mission7 弟子と暗殺者たち
タイトルを変更しました。
ご容赦いただきますようよろしくお願いします。
旧タイトル『最強暗殺者の弟子~最下級の爵位に潜伏し、貴族の学院で無双する~』
俺はただ目を細めるだけだった。
それはあまりに大それていた。
没落した皇家の娘が、皇帝になるなどありえない。
有史以来、人類は様々な国を興し、滅亡させてきた。
が、その中に皇家・王家問わず、没落した家柄が国のトップに立った例はない。
少なくとも、コウ師匠から教えてもらった教養にはなかった。
しかし、ラフィーナは本気である。
その証拠に、また【皇帝眼】がぼうと光っていた。
「始皇帝は賭けに乗ったのか?」
「ああ……。だから、私はここにいるのだ」
なるほど。
ラフィーナがこうして準男爵として入学できたのも、始皇帝の威光というわけか。
始皇帝が目を光らせている限り、貴族たちが得意とする不正はできない。
単純に成績を見て、合否を計るしかないのである。
「つまり、これは単純な暴走として見るべきなのだろうな」
俺は振り返った。
闇に向かって、今の言葉を投げかける。
現れたのは、教職員でもなければ生徒でもない。
黒い布で顔を隠し、烏羽のローブを身に纏っていた。
いや、身につけているのは、目に見えるものだけではない。
殺気――。
本物の殺気を纏った殺し屋が、俺たちの前に姿を現した。
1人、2人と茂みの中、木の影、あるいは建物の角から現れ増えていく。
「こいつら……。本物か」
「ああ。そのようだ」
ラフィーナが声を上擦らせる。
遅れて俺は頷いた。
どうやらこの皇帝宮に、暗殺者がいることの意味を理解しているらしい。
この皇帝宮に入り込むことは至難の技だ。
師匠たちですら、長い年月かけて、2人を送り込むのが精一杯だった。
ならば、何故師匠たちよりも各段に劣る彼らが、こうして皇帝宮の中にうろついているのか。
答えは簡単だ。
彼らは貴族が雇い、そしてこの皇帝宮に招き入れた暗殺者たちだからである。
難攻不落の城門も城壁も、貴族の召喚状さえあれば、すんなり入り込むことができてしまうのが、皇帝宮という場所であった。
俺は改めて周囲の状況を確認する。
夜とはいえ、他に人の気配はない。
体よく人払いが行われていた。
おそらく叫んだとしても、衛兵がやってくることはないだろう。
どうやら、俺たちだけで切り抜けるしかないようである。
「ラフィーナ、武装は?」
「あるわけないだろ? 武器となるものの所持は基本的に禁止されている。この皇帝宮に持ち込むことだって」
「お前のことだ。護身用に1本ぐらい持っていてもおかしくないと思ってな」
「生憎と……」
ラフィーナは肩を竦めた。
随分と落ち着いている。
こういう状況になれているのだろう。
そして運良く逃れ、今日まで生きてきた。
彼女にとって1日1日が、明日死ぬかも知れないというサバイバルだったに違いない。
「それでいい。相手はプロだ。下手に持っていると、逆に利用されかねない」
「どうする気だ、ブレイド。魔法を使うか?」
「いや、騒ぎを大きくしたくない」
「何故――――」
ラフィーナの問いかけに、俺はあえて答えなかった。
向こうはプロだ。
貴族の子息あるいは令嬢たちと相手するのとは訳が違う。
今、殺さなければ殺される。
手心を加えるだけ、危うくなるのはこちらだ。
1人を残し、あるいは2人を残し、雇い主に警告を与えることも悪くない。
だが、中途半端な慈悲は相手の憎悪を倍加させるだけである。
この場において、最善なのは暗殺者の全滅。
幸い他に人の視線は感じない。
衛兵も駆けつける様子もない。
この場にいるのは俺とラフィーナ、暗殺者だけである。
ならば、目の前にいる敵の命を刈り取ることによって、大いなる謎と彼らの雇い主への強烈な死の警告を与える。
