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最下級の最強暗殺者~最底辺に潜伏した暗殺者は、学院の貴族たちを社会的に抹殺する  作者: 延野正行


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mission18 弟子、試験を受ける(前編)

遅くなってすみません。


「私は反対です!」


 きっぱりと言ったのは、ダンネルの後ろに控える男性士官だ。

 細く鋭い視線を矢のようにして、俺に放ってくる。

 階級は中佐。さらに子爵位の徽章をぶら下げていた。


 ダンネルの護衛と言うには、階級が重すぎる。

 ここで顔を売るには、少々不満が表情にあらわれすぎていた。


「こんな得体の知れない学生を、我が軍に入隊させるなんてあり得ません。あそこにいる元皇孫女殿下はともかく、彼は紛れもなく平民上がりなんですよ」


「それを言うなら、一般公募の兵士だって平民だよ、ファブノフ。しかも彼はロヴィアナの知り合いの紹介で、彼女を頼ったと聞いている。赤の他人というならともかく、ロヴィアナが知り合いと認めた人間の紹介を、僕は無下にはできないよ」


「閣下……。お言葉ですが、この際はっきり言っておきます。私はカーナック公爵夫人を信用できません。彼女は皇族を殺めたマージュ家の後ろ盾だった人間です。なのに、またその娘を立てて、こんないかがわしいパーティーを開いている」


 さらにファブノフという男は、手を広げて訴えた。


「ここにいる貴族も、国政にあまりかかわらない貴族や、古くかび臭い門家の者ばかり。このブレイドという青年以上に、怪しいことこの上ない」


 一切の躊躇なく、ファブノフは言い切った。

 自分が怪しいと指差す貴族の社交場で、その貴族たちを大胆に罵ったのだ。


 だが、誰も言い返さなかった。

 それはファブノフという男の言う通りなのだろう。

 確かに俺の目から見ても、この社交界は張りぼてに等しい。

 カーナック公爵家と同じく、没落しかけた貴家や、ただ古いというだけの門閥貴族ばかりだった。


 言ってみれば、皇家にも、有力な貴族にすら相手されない余り物みたいな集まりなのだ。


 しかし、ダンネルも、カーナック公爵夫人も穏やかだった。

 夫人はニッと笑い、口を開く。


「なかなか肝の据わった士官じゃないか。あんたの部下にしては優秀だ」


「部下の非礼を詫びるよ」


「別にかまやしないよ。本当のことだからね。あんた、名前は?」


 カーナック公爵夫人はファブノフの方を向いた。

 ファブノフは眉間に力を込め、ぶっきらぼうに応える。


「ファブノフ・グル・スフォノーフ中佐であります」


「ほう。どこかの世間知らずのお坊ちゃんかと思ったけど、子爵(グル)かい。その爵位でよくあれだけの啖呵が切れたものだ。気に入ったよ、ファブノフ」


 公爵夫人は軽くウィンクする。

 倍以上も年上とわかっていても、エルフの美貌はもはや魔法だ。

 如何にも頭が硬そうなファブノフとて、頬を赤らめずにはいられなかった。


「じゃあ、ここで入隊試験をやってしまおうよ」


 脈絡もなく、ダンネルは提言する。

 俺とファブノフは『は?』と声を揃えてしまった。


「彼が我が軍に入隊できる実力の持ち主かどうか、試験をすればいい」


「閣下! 私はこの青年の実力を知りたいのではありません。その身元が怪しいと警告しているのです」


「別に身元調査なんて入ってからでもできるさ。ブレイドくんはロヴィアナが目をかけた実力者だよ。それは僕も興味がある。それとも、ファブノフ……。彼に負けるのが怖いのかい?」


 ダンネルは眉を上げる。

 安い挑発だ。

 俺なら軽く受け流しただろう。

 だが、ファブノフには効果覿面だったようだ。

 顔が焼けた鉄のように赤くなる。


「そんなことはありません! ――って、私がこいつの実力を計るのですか?」


「当たり前だろう。折角ロヴィアナが開いてくれた社交の場を、君はこうも盛り下げてくれたんだ。その償いはすべきじゃないかな?」


「私は事実を申し上げただけです」


「確かに君の観察力と情報は常に正確で助かっているよ。そしてその空気を読まないあけすけな性格も、僕は君の美徳の1つだと思っている。しかし、そろそろ場を(わきま)えるということを覚えたたまえ。ただ剥き出しの人間性だけで駆け上がれるほど、軍隊は甘くないよ」


