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mission1 弟子入学

 さてどうするか……?


 俺はみっちりとはめ込まれた石畳の上で立ち止まる。

 周囲を見れば、堅牢かつ高い城壁。

 目の前には魔法銀(ミスリル)を混ぜた魔法壁に、金と宝石で彩られた建物だ。

 俺が今日から学舎とするミズヴァルド学院である。


 貴族御用達の学校は確かに華美ではあったが、肥え太った豚がじゃらじゃらと宝石を下げているような印象はなく、シャープで荘厳な教会のような佇まいをしていた。


 周りを見れば、如何にも卑しい貴族の子息たちばかりだ。


 耐魔法防御繊維で編まれた白銀の制服の上に、これ見よがしに爵位と家名がついた徽章を下げている。

 男爵(てつ)子爵(どう)伯爵(ぎん)侯爵(ミスリル)公爵(きん)――と、その材質を見ることによって、爵位がわかるようになっていた。


 こうした「見える化」が行われている理由はただ1つ。


 己の分際を弁えさせること……。


 たとえここが教育機関であろうと、貴族階級は絶対だ。

 どんな理由があろうと、辱められようと、貶められようと、はめられようとも、爵位が物を言う――それが皇帝宮の内側の世界である。

 そして、ミズヴァルド学院を卒業してからも連綿と続く、国全体にかけられた呪いのようなものであった。


 俺は時計に目を落とす。

 古びているように見えるが、中身は最新式の機巧が組み込まれている。

 正確な時を刻んでいた。


「入学式までにはまだ早いな」


 少々気合いを入れすぎたか。

 師匠たちの朝は早い。

 おかげで、その生活リズムが俺の身体に染み付いていた。

 そのためか、まだ生徒の姿はまばらだ。


 今のうちに、気分良く学院の空気を吸うことに決めた俺は、ベンチに腰掛け、懐から文庫本を取り出す。


 読書は俺の唯一の楽しみだ。

 本は高価で、易々と買えるものではない。

 故に好きな本を何度も読み返している。

 一見無駄に見えるだろうが、その時々の気分でガラリと内容の印象が代わるのが趣深い。


 朝の静粛な空気を吸いながら、何度も開いた頁をめくった。


「い、いやぁ!!」


 悲鳴が聞こえた。


 見れば、男が眼鏡をかけた女子学生に絡んでいる。

 おそらく男の方も学生だろう。

 支給された学生服を着崩し、代わりに高価なネックレスを下げていた。

 恰好と態度は、街のチンピラにしか見えない。

 しかし、その学生服の胸ポケットには、銅の徽章が輝いていた。

 即ちあれでも貴族――子爵なのだ。


 対する少女の胸には爵位を示す徽章がない。

 おそらく、俺と同じ試験組――つまりは平民でありながら、魔法の力を持った準男爵だということだ。


 悲鳴を上げていたのは、マイア・アノゥ・ミルヴァントン。

 その彼女に絡んでいるのが、ユーロ・グル・アヴォロシアだろう。


 別に俺は彼らの関係者ではない。もちろん友人でもないし、その姿を見たのも、これが初めてだ。

 何故、彼らの名前を俺が知っているかは、さほど難しいことではない。

 俺の頭の中には、すでに学生から教職員に至るまでの名前と爵位が刻まれているからである。


 やや短めのボブカットに、小顔の割りに大きな眼鏡。

 全体的に小柄ではあるが、やたらと女性的な部分がよく育った娘に対し、ユーロの体型はずんぐりとして、足にしても、手にしても大木の幹を想起させる。

 まるで凶暴な肉食動物が、小動物に襲いかかっているようであった。


 身体の大きなユーロが、マイアに対して熱烈に誘いかけている――と言えば、単なるナンパだろうが、すでにその領分にはない。もはや略奪だ。

 マイアは必死になって助けを求めるが、誰も止めには入らなかった。

 目を背ける者がほとんどで、中には面白がって遠巻きに楽しんでいる者もいる。


 あえてもう1度言おう。


 ミズヴァルド学院にとって、貴族階級は絶対だ。


 正義感を振りかざし、ユーロのような豚貴族を排除することは、案外簡単だろう。

 だが、仮に彼をこの場で屈服させ、たとえマイアを救出できたとしても、それは刹那的な解決策にしかならない。

 ユーロは自分の地位を利用して、正義の味方を学院から排除し、ゆっくりとマイアを味わえばすむ話である。

 貴族には、それができるのだ。


 ならば、ユーロを殺せばいいのか……。


 それもオススメできない。

 貴族殺しは大罪。即処刑である。

 さらに言えば、帝国には貴族殺し専門の捜査団がいて、逃げることはほぼ不可能と言われている。


 それがわかっているから、誰も助けない。


「いや! やめてください!!」


「うるせぇ! おとなしくしろ!!」


 涙声に混じって、ユーロの罵倒が聞こえる。

 からりと音を立て、マイアの眼鏡が石畳に転がった。

 とうとうユーロが手を上げたのだ。

 マイアの頬が腫れ上がる。


 パタリ……。


 気が付けば、俺は文庫本を静かに閉じていた。

 胸ポケットに収めると、腰掛けていたベンチから身体を持ち上る。

 おもむろにユーロとマイアがいる方に近づいていった。


 俺は周囲を観察する。

 広場にいる生徒はおよそ14、5人といったところか。

 そのうち、騒ぎの方を見てるのが5人だろう。

 問題ない。


 俺はユーロの背後を横切る。

 身体で左手を隠し、5人の死角に入った瞬間を狙った。


 トンッ!


 ユーロの右側頭部に手刀を入れる。

 遅れて秒針が「チッ」と音を立てて、1秒を刻んだ。


 刹那、マイアに無理やり抱きついていたユーロは崩れ落ちる。

 そのまま地面にうつぶせになって倒れた。


「きゃあああああああ!!」


 まさに絹を裂くような悲鳴だった。

 声を上げたのは、またしてもマイアである。

 無理もない。自分は何もしていないのに、いきなりユーロが崩れ落ちたのだ。


 そのユーロは完全に白目を向き、舌を出してのびていた。


「どうしました?」


 俺は何食わぬ顔で、ユーロとマイアの方に駆け寄る。

 他の生徒たちも、ぞろぞろと集まってきた。

 マイアは何がなんだかわからない様子だ。

 ただただ俺や集まってきた生徒の方を向き、首を振る。

 その顔は青ざめていた。


 皆の視線が一瞬、マイアに向くうちに俺はユーロのパンツに、白い粉の入った袋を差し入れる。


 そして慌てる振りをしながら、叫んだ。


「医務室はどこですか? 医務室がわかる人は?」


 俺が叫んでいると、本校舎の方から教員と思われる人間が走ってきた。

 大人3人がかりでユーロを抱え上げると、医務室へと運んでいく。


 一方、マイアは着崩れた制服を直し、ぼうっと事態の推移を見守っていた。

 頬についた涙を拭っている。

 俺は眼鏡を拾うと、マイアに差し出した。


「あ、ありがとうございます」


 マイアは礼を言う。

 幸いレンズにヒビは入っておらず、軽くフレームが歪んだ程度らしい。

 クリアな視界を取り戻したマイアは礼を言ったが、すでに俺は立ち去っていた。




 この直後、ユーロ・グル・アヴォロシアの魔薬所持が発覚。

 入学式を終えることなく、彼の退学が決まった。


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