mission19 弟子、測定する
俺たちの後ろにカーナック公爵家が付いたことは、たちまち学院に広まった。
特に六角戦争の英雄ダンネル将軍が夫人側についたと言う噂は、他の貴族たちには相当なショックだったらしい。
連日学校のどこかで続いていた悪質な悪戯や嫌がらせが、ピタリと止んだのだ。
廊下を歩けば悪態を吐かれていた俺たちだったが、それすらもなくなり、遠巻きに見つめる者だがほとんどだった。
教職員室で1人奮闘していたラドリーンの周囲にも変化が現れた。
これまで拒まれてきた職員会議の出席を認められ、ずっと提出を見送られてきた年間行事も、あっさりと向こうから提出してきたのである。
定期試験すらがいつか知らなかった俺たちは、ようやく学校行事予定に目を通すことができた。
「魔物狩りが3日後だと!」
声を荒らげたのは、ラフィーナだ。
皮紙に書かれた年間行事予定を見て、目くじらを立てる。
紙を持つ手がわなわなと震えていた。
「魔物狩りって?」
ポロフはキョトンとした顔で、事態を掴めないでいた。
側にいるマイアも、ただ得体の知れない単語に恐怖している様子だ。
「魔物という生物がいることは知っているだろう?」
「帝都外にいる……えっと、なんだっけ? なんとか生物って略称だろ?」
「魔力異常生物だ」
「そうそう。それそれ」
ポロフは頷く。
魔物とは魔力異常生物。
つまりは野生動物や昆虫、言わば知能の低い生物が魔力異常を起こし、強力に変態した生物のことを指す。
人間の中には魔力と、その力を抑制する念と言われる力が備わっていることは以前にも説明したが、これは人間だけではなく、その他の生物にも同じことが言えるのだ。
しかし、知能の低い生物は念の力が弱く、しばしば暴走することがある。
そして魔力が暴走した魔物は、生物的な特徴を先鋭化させたり、あるいは魔法を使用するにまで至る。
強さはピンキリで、10段階に分けたレベルで評される。
レベル1は鍬を持った農夫でも倒せるぐらい弱いが、レベル10となれば一国の存亡ですら揺るがしかねない恐ろしい力を持つ魔物もいる。
ある意味、敵国以上に警戒しなければならない脅威なのだ。
「その魔物を、ボクたちが狩るってこと? 随分危険な行事だね」
「魔物の強さはレベル1、2がほとんどのようです」
「じゃあ、楽勝じゃない? ラフィーナがそんなに怒ることじゃ」
「ポロフ、そうではない」
ラフィーナは皮紙を机に置く。
ふっと息を吐き、怒りを鎮めた。
「ミズヴァルド学院では、こうした学年行事も進級を決める成績に関わってくる。しかも、こうした団体行事は1クラスに何点という風に加点されるんだ。個人の定期試験の結果と、団体行事で得た成績の合算で進級は決まってくるんだ」
「つまり、それっていくら定期試験の結果が良くても、学年行事の成績が悪ければ、進級できないってこと?」
「そういうことだ」
ラフィーナは爪を噛んだ。
「ラフィーナさん、詳しいんですね」
怒りが収まらないラフィーナに、マイアは恐る恐る尋ねる。
「あ? ああ……。カーナック公爵夫人から聞いていたからな」
慌ててラフィーナは誤魔化す。
ラフィーナはかつて皇帝宮に住んでいた。
学院の行事のことを知っていたのだろう。
確かに学生による魔獣狩りというのは、皇帝宮に引きこもる貴族や皇族からすれば、刺激的なイベントかもしれない。
事実、毎年多くの貴族が集まってくるそうだ。
「だが、私が聞いたところによれば、魔物狩りはもっと後のはずだ。春先の行事ではないぞ」
なるほど。そういうことか。
嫌がらせや悪戯ができないなら、いっそ実地で排除しようというのだろう。
魔物狩りにアクシデントは付きものだ。
事故を装い、準男爵の俺たちを抹殺することも可能になる。
もしかしたら、またラフィーナを亡き者にしようと、また暗殺者たちが送り込まれるかもしれない。
たとえ無事に行事を終えたとしても、成績が悪ければ進級に響いてくる。
一石二鳥――いや、一石三鳥という訳だ。
ラフィーナも理解しているのだろう。
だから怒っているのだ。
この行事を設定した人間には勿論だが、この教室の人間たちを巻き込んでしまった己の存在に。
ラフィーナは、そんなヤツだ。
「ラフィーナ、心配するな」
「え?」
「俺が守ってやる。お前も、お前が大事にしているものもな」
「ぶ、ブレイド……。あ、ありがとう」
ラフィーナの体温が急激に上がっていく。
顔を真っ赤にしながら、俺の方をしばし見つめた。
こほん、と咳払いをしたのは、ラドリーンだ。
その横でポロフがジト目で見つめている。
何故か、マイアが顔を真っ赤にしていた。
「2人とも……。ここは一応教室ですよ」
「前から怪しいと思ってたけどさあ」
「わ、わわわわたしはお似合いのカップルかと」
悲鳴じみたマイアの声に、ラフィーナは反応する。
「ちちちち違う! ご、誤解だ。私とブレイドはそのぉ……」
ラフィーナは慌てて俺から目をそらす。
手をぶんぶんと振って、誤魔化した。
何か良い言い訳を探したようだが、結局見つからなかったらしい。
「ブレイド、お前からも何か言ってくれ」
ん?
