mission24 頂を目指す者たち
ラフィーナは、ポロフとマイア、怪我人を連れてダンジョン1層の入口に戻る。
2人には、ブレイドが他の要救護者を探すために単独行動をすることになったと伝え、渋々納得してもらった。
ブレイドのことは気になったが、今は一刻も早くこの怪我人を手当てしなければならない。
だが、なんとか辿り着くも、入口もまた戦場になっていた。
生徒が殺到し、押し合いになっていたのだ。
今この状況になっても、爵位章を振りかざして、「道を空けろ」と脅迫している者もいる。
落ち着け、と一喝したところで、返ってくるのは反発だけだろう。
その時だ。
ゆらりと巨大な影が揺れた。
トロルである。
もう1層の入口までやってきたらしい。
好物の人間を見て、思わず舌なめずりした。
その姿を見て、生徒から悲鳴を上がる。
「ポロフ、マイア……。怪我人を頼む」
ラフィーナはまた剣の柄を握る。
靴に魔法付与を施し、風のように駆けていった。
トロルに迫る。
魔物の方もぼうっと見ていたわけではない。
自分に向かってくる人間の動きを予測し、大きく拳を振り上げた。
ラフィーナはその拳打を易々と回避する。
トロルの拳の上に乗り、肩へと駆け上がった。
一気に間合いを詰めると、再び頸動脈を狙う。
力の限り剣を振り抜いた。
その一撃は、トロルの首を断つ。
巨大猿の魔物は苦悶の声も上げず、ただ血だけを噴いた。
転々とトロルの首が転がる。
見事な斬技に場は静まり返った。
夢を見ているのか、とばかりにパチパチと瞼を瞬く。
トロルから生気が失われていくのを見て、誰かが呟いた。
「すげぇ……」
おおおおおおおおおおおおお!!
叫声が上がり、場は沸騰する。
今までの自分のことしか頭になかった貴族たちが、魔物の遺骸の前に立ちつくす勇者を見て、熱狂した。
すると、ラフィーナはくるりと振り返る。
「聞け! 現在、レベル5の魔物がこの入口に接近中だ! おそらく2層の扉が開かれたのだと推測する。これが事実であれば、間違いなく有事だ。放っておけば、この1層の入口を通って、魔物が皇帝宮内に侵入する可能性すらある」
「皇帝宮内に……」
「魔物が!」
「やばいんじゃねぇの!!」
にわかに騒がしくなる。
「すでに騒ぎは外に漏れているだろう。だが、これ程の魔物の群だ。数名の平民出身の衛兵が合力したところで、事態は収拾などできない。断言する。不可能だ!! なら、この事態を収めるためには、確かな戦力が整うまで時間が必要になる」
「おい……」
「何が言いたい」
「まさか――」
貴族たちの顔が青ざめていく。
「我々で時間を稼ぐ。幸い我々はひよっこだが、魔法を使うことが許されている帝国貴族だ。1日とは言わない1時間、いや、30分でもいい。やってくる魔物を抑え込むんだ」
「ふざけんな!!」
「そうだ!」
「何が悲しくて、オレたちが時間稼ぎしなければならないんだよ」
「そんなの大人たちの仕事だろう」
やはり反発だ。
トロルを一刀したラフィーナに興味を示していた貴族たちは踵を返す。
喉元すぎればなんとやらだ。
結局、ラフィーナの声は貴族たちに響かなかった。
自分はまだまだ弱い。
そんなことはわかっていた。
でも、それでもやらなければならない時がある。
それが現在だ。
この目の前の人間たちを動かさなければ、一生皇帝になどなれない。
そんな気がした。
いや、皇帝などどうでもいい。
未熟な自分を信じ、死地に向かったブレイドに申し訳が立たない。
ブレイドは、ブレイドの責任を果たしに行った。
なら……。私は――――。
「頼む!!」
ラフィーナは叫んだ。
「私の仲間がまだこの奥で戦っている。小さく、まだ非力な私を信じ、危険な任務に当たってくれている友がいる。本来なら、轡を並べて戦いたかった。それでも、あいつは1本の刃であることを望み、私を危険な戦地から遠ざけた。何故か――」
喝破する。
同時に生徒たちは息を飲んだ。
彼女の演説に心を討たれたのではない。
いや、中にはそういう貴族もいただろう。
しかし、彼らが見ていたのは、薄暗いダンジョンに灯る光――。
一対の【皇帝眼】だった。
「まさか……」
「あれは」
「なんで、準男爵が?」
その正体を噂で知る者が呟く。
等しくその王者の輝きに圧倒された。
そしてラフィーナは告白する。
「私の名前はラフィーナ・ヴドゥ・マージュ・ザイン!! かつて7つあった皇族の一家。マージュ家の生き残り。そして――――」
皇帝を目指す者だ!!
