mission26 頂にいる者……。
大変お待たせしました。
諸事情により休載させていただいておりました。
引き続き更新してまいります。
ベルヴァルド・ヴドゥ・オー・ザイン――。
すなわちザイン帝国始皇帝はおもむろに瞼を開く。
目覚めたのは、華美な装飾品が置かれた寝室ではなく、陽光が差し込むだだっ広い謁見の間であり、何十人もの美女が戯れる寝具の上ではなく、彼がいたのは玉座であった。
政務の合間にうたた寝をしていたわけではない。
ここが始皇帝にとってもっとも安らげる場所だからだ。
ベルヴァルドはザイン帝国の皇帝である。
だが君主だからと言っても、危険と無関係ではない。
敵は内外問わず、存在し、常に暗殺の危険にさらされている。
原因は、ベルヴァルドが敷いた苛烈で容赦のない統治制度であろう。
魔法技術の没収、絶対的な貴族階級は、地方と国民を疲弊させる結果となった。
だが、それは長い戦乱の世を平定するための妥協の産物であることを、知るものは少ない。
大半の人間が、傲慢不遜な始皇帝のせいだと思っている。
故に、常に鎧を纏ったまま玉座で寝る有様であった。
だが、この生活も悪くないと考えていることが、ベルヴァルドの汚点であろう。
命の危機は、かの戦場を思い出させてくれる。
特に彼は防御の薄い寝間着を着ることを好まない。
今もこうして玉座に座しながら、傍らにある剣を手放さず、纏った武具を脱いだことはなかった。
「むっ」
力を込め、ベルヴァルドは玉座の上で身体を伸ばす。
目覚めが良い。
久方ぶりに戦場の音と、鬨の声を聞いたからであろう。
すでに昨日あった騒ぎのことは、ベルヴァルドの耳に入っていた。
もちろん、ラフィーナがそこに含まれていることも知っている。
謁見の間に人が入ってきた。
宰相である。
狐のような切れ長の目は、早朝だというのに鋭い。
典礼の作法に則り、入口で立礼、間の中央で掲げた国章に頭を下げ、最後にベルヴァルドから30歩下がった位置で、拝跪した。
形式的な挨拶を交わし、報告する。
本来なら国の細かな指数の報告から入るのだが、宰相は気を利かせたつもりなのだろう。
昨日の騒動についての話題から入った。
典型的な事務方の報告ではあったが、ベルヴァルドが胸を躍らせた報告が2つある。
1つは、ミズヴァルド学院の学生のおかげで騒動が広がらず、終息したこと。
2つめは、2、3層で放し飼いされていた魔物が忽然といなくなっていたことだ。
「2つめの原因はわかっているのか?」
ベルヴァルドは初めて問うた。
宰相は少し身を強張らせ、正直に報告する。
「恐れながら、今のところ判明しておりません。今、一級の魔法鑑定士が調査に向かっております。じきに何かわかるかと……」
「急がせよ」
珍しくベルヴァルドは爪を噛んだ。
魔物が殺されたというならわかる。
だが、忽然と消えたというのは気になる。
3層にはレベル6の魔物がいる。
それを殺すどこから、消すなどベルヴァルドとて難しい芸当だ。
おかげで内輪もめなのか、他国の妨害なのか。
魔物を捕らえたのか、それとも単純に消したのか。
様々なことがわからない。
狙ってやっているなら、かなりの手練れが今この皇帝宮の中にいることになる。
にぃ……。
知らず知らずのうちに、ベルヴァルドは笑っていた。
恐れこそ、恐怖こそ、今の彼の最大の好物である。
始皇帝ベルヴァルドは、危機に飢えていたのだ。
「学生にも褒美を与えねばな。名誉が良いか、それとも金か。あるいは財宝、女というのもあり得るな」
「その事ですが、陛下。お耳に入れたいことがございます」
「なんだ?」
「この度、学生を率いたのは彼の者だと……」
宮廷の中心部で囁かれる彼の者というのは、ラフィーナのことである。
家臣たちにとって、マージュ家は裏切り者、そして死んだ者だ。
その娘が生きて、ベルヴァルドに囲われていることは、宮廷に仕える者なら誰でも知っている事実だが、その名前を口の先に出すことを憚られるため、いつしか彼の者と呼ばれるようになった。
「それは弱ったな。あやつなら余の露骨な褒美を受け取らぬかもしれぬ」
ベルヴァルドはしばし沈思黙考する。
しばし時を置いて、口を開いた。
「賞状で良いか。今は学生の身分ゆえ、それぐらいがちょうど良かろう」
「仰せのままに。早速準備をいたします」
「待て。確かミズヴァルド学院の生徒会長は、キストラニス家の三女が務めているのだったな。名前は確か…………」
「ローゼマリー様でしょうか」
「ああ。そういう名前だったな。そのものに余の賞状を読ませよ」
「それはご無体な……。キストラニス家の不興を買うことになりますぞ」
普通の貴族に賞状を渡すのとは訳が違う。
特にキストラニス家はマージュ家を恨んでいる。
キストラニス家の長女を、マージュ家の長女が殺したからである。
「余の名代ということであれば、キストラニス家も断りはすまい」
「……わかりました」
宰相は最終的に折れる。
次の議題にさしかかった時、唐突にベルヴァルドが口を開いた。
「ところで宰相よ。今朝の警備責任者は誰か?」
「トグリス侯爵卿でございますが、何か?」
「責任をとらす。明日一族郎党の首を刎ねよ」
「な、何故――!?」
宰相は声を引きつらせる。
トグリス侯爵卿よりも、自分の命の方を心配した。
すると、ベルヴァルドの目が明後日の方を向く。
「鼠が侵入しておるぞ」
ベルヴァルドの眼光が鋭く光る。
その瞬間、謁見の間の天井の一部が動いた。
否――人だ。
強い朝の光に出来た影に紛れるように隠れていた。
「ひっ!」
宰相の悲鳴が響く。
おろおろと狼狽える一方、ベルヴァルドは微笑んだ。
そして常に握っていた剣をおもむろに抜く。
音もなく飛来した暗殺者とおぼしきものに向かって、振り放った。
剣から闇を纏った刃が伸びる。
高速で暗殺者に迫ると、蠅でもひっぱたくように薙ぎ払われた。
瞬間、暗殺者の身体が消滅する。
【幻魔剣】……。
魔法によって強烈な震動を起こし、物体を構築する素から分解する恐ろしい魔法である。
始皇帝ベルヴァルド・ヴドゥ・オー・ザインだけが使える固有の魔法技術で、六角戦争において、いくつもの敵将、相手国に与する英雄たちを消滅させてきた。
その力……。
さらにベルヴァルドの顔に浮かぶ怪しげな緑の光。
宰相はおののき、腰を抜かしかなかった。
「ここまで余に迫ったことは、褒めてやろう」
ベルヴァルドは口を裂いて、笑う。
たった今命の危機に直面したにも関わらず、ベルヴァルドは嬉しそうだった。
活動報告の方に、コメントいただいた方ありがとうございます。
ご心配をおかけし申し訳ない。
目の方はほぼほぼ完治しましたが、
引き続きいたわりながら、作業を続けていきたいと思います。




