も調度品も真新しい。

 ベッドだって天蓋付き、着ている服も上質な布で織られた白いネグリジェらしきものに変化している。

 

 生き延びて、待遇が良くなったのは嬉しいけど……やっぱり人がいないのはデフォルトなのね。


 私は大きく伸びをして、息を吐いた。

 どれくらいの間、眠っていたのだろうか。

 冷静になると自分の喉が思いのほか渇いていることを自覚する。


 飲み物を求めて眼球を蠢かすと、ベッドの脇のサイドテーブルが目に入った。

 その上には水差しとコップ、すかさず私はそれらに手を伸ばす。

 存外広いベッドの端に行くために、体を屈めて赤子のように這う。


 ところが、思ったほど力が入らないのだ。

 数歩這っただけで両手が直ぐにヘニャリとマットの上に折れ、そこから動けない。

 前のめりに倒れこんだ形になっているであろう自分の姿は、傍から見ればかなり滑稽に違いない。

 

 こんな姿、誰かに見られると恥ずかしいけど…

 自分の体が動かない以上は仕方ない。


 どうせ、他の人がこの部屋に入ることはないでしょ! っと完全に高を括る私を運命は嘲笑うかのように裏切った。


 コン、コンっと、予想だにしないノック音。


 ちょっと待ってよ! 聞いてない! お願いします。今だけは開けないで!? 

 

 心の中で祈る私を完全に無視して、無情にも扉はいとも簡単に開放される。

 直後に扉の外にいた人物と視線がぶつかった。


 お相手は、私を救った藍色の髪の男性……髪と同じ色の瞳の年は30代後半あたりか。

 目元に深い皺があるせいで、もう少し年上に見えなくもない。

 黒いローブを纏う彼は無表情で漂う雰囲気が一層に気まずい。


 「フィーリア様。お目覚めになられましたか」

 

 渇いた空気が非常に痛い。

 今だに間抜けな姿勢の私は、全身の体温が急上昇。

 意味の分からない悲鳴をあげた。

 

 「ひっ、ひええぇぇぇぇぇぇ―――」

 

 この空前の悲鳴は城中に響き渡り、衛兵が出動するまでの騒動になったのは言うまでもない。


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