水を打つ――。
聞こえてくるのは、ただ不気味なトロルの足音だけだった。
もうすぐそこまで近づいてきている。
時間が経過するたびに、獣臭が強くなってきた。
トロルだけではない。
このダンジョンにいる魔物すべてが、この入口に集結しようとしている。
そしてゆっくりとラフィーナは貴族たちに背を向けた。
金髪を振り乱し、剣の柄を握る。
「我こそはと思うなら武器を取れ。誇り高き帝国貴族の力を示せ!」
何かが乗り移っているようであった。
その時、大半の貴族の脳裏に浮かんだのは、あるイメージだ。
救国の英雄でも、華やかな皇族でもなければ、皇帝というのも違う。
想起できないのは、そこにいる貴族たちが彼の者を知らないからだろう。
名前は知っている。
イメージもある。
それでも、一目として見たことがない。
だがラフィーナを見た時、貴族たちは瞬時に思ったという。
まるで始皇帝のようだった、と――。
「ラフィーナ……」
「ラフィーナさん……」
そっとラフィーナの側に控える者がいた。
ポロフとマイアだ
「ボクたちはいく」
「怪我人は預けてきました。一緒に頑張りましょう」
「ありがとう、2人とも」
ラフィーナは微笑む。
内心では涙が出るほど嬉しかった。
だが、ここは戦地だ。
涙を流すのは、勝利した時だけである。
「私も――」
やって来たのは、子爵の徽章を付けた女子生徒だ。
先ほどラフィーナたちに助けを求めてきた少女だった。
「さっきは仲間を助けてくれてありがとう。私も頑張る」
「あ、ありがとう」
「ならば、我々も混ぜてもらおう」
やって来たのは数人の男爵たちだった。
ラフィーナの前に傅く。
聞けば、両親がカーナック公爵夫人の知り合いらしい。
夫人が主催したパーティにも出席していたそうだ。
「ラフィーナ皇孫女殿下のことは、両親から聞いていた。……助太刀が遅くなってすまない」
「いや、ありがたい。あと、その皇孫女殿下というのは止めてくれ。今は、準男爵だ。ラフィーナでいい」
「なら、オレはレリリオでいい」
「よろしく頼む、レリリオ」
がっちり握手をする。
さらにカーナック公爵の伝手で人が集まってきた。
10人が、20人になり、20人が50人に膨れあがってくる。
「あっちたちも手伝うよー」
戦地とは思えないぐらい間延びした声が聞こえた。
男爵章をぶら下げた少女が、数人の男を伴いやってくる。
特徴的な口調ですぐにわかった。
以前、モーリスにくっついていた女子生徒だ。
「あの子、新入生だったんだ」
「そ、そうらしいですね」
ポロフは囁けば、横でマイアが苦笑する。
一方、自らキャビスと名乗った少女は、ちょっと半泣きになりながら訴える。
「さっきの演説チョーサイコーだった。オニ泣きそうだったしぃ。あっち、ラフィのマジファンになるわ」
「あ、ありがとう」
口調はともかくどうやら一緒に戦ってくれるらしい。
かなり人が集まってきた。
だが、まだ戦力が心許ない。
最低でも200、いや100は欲しい。
そんな時だった。
「あらあら……。ラフィーナちゃん、まだまだ人望がないわね」
甘ったるい声が聞こえる。
入口の方で押し合いへし合いしていた貴族たちが、縦に道を譲った。
現れたのは、ローゼマリー生徒会長だ。
ラフィーナと同じく、緑色の瞳を光らせている。
「か、会長!」
「危険ですよ」
「お帰り下さい」
「帰る? 何を言ってるの? いえ、誰に命令しているのかしら」
ローゼマリーの【皇帝眼】が閃く。
その寒々しい光に、大騒ぎしていた貴族たちは口を噤む。
静かになったところで、ラフィーナに進み出た。
周囲を観察する。
おそらく戦況を確かめているのだろう。
この時、もうトロルの影が見えていた。
最中にあっても、ローゼマリーは微笑む。
哀れむように……。
そして一言呟いた。
「ラフィーナちゃんの言うとおりになさい」
えっ……。
誰もが呆気に取られる。
ラフィーナですら、口を開けたまま固まっていた。
ダンジョンの中で笑っていたのは、ローゼマリー1人だけである。
「ふふん……。どうしたの?」
「何を考えている、ローゼマリー」
「別に……。私が説明するよりは、あなたに説明させる方が良かっただけよ、ラフィーナ準男爵ちゃん」
ローゼマリーは持っていた扇子の先を、ラフィーナの胸に押しつける。
まるでラフィーナに挑戦状を叩きつけているようにだ。
そしてドレスを動かし、くるりと翻る。
「聞こえたかしら?」
蠱惑的に目を細める。
そしてようやく貴族たちは背筋を伸ばした。
皇族に向かって膝を突き、命令に従う。
これぞ皇族であることを、ラフィーナに見せつけるかのようだった。
「あとは頼むわよ、ラフィーナちゃん」
「ローゼマリー……」
「何よ。私は戦わないわよ。あなたの下でなんて――」
「ありがとう。恩に着る」
ラフィーナはローゼマリーに頭を下げる。
「別に……。あなたのためなんかじゃないわ」
ふん、と鼻を振る。
そのまま踵を返し、パニエで膨らんだスカートを揺らして去っていった。
ラフィーナもそれ以上何も言わない。
ただ去っていくローゼマリーに、己の背中を見せて答える。
すでにトロルの群が見えていた。
獲物を見つけたトロルは、飢えた狼のようにギラギラと目を光らせる。
だが、眼光ならラフィーナも負けていない。
前方に群がるトロルを睨め付けた。
「行くぞ!!」
「「「「うぉおおおおおおおおおおお!!」」」」
鬨の声がダンジョンに響き渡る。
レベル5の魔物と、新入生200余人の戦いが始まった。