 ダンネルの口調はたとえ戒告であろうと穏やかだ。

 優しく諭すような言い方に、周りで聞いている人間すら巻き込まれ、怒られている側をそっと応援したくなるような響きがあった。


「……わかりました」


 ファブノフは渋々頷く。

 ダンネルは笑顔を作り、そしてそれを俺の方へと向けた。


「さて……。それでいいかな、ブレイドくん」


 良いも何も、俺は最初から軍に入隊する気などサラサラない。


 だが、先手をダンネルに打たれてしまった。


 気付けば随分人が集まってきている。

 今この空気では断りにくい。

 それこそダンネルが言ったように「場を弁える」という言葉に通じるだろう。

 断れれば、悪者になるのは俺だ。


 食えない老将らしい。

 老獪(ろうかい)というのか。

 狡猾さでは、コウ師匠と良い勝負をするだろう。


「わかりました。入隊試験の方法を教えて下さい」


「では、君は何が得意だ? 剣か、それとも魔法か?」


「ならば、剣で」


「わかった。剣と剣で模擬戦をしよう。ファブノフも構わんな」


「私はなんでも構いません」


 こうして俺とファブノフの模擬戦が決まった。

 木刀が用意され、俺は握りを確認する。

 そこにドレス姿のラフィーナがやってきた。


「ブレイド、大丈夫か?」


「心配ない。俺の実力はわかっているだろう」


「わかっているから心配しているのだ」


「なら、俺を信じろ」


 ラフィーナの頭をポンと叩く。

 翻って、前へと進み出た。

 すでに場は温まっている。

 陸軍中佐の前に現れた学生を見て、貴族たちのボルテージが上がった。


 ファブノフの精神状態は悪くないようだ。

 多少高揚しているようだが、比較的落ち着いているように見えた。

 こういう場に慣れているのかもしれない。


「勝負は1本のみ。真剣であれば致命傷となり得る一撃が入った場合、または双方のどちらかが負けを認めた場合により勝敗が決することとする。2人ともいいかな」


 俺とファブノフは同時に頷いた。


「審判は僕が務めよう。では、構えて」


 ファブノフは正眼に構え、俺はやや肩を出し、剣の切っ先を下段後方へと向ける。


「――――はじめ!!」


 ダンネルの声が轟く。

 その瞬間、弾丸のように飛び出したのは俺だった。

 構えを崩さず、待ち受けるファブノフとの距離を一気に詰める。

 俺は下段後方にためておいた剣の切っ先を、思いっきり横から殴るように振り回した。


 ギィン!!


 甲高い音が会場に響く。

 木刀であるにも関わらず、それは真剣のような音色を奏でる。


「「「「おお!!」」」」


 歓声が上がる。

 さもありなんだろう。

 俺の一撃だけで、ファブノフは仰け反ったのだ。


 そこに俺がまた1歩踏み込んだ。

 だが、これで終わりなわけがない。

 ファブノフはすぐに体勢を整える。

 俺の2撃目に反応し、木刀で弾いた。


 再び剣戟の音が鳴る。


 俺はそのまま打ち込み続けた。

 準男爵の生徒が現役軍人を追い詰める。

 大番狂わせの予感に、周りで見ていた貴族たちは熱狂した。


 俺は必死の形相を装いつつも、頭の中では冷静に今の問題を分析する。


 さて、どうする……。

 勝つのは簡単だ。

 中佐とはいえ、俺の敵ではない。

 だが勝てば、それはそれで問題がある。


 この社交場に来た軍関係者はダンネルだけだ。

 つまり有事の際、彼が先頭に立って、この場にいる貴族たちを守ることを示している。

 ここに集まったのは、権力基盤のない貴族たちばかり。

 ダンネルがカーナック公爵家についてくれたことを、心強く思っているはずだ。

 それはラフィーナとて同じであろう。

 彼女が皇帝まで駆け上がるためには、権力だけではなく武力も必要になる。


 しかし、学生である俺がここでダンネルの部下に勝利すれば、どうだろうか。


 学生――それも準男爵が、現役軍人に勝利したならば、間違いなく大番狂わせだ。

 が、翻せばそれは、いざという時に自分たちを守ってくれる軍人が、学生よりも弱いという風に貴族たちの目に映りかねない。

 下手をすれば、裏切り者が出て、この情報を持って、六皇家に連なる貴族に告げ口する可能性とてあるはずだ。


 かといって、無様に負ければ準男爵の学生でありながら、社交界に俺を招待したカーナック公爵夫人の顔を潰すことになる。


 加えて、ある程度俺の実力を隠しておかなければならない。

 最初から知っているカーナック公爵夫人はともかくとしても、他の人間に俺が暗殺者の弟子だと明かされることは、絶対にあってはならない。


 答えは善戦を装いつつ、負ける。

 俺の実力の片鱗すら見せずにだ。


 こうして言葉にすると難しいように思えるが、大した問題ではない。


 さあ、茶番に付き合ってもらおうか、中佐殿。

思いの外、長くなってしまったので、前編後編に分けます。

後編は明日昼投稿予定です。

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