まさか暗殺者の雇い主も、子ども2人で切り抜けたとは考えないはずだ。
運良くすれば、他勢力の存在すら疑うだろう。
俺たちが何食わぬ顔で学校に通えば、暗殺者は失敗したのではなく、何か別勢力と対峙し、討ち死にしたと考える可能性もある。
いずれにしても、暗殺者を全滅させられたことは、雇い主にとっては強くかつ薄気味の悪い警告になるはずだ。
さて、仮定の話はこれくらいにしよう。
ここからは暗殺の時間だ。
俺は制服の上着のポケットから箱に入ったトランプを取り出す。
「武器を持ち込むことは叶わなかったが、遊戯道具には寛容で助かった」
トランプを箱から取りだし、シャッフルを始める。
鋭いシャッフル音が夜の空気を裂いた。
そして1枚のトランプを中指と一差し指で摘む。
奇しくもジョーカーであった。
「ラフィーナ……」
「なんだ?」
「なるべく俺から離れるな」
「……わかった」
ラフィーナは俺の背に隠れる。
同時に様子を見ていた1人の暗殺者が石畳を蹴った。
手にはナイフが握られ、闇の中で弧を描く。
俺の頸動脈を狙ったそれは、首筋に届く前に切り裂かれていた。
手首ごとだ。
鮮血が舞う。
暗殺者の目が大きく見開かれる中、すでに2撃目の動作に俺は入っていた。
1歩踏み込むと、男の頸動脈をトランプの端で切り裂く。
赤い血がまるで伸ばした翼のように飛び散った。
暗殺者は膝から崩れ落ち、そのまま息を引き取る。
他の暗殺者に動揺が走る。
だが、この程度で怯むほど、こいつらの心臓は小さくないらしい。
今度は3人が3方向から押し寄せる。
身を低くし、闇夜を駆けて距離を詰めてきた。
俺は冷静だった。
指先にトランプをセットする。
すると、ふわりとその場で跳躍すると、トランプを投げる。
空気を裂き、トランプの端は全員の急所を切り裂いた。
一瞬にして命を刈り取られた暗殺者たちは、走った勢いをそのままに地面を滑り、ラフィーナの足元に転がる。
直後、顔をしかめたラフィーナに影が覆い被さった。
顔を上げると、暗殺者の凶刃が光っているのを捉える。
身を竦ませ、防御態勢を取るが無駄に終わった。
キィン!
硬質な音が皇帝宮に広がる。
俺は暗殺者のナイフをトランプと2本の指で受け止めていた。
性別が男と思われる暗殺者は力で押し込もうとしてくる。
だが、俺の身体が仰け反ることはなく、トランプの端が切れることもなかった。
「無駄だ」
俺は暗殺者の股間を蹴る。
悶絶するほど、強くは蹴っていない。
軽く叩くだけでも、十分相手を怯ませることができる。
敵の身体がくの字に曲がった。
顔が下がったところを見計らい、俺は暗殺者の頸動脈を切り裂く。
刹那にして5人の暗殺者が絶命した。
残るは1人だけだ。
俺が視線を向けると、暗殺者の肩が震える。
すると、暗殺者は背を向け――――。
――――た瞬間に、頸動脈を切り裂かれていた。
状況終了。終わりである。
俺は全員の脈を確認し、擬態でないことを確かめた。
同時に、投げたトランプを回収していく。
血を丁寧に拭き取り、現場の痕跡を消していった。
そんな俺の背中に、ラフィーナは尋ねる。
「ブレイド、ありがとう」
「礼には及ばない。降りかかる火の粉を払っただけだ。恩を着せたつもりもないから安心しろ」
俺は立ち上がる。
ラフィーナに向き直ると、その顔は俯いていた。
生存を喜ぶより、何か深刻な悩みでも抱えているように見える。
やがてラフィーナは顔を上げた。
「……ブレイド、1つ聞かせてくれ」
お前も、暗殺者なのか?
ランキングから追放されそうだけど、
連休明けまでは毎日更新する予定です。
もう少しお付き合いいただければ幸いです。
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