mission20.5 弟子、魔物狩りに出る(後編)
ラフィーナはポロフとマイアに事情を説明する。
話を終えると、2人の反応は意外にもあっさりしたものだった。
「ああ。やっぱり……」
「なるほど。そうだったんですね」
「驚かないのか?」
そう問うたラフィーナの方が驚いていた。
「何となくラフィーナって平民って感じはしなかったし」
「お姫様というか。時々近寄りがたい雰囲気があるというか」
ポロフとマイアは苦笑を浮かべる。
どうやら、薄々感づいてはいたようだ。
一緒の教室で過ごすようになって、それなりに時間が経過している。
妙な違和感を覚えることもあったのだろう。
「でも、どうして準男爵なんですか?」
マイアの問いに、ラフィーナは首を振った。
「すまない。それだけは言えない。国家の機密に関わることだからな」
ラフィーナが何故今、ミズヴァルド学院に準男爵としているか。
その答えを話すには、現在のザイン帝国の状況を伝えなければならない。
ここが戦火になると知れば、もはや勉学どころではないだろう。
「だが、私はポロフもマイアも信じている。だから、いつかきっと理由は話す。今は、私を信じてくれないだろうか?」
ラフィーナは訴えた。
【皇帝眼】に少し涙が浮かんでいる。
本当はポロフやマイアにも伝えたいのだ。
心の底から同じ机を並べて学ぶ仲間たちを信じているから。
だけど、今ここで話さないことこそ、2人を守ることにもなる。
その狭間にあって、苦しんでいるからこそ、ただラフィーナは涙を流すことしかできなかった。
すると、そっと震えるラフィーナの手を握ったのは、マイアだった。
「大丈夫です。わたしはラフィーナさんの味方です」
「信じるも信じないも、ボクたちは準男爵同盟を結んだ仲じゃないか。昔はお姫様でも、今は準男爵なんだ。この同盟が崩れることはないよ」
「ありがとう、マイア、ポロフ」
「あの……。その……準男爵同盟って何ですか?」
マイアは首を傾げた。
「そう言えば、マイアはまだ入っていなかったっけ? マイアも同盟に入る?」
「それは構わないのですが、その名前はちょっと……」
「ええ!! な、名前なの?」
「確かに。その同盟名は気になっていた」
「俺も同感だ」
「ラフィーナも……。ブレイドまで。ええ!? カッコイイだろ」
残念ながら、そう思っているのはお前だけのようだぞ、ポロフ。
俺は肩を竦める。
話が一段落したところで、案内役から集合の合図がかかった。
集まっていた集団が、ぞろぞろと動き始める。
「そう言えば、今さらですけど……。魔物ってどこにいるんですか? 帝都の外にいることは知っているんですけど、基本的にわたしたちって皇帝宮の外に出られないんですよね」
「あ。そう言えば、そうか。活動の範囲って皇帝宮の中だもんね」
本当に今さらだな。
だが、不思議に思うのは無理からぬことだろう。
俺たち生徒は、貴族になるまでは皇帝宮の中で過ごすことが決まっている。
それがミズヴァルド学院の教育方針である。
一方、魔物がいるのは、帝都を出た山野や森などに限定される。
魔物に会うには、帝都外に出なければならない。
しかし、俺は知っている。
この皇帝宮には多くの魔物が放たれた場所があることを。
そして、それは皇帝宮に詳しいラフィーナも知るところであった。
「そういう場所があるのだ、皇帝宮に」
「皇帝宮に魔物がいるんですか?」
マイアは杖を握りしめ、ぶるりと肩を震わせる。
その質問にラフィーナが頷くと同時に、集団が止まった。
やってきたのは、二重三重の防護壁に囲まれた神殿のような場所だ。
神殿の内部には聖水で満たされた掘りがあり、清浄な空気に満たされ、邪気を払っていた。
「ここがそうなの?」
「魔物の気配はないようですが……」