特に言うこともないがな。
ラフィーナやポロフ、マイアを守る。
それが準男爵の教室の成績にも繋がるからだ。
俺は冷静に分析し、そう告げたが、何故かラフィーナが目くじらを立てて怒り始め、ラドリーンからも「まだわかっていないようですね」と呆れられた。
何がわかっていないというのだろうか。
コウ師匠に様々な知識を植え付けられたが、まだまだ俺が知らないことはたくさんあるようだ。
◆◆◆◆◆◆
俺たちは3日後に迫った魔物狩りの準備を始める。
魔物狩りに必要なものは単純に武力だ。
とりあえず、個々の実力を測ることになった。
簡単に言えば、戦闘技術、そして魔法技術の2つである。
「よーい! はじめ!!」
俺は手を掲げ構えた。
その横にいたマイアもまた手をかざす。
同時に魔力を出力した。
俺たちの魔力に反応した人の頭ほどある鉄球が、徐々に地面から離れていく。
ゆっくりと浮き上がり、俺の顔ぐらいまで上がった。
その時点で俺は魔力を切る。
魔力の束縛から解放された鉄球は、あっさりと地面に落ちてしまった。
「こんなものか……」
息を吐くと、横のマイアの方を見た。
彼女はまだ鉄球に魔力を注ぎ続けている。
眼鏡の奥の目は真剣そのものだ。
鉄球はみるみる彼女の背を越えて、高く上がった。
皆の顔が空を向く頃、鉄球は草場が生い茂る地面に落下する。
「ふう……」
マイアは息を吐いた。
これは人の魔力値を測る試験だ。
魔力に反応して浮き上がる魔導具を、如何に高く飛ばすかを見て、魔力の大小を測る。
昔からあるオーソドックスは測定方法である。
「やるな、マイア」
「あ、ありがとうございます」
マイアは頬を赤らめる。
「魔力出力に自信があるようだな」
「自信ってほどじゃないですけど……。わたし、子供の頃から身体が弱くて。ベッドの中できることといったら、魔法の勉強と制御だけだったので」
なるほど。
玩具の代わりとして魔法に親しんでいたのか。
確かに出力もそうだが、制御も繊細で無駄がない。
独学と思うが、よくここまで昇華できたものだ。
「マイアがミズヴァルド学院を受験したのは、両親の意向か?」
すると、マイアは頭を振った。
「いえ。わたしから両親にお願いしました。子供の頃、父や母や、周りの人にいっぱい迷惑をかけたので。だから、せめて自分の得意技で恩返しがしたいと思ったんです」
「なるほど。マイアが目指すのは社会貢献か。なら貴族ではなく、この学院卒業と同時に貰うことができる魔法士、魔法技師資格が狙いか?」
基本的に魔法を往来で使うことは、どの地方都市でも禁止されている。
魔法を使うためには、魔法士資格か魔法技師資格が必要になるのだ。
それはミズヴァルド学院の卒業と同時に、爵位と一緒に貰えることになっている。
「じゃあ、マイアは貴族にならないの?」
尋ねたのは、ポロフだ。
ラフィーナとの1対1の戦闘技術試験を終えたらしい。
しょんぼりしたところを見ると、どうやら負けたようだ。
ポロフの質問に、マイアは首を振った。
「今のところはなるつもりはありません。両親も興味ないみたいです。貴族になると、色々としがらみが多くなるからって。商売の邪魔になるのがイヤみたいで」
「なるほど」
横で聞いていたラフィーナが大きく頷く。
元皇族としては、その苦労が身に染みてわかるのだろう。
「ボクは貴族になるよ! 爵位を正式に受けて、両親を楽させてやるんだ」
ポロフは力強く宣言する。
「なら、ポロフ。お前はもうちょっと痩せた方がいいぞ。さっきの模擬戦も、すぐ息が上がっていたじゃないか」
「これから! これからダイエットするんだよ!!」
ラフィーナに痛いところを突かれて、ポロフは慌てて反論する。
必死な姿を見て、みんながくすりと笑った。
「ところで驚きました。ブレイドくんは、魔法が苦手なのですか?」
「そうそう。そんなんでラフィーナを守れるのかい? ボクなんて入学試験の時よりも、さらに高さが上がっていたからね」
ポロフは胸を張る。
先ほどのお返しだとばかりに、得意げに鼻を鳴らした。
「正直に言って、その通りだ。魔法出力は落第ギリギリでな」
「ギリギリっていうか、不合格だろ? よく試験をパスすることができたね」
この魔力測定試験は、ミズヴァルド学院の入試試験においても実施された。
その時の合格ラインは、俺の身長よりも高いところまで、鉄球を持ち上げるというものだった。
ポロフの言う通り、先ほどの結果であれば、俺はその場で不合格になっていただろう。
「もしかして、コネ入学なのか?」
