mission25 弟子の正体……。
お待たせしてすみません。
ダンジョンに鬨の声が響いた。
俺は背中でそれを聞きながら、深奥へと辿り着く。
ポッカリと空いた穴を確認し、目を細めた。
「やはりな」
2層への封印扉が開かれていた。
出てきた魔物によって崩れているように見える。
封印扉の効力も失っていた。
もし魔物が無理やり壊したのであれば、封印扉の効力は継続しているはずである。
それにこの手の封印は、警告音とセットになっているものだ。
音が鳴っていないところを見ると、やはり誰かが開いたとしか考えられなかった。
「出てこい」
振り向きざまに、俺はトランプを投げる。
鋭い音を立てて宙を飛ぶトランプを、正体不明の不審者は指先だけで掴んだ。
ローブの奥の口元は、わずかだが開いていた。
「何者だ、貴様?」
ダリジアという男爵かと考えたが、様子が全く異なる。
そもそも学生ではない。
どちらかと言えば、俺側に近い種類の人間だろう。
そして声が聞こえる。
男のものだった。
「ブレイド・アノゥ・ヘルツェルだな」
「……ああ」
「お前を待っていた」
俺は眉をピクリと動かす。
対して男は口角を上げた。
「待っていた? まるで俺を罠にはめたような言い方だな」
「その通りだ」
「お前たちの目的は、ラフィーナの命じゃないのか?」
「小娘1人の命より、オレはお前に用がある」
「何故だ……?」
「お前は暗殺者を殺した。オレが手塩にかけた弟子たちをだ」
瞬時に頭をよぎったのは、入学式の夜だった。
ラフィーナとともに遭遇した暗殺者の集団のことを思い出す。
なるほど。確かに立ち姿や雰囲気が、俺が殺した暗殺者と似ている。
どう手順を踏んで、俺に辿り着いたのかはわからない。
だが、よほど入念に調べたのただろう。
「先ほどのトランプ投げで確信した。故にこのまま生かしておかん。相応の報いを受けさせる」
話を聞き、俺は手で顔を隠した。
身体が震える。
それを見て、眉宇を動かしたのは暗殺者の方だった。
「今さら罪に苛まれて遅いぞ」
「くくく……」
あははははははははははははははは!!
指と指の間から漏らし――そして盛大に俺は笑声をぶちまけた。
腹をよじらせ、狂ったように笑った。
我ながら気が触れたのかと思ったほどにだ。
「な、何がおかしい!!」
暗殺者は喝破する。
声と同時に、むせ返るような殺意が充満した。
フードの奥の笑顔は一転し、縄張りを荒らされた猫のように猛っている。
「助かったよ」
「なにぃ……」
「お前が愚かで、無能で……。こうしている間も、お前たちが虎視眈々とラフィーナの命を狙っているのではないかと、内心ではヒヤヒヤしていたところだ」
「お前、何を言って――」
俺はあいつの盾ではない。
その資格もない。
あいつが守るには、俺の手は少々血で汚れすぎている。
故に、俺はあいつの剣なのだ。
「わずかな証拠を拾い、ここまで辿り着いたことは褒めておこう。……だが、所詮剣に染み付いた血の匂いに群がった死肉喰いでしかない。お前も、お前の弟子もな」
「貴様! まだ我々を愚弄するか?」
「当たり前だ。俺の師匠であれば、仇討ちなどしない。暗殺者は死ねば、骸になるだけだ。剣が折れれば、廃棄されるようにな」
そして、それは俺とて例外ではない。
いつか俺も、ラフィーナに捨てられる時があるだろう。
だが、今はその時ではない。
俺は宣誓した。
ラフィーナを皇帝にする、と……。
彼女が帝座に着くまで、俺は切り裂き続ける。
ラフィーナの剣として……。
ドンッ!!