ポロフとマイアが辺りを見渡した。
だが、魔物の姿も気配もない。
案内役が新入生を一旦待機させると、壁のレバーを動かす。
直後、ゆっくりと目の前の床が持ち上がった。
現れたのは地下への階段である。
ごくりと息を飲み、俺たちは階段を下りていった。
暗い階段を抜けた先にあったのは、大きな空間だ。
天然の洞窟だろうか。鍾乳石のような紡錘形の石が天上から垂れ下がっている。
無数の光虫が放し飼いにされ、薄ぼんやりと明るいが、石と小川の音がするぐらいで後は寒々しい風景が広がるだけだった。
「なんだ、ここ……」
ポロフは改めて辺りを見渡す。
その瞬間、聞いたこともないような奇声が響き渡り、一同をおののかせた。
しかし、驚くのはここからだ。
隊列の右前方の岩肌を大きく弾け飛ぶ。
その轟音に驚き、貴族が乗っていた馬が嘶き、立ち上がった。
次々と騎乗していた学生が落馬する。
が、その学生の介抱をしている時間などない。
濛々と砂礫が舞う煙の向こうに、現れたのは大きな猪であった。
「レッドボアか……」
レベル3に達する魔物だ。
強力な突進力が武器の魔物で、石垣程度では今のように簡単に壊せてしまう。
加えて体力も高く、並の兵士が束になってもようやく勝てるといったところだろう。
並の兵士でやっとなのだ。
魔法を使えるとはいえ、虚を突かれた学生が退治するには、難易度が高い。
その証拠に、600人近くいる新入生たちは狼狽していた。
「おい! 案内役!」
「試験は始まってるのか?」
「レベル3の魔物なんて聞いてないぞ」
「私たちが死んだら、学院は責任をとってくれるの!!」
悲鳴を上げる。
試験の開始? 何も聞いてない? 命の責任?
アホか、こいつらは。
それは今、精査することではない。
どう見ても試験は始まっているし、レベル3以上の魔物が出ないなんて一言も説明していなかったはずだ。
命の危険を心配するなら、最初から魔物狩りに参加しなければいい。
見ていて恥ずかしくなる。
こいつらがやがて国政を握るならば、たとえラフィーナが皇帝になったとしても、果たしてザイン帝国を立て直せるのか怪しいところだろう。
学生たちが千々に乱れる。
元来た道を戻ろうとしたが、すでにその道は扉で閉めきられていた。
扉を叩き、学生たちが喚く中、それとは逆行して、レッドボアに向かっていく人間が現れる。
俺ではない。
むしろ最初のその影に気付き、俺は動かなかった。
その小さな背中を見送る。
綺麗な銀色の髪を揺らして走る様は、暗い洞窟にあって、まるで地上を走る流れ星のようだ。
「ひぃいいいいいいい!!」
悲鳴を上げたのは、馬に乗っていた学生だった。
どうやら馬の下敷きになったらしい。
そこにレッドボアが襲いかかる。
だが一瞬、その剣閃が横に流れる方が早かった。
――――――――――――――――――ッ!!
レッドボアとラフィーナが交錯する。
手応えがあったのだろう。
ラフィーナは払った剣を、慎重に鞘に納めて振り返った。
重い音を立て、レッドボアは横倒しになる。
内臓にまで届いた一撃は、大きな猪に致命傷を与えた。
レッドボア打倒。
その側に立つ銀髪の少女。
胸の徽章を見れば、1つの家臣徽章がぶら下がっているだけで何もない。
それはつまり、彼女が準男爵であることを示していた。
故に、そこに称賛はない。
拍手もない。
ただあるのは戸惑う空気だけだった。
しかし、今日誰もがラフィーナの名前を刻むことになるだろう。
入学試験で最高成績を収め、文武共に秀でた才能を持つ彼女のことを。
そしてこの試験においても、トップの成績をとることを。
おそらく今回の魔物狩りが、皇帝へとのし上がろうとするラフィーナのデビュー戦になる。
そんな予感がした。