「そんなわけないだろ、ポロフ。コネで入学したなら、こんなに苦労していない」
「それもそうだね」
俺はコホンと1度咳払いをする。
「今から言うことは他言無用で頼むぞ」
「なんだよ。やっぱりズルでもしたのか?」
「端的に言えば、そういうことだ」
俺はおもむろに鉄球に触る。
再び離れて、俺は鉄球に向かって魔力を送った。
次の瞬間、鉄球は消える。
俺たちが捉えることができたのは、打ち上げ花火のような鋭い音だけだった。
「上だ!!」
ポロフが指を差す。
鉄球が天高く舞い上がっていた。
その高さは、先ほどのマイアが見せた倍の高さに匹敵する。
ゆっくりと落ちてくると、地面に落ちた。
「ど、どうして?」
「さっきは手加減をしていたのですか、ブレイドくん」
「そうじゃないんだ、マイア。今のも全力だし、さっきのも俺の全力だ。変わったのは鉄球の方だ」
「「じゃ、じゃあ……」」
2人の視線が鉄球の方を向く。
恐る恐る近づき、鉄球を持ち上げるも、何ら変哲もないらしい。
マイアとポロフは首を傾げた。
「マイア、もう1度それに魔力を注いでみろ」
俺の提案に納得していない様子だったが、マイアは大人しく言うことを聞く。
再び鉄球に魔力を注いだ。
キュンッ!!
鋭い音を立てて、鉄球が飛んでいく。
空高く上昇し、雲の中にまで隠れてしまった。
先ほどマイアが出した記録よりも、遥かに高い高度だ。
しばらくして鉄球は重苦しい音を立てて地面に戻ってきた。
ポロフも、見ていたラフィーナもぽかんと目を剥く。
マイア自身も身体が凝結したかのように呆然としていた。
「こ、これはどういうことだ、ブレイド」
ラフィーナは慌てた声を上げる。
「魔法式を書き換えたんだ」
「魔法式を……」
「書き換え?!」
思わずポロフとマイアが声を荒らげた。
俺は説明を続ける。
「この魔導具は入力された魔力量に応じて、浮き上がる高さが決まる」
よって鉄球自体を軽くしたところで、高さは変わらない。
「俺みたいな魔力量が少ない人間には、魔導具自体の性質を変えるしかなかった。だから少ない魔力量でも、浮き上がる高さが2倍になるように魔法式を書き換えたんだよ」
俺は簡単に言ったが、一般的には上級課程で学ぶ技術だ。
しかも、専門的な魔導工学に精通していないと、市中に流通している魔導具を書き換えるのは不可能である。
「あんな一瞬で魔法式を変えるなんて」
「出鱈目すぎるだろ!」
ポロフは半ば怒ったようにムッと俺の顔を見る。
その表情を見ながら、俺は息を吐いた。
「実は、これには絡繰りがあってな」
「どういうことだ、ブレイド?」
ラフィーナが質問する。
「俺の父と母は魔導具を専門に扱っている道具屋なんだ。だから、子供の頃から魔法式を見て遊んでいた。俺もマイアと同じなんだよ」
マイアの方を見ると、なんだか嬉しそうに微笑んでいた。
そこにラフィーナが被さる。
「それにしたって、ブレイド。さすがに魔法式を書き換えるのはやり過ぎだろ」
「そのことは反省しているが、測定前の説明に魔法式を書き換えてはいけないとは言われなかったからな。……そもそも魔法式の書き換えを最初にやったのは、試験官の方だ」
「何だと?」
ラフィーナの顔が途端に険しくなった。
「今、そこにある魔導具よりも、記録が出にくい設定になっていた。それも平民の時だけ決まって。そのおかげで不合格になった平民は大勢いるだろう」
「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあ、ボクの記録が伸びたのも」
「魔力量というのは、劇的に上がるものじゃないからな。おそらく書き換えられた魔導具を使っていたからだろう」
「卑怯な!!」
ラフィーナはパンと手を叩く。
眉間に深い皺を刻み、怒りを露わにした。
それは他の者も一緒だ。
「そこまでするのかよ、貴族ってのは……」
「許せません!!」
ポロフも、普段は大人しいマイアですら憤る。
「こうなったら試験で落とされた平民たちの仇は、我々が討つぞ!」
「「「おお!!」」」
準男爵の声が運動場に響き渡る。
こうして俺たちは自分たちの実力を測った上で、3日後の魔獣狩りに挑むことになる。
おそらく試験については問題ないだろう。
問題なのは、貴族たちが俺たちにどんな妨害を仕掛けてくるか。
そして暗殺者の有無だろう。
だが、問題ない。
俺がラフィーナの剣なのだから……。
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