側で大砲を打ち鳴らしたような音が響く。
大きな影に気付き、俺は翻った。
それは大きな手だ。
2層に向かう穴から伸びてくる。
縁に手をかけると、その手に見合う体躯が現れた。
みるみると俺の視線が上がっていく。
やがてダンジョンの天井を覆うような巨躯が現れた。
それは巨大なトロルであった。
「トロルキングか……」
レベル6に該当する凶悪な魔物である。
銀毛に覆われ、トロルよりもさらに大きな体躯は、まさに王に相応しい姿をしていた。
レベル6ともなれば知能は高く、魔物を操るものが出てくる。
群を作ることになるなら、対処には軍隊が必要になってくるだろう。
「ふははははは……!! どうだ! レベル6のトロルキングだ!」
五月蠅いヤツだ。
何を勝ち誇っているのだ。
弱者ほどよく吠えるというがな。
そもそも弟子の仇討ちを魔物に任せるのか。
つくづく三流だな。
暗殺者を名乗ることすら腹立たしくなってくる。
「確かにオレではお前には叶わないだろう。だが、いくら貴様でも、レベル6の魔物には――――」
「そろそろ黙ってくれないか」
俺は構えていたトランプを懐にしまう。
そしておもむろに手をかざした。
まあ、確かに相手はレベル6の魔物だ。
さらに言えば、トロルキングの皮膚は硬く、打倒することは難しい。
念を込めた一撃でも、致命には至らないだろう。
「仕方ない……。あまり使いたくなかったのだが……」
「な、何を言って――」
『バアアアアアアアアアアアア!!』
トロルキングの吠声が轟く。
どうやら早速見つけた人間に興奮しているらしい。
色めくように瞳を光らせると、手を広げて襲いかかってきた。
さすがにレベル6の魔物では、人間に対する最上位の毒も、念も、交渉も通用しない。
暗殺術ではなく、単純な武力が必要となる。
俺が師匠たちに教え込まれたのは、人を殺すこと。
魔物を殺すことは苦手としている。
だが、それでは最強暗殺者の弟子は名乗れない。
相手は強大な帝国……。
その中で、1人の少女を皇帝にしようなど、夢のまた夢だ。
今ここで折れるような剣であれば、俺はとっくに死んでいる。
俺はラフィーナの剣であると同時に、最強の暗殺集団『サイズ』が鍛え上げた刃でもある。
ここで折れるなど、師匠の顔に泥を塗るようなものだ。
「戦術魔法――」
【巨神の大槌!!】
それは一瞬にして広がった暗黒の地獄であった。
俺に襲いかかってきたトロルキングを包む。
音もなく忍び寄る魔法に身体が蝕まれても、トロルキングの表情は変わらない。
自分の死を知らないまま、まるで夢見るように死の底に引きずり込まれていく。
最後、自分の身体がなくなっていくことを知ったレベル6の魔物の瞳は、情けないほど歪んだ。
悲鳴を発して、口はなく、ただ獲物を前にして、闇に沈んでいった。
「馬鹿な……。Bランクの魔法だと!!」
三下が吠える。
ローブを着ていてもわかるぐらい、身体をガタガタと震わせていた。
「貴様は魔法が不得意ではなかったのか?」
「暗殺者の言葉を信じる暗殺者がどこにいる」
俺は振り返る。
瞬間、三下は「ひっ」と悲鳴を上げた。
その瞳がぼうっと光っている。
いや、光っているのは三下の瞳ではない。
その目に映った俺の瞳が光っていたのだ。
それは濃い緑色をしていた。
「まさか、そ……それは――――。【皇帝眼】……。まさかお前……い、いや、お前も、皇――――」
その瞬間、俺のトランプは三下の首をフードごと切り裂いていた。
鮮血が飛び散る。
同時に露わになった三下の姿は、痩せ老いさらばえた老人であった。
パクパクと金魚のように唇を動かす。
致命傷を負わされてなお、三下は俺を呪い殺さんと睨んでいた。
それよりも鋭く、そして冷徹に、俺の濃い緑色の瞳は閃く。
「この瞳を見た者を、何人たりとも生かしておくことを許さん」
くぐもった悲鳴が聞こえる。
何か化け物でも見たかのように三下の瞼が開いた。
それが最期であった。
やがて生気が消えていく。
三下は静かに息を引き取った。
「さて――」
俺は1層の入口の方に耳を傾ける。
鬨の声が聞こえない。
どうやらあちらも一段落がついたようだ。
あっちはラフィーナに任せておけばいいだろう。
俺は振り返ると、ポッカリと空いた2層へと繋がる穴を見つめた。
レベル6のトロルキングが這い出てきたということは、3層の封印扉も開け放たれた可能性は高い。
そこも塞いでおかなければ、この事態は収拾しないだろう。
「仕方ない。行くか」
俺は2層へと降りていく。
1層よりも薄暗い2層に、一対の緑光が揺れていた。
ようやく正体を明かせました。
ここまで読んでくれた方ありがとうございます。
拙作『叛逆のヴァロウ』のコミカライズが6月14日から配信開始です。
続報については、活動報告、SNSなどで発表いたしますので、
もし良かったらチェックして下さい。




