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mission17 弟子、スカウトされる

「お! 来たね」


 会場に入った俺とラフィーナは、妙齢の女性から声をかけられる。

 淡い金色の髪に、透けるような白い肌。

 ドレスから覗いた太股は程良く引き締まり、胸元が開いたドレスは同性のラフィーナから見てもギョッとするほど大胆であった。

 やや釣り上がった瞳は青く、強い自信を覗かせ、細い指先でワインが入ったグラスを弄んでいる。


 俺とラフィーナは同時に怪訝な表情を浮かべた。

 単純に誰かわからなかったのだ。

 ただ姿形は変わっていても、どうやら酒で焼けた喉は治らなかったらしい。

 しわがれた声に、俺はピンと来た。


「まさかカーナック公爵夫人ですか?」


「なに??」


 ラフィーナは思わず声を上げる。

 すると、カーナック公爵夫人は眉を顰めた。


「なんだい? 薄情な子たちだね。これでもあんたたちのパトロンなんだよ」


 睨み付ける。

 公爵夫人は俺たちを責めるが、驚くのも無理はない。

 つい先日出会った時には、カーナック公爵夫人は熊と見間違うほど、大きく肥えていた。


 それがどうだ。


 まるでかつての栄華を取り戻すかのように、身体は引き締まり、スタイルが良くなければ着こなせないような赤いドレスを、堂々と着こなしている。


「なに……。自分で社交場を開こうというんだ。醜い姿をさらすわけにはいかないだろう。ちょっと頑張って痩せただけさ」


 ちょっとというレベルを越えている。

 変身と言ってもいいだろう。

 今まで着ぐるみでも着ていたと言う方が、よっぽど納得がいく。


「ブレイド、ラフィーナ。あんたたちが、貴族の上に行こうというなら、これだけは覚えておきな。政治の世界は金、コネが物を言う。社交界では若さと美貌が物を言うのさ」


「爵位ではないのか?」


 ラフィーナの質問に、カーナック公爵夫人が鼻で笑う。


「爵位を見せびらかすなんてのはね。学校だけで通用することさ。あたしを見てみな。元は辺境の貧乏男爵家の娘だったけど、今やこれだけの貴族を集められる公爵夫人様となった。それもこの身体のおかげさね」


 カーナック公爵夫人は誇らしげに笑い、魅惑的に曲がった腰に手を置いた。

 特徴的なとんがり耳がピクピクと動く。

 彼女は長命なエルフ族だ。

 故にコウ師匠と同じぐらいの年齢でも、その美貌は保っていられる。

 それを武器として、のし上がってきたカーナック公爵夫人の言葉は、なかなかに重たい。


「しかし、よくこれだけの人を集められましたね。失礼ですが、単純に驚きました」


「確かにね。落ち目のカーナック公爵家だけでは、これだけの人数を集めることはできなかっただろう。しかしだ――」


 そう言って、カーナック公爵夫人は会場の真ん中に進み出る。

 光虫が入った硝子管の光を目一杯浴びながら、少し声音を変え、良く通る声で周囲に訴えた。


「皆様、今日はよくカーナック公爵家にお越し下さいました。当主として、これほど光栄なことはございません。病により10年ほど屋敷で療養をしてまいりましたが、こうして皆様のお顔を拝謁できたことを心より嬉しく思っております」


 頭を下げる。

 温かな拍手が送られ、カーナック公爵夫人の復帰を祝福する。

 再び謝意を述べると、夫人は言葉を紡いだ。


「さて――長い挨拶は抜きにして、皆様に紹介しておきたいお方がいます」


 カーナック公爵夫人はラフィーナを招く。

 突如現れた見目麗しい少女に、大半の人間が戸惑っていた。

 その最中でも、夫人の口調は滑らかだ。

 ラフィーナの肩に手を置くと、紹介を始めた。


「彼女の名前はラフィーナ・アノゥ・アデレシア。今年ミズヴァルド学院に入学した準男爵です。ですが、これは仮初めの名――本当の名前はラフィーナ・ヴドゥ・マージュ・ザイン……」


 わっと場内が騒然となる。

 そして皆が息を飲み、次第に静かになっていく。

 カーナック公爵夫人の次の言葉を待っているのだ。


「そう。彼女はかつて七つあった皇家の1つ――マージュ家の娘です」


「おお……」

「マージュ家の」

「やはり」

「ご両親の面影が……」


 比較的好意的な意見を聞かれた。

 滅亡した皇家の話など、貴族たちはしたくないはずだ。

 特にマージュ家はある皇家の人間を殺害した容疑をかけられ、取りつぶされたと聞いている。

 見るのも、名前を聞くのもおぞましいはずだ。


 その反応を見て、1番驚いていたのはラフィーナだった。

 皆に大々的に紹介されていた時は、強く戸惑いを見せていたものだが、今はあちこちから聞こえる貴族たちの好意と取れる意見に困惑していた。

 顔を上げ、カーナック公爵夫人に答えを求める。

 夫人は小さくウィンクすると、こう言った。


「ラフィーナ様は知らないと思うけどね。ここにいる貴族は、元はマージュ家を応援していた人間たちなんだよ」


「マージュ家の?」


「表向きには表明していなかったけどね。カーナック公爵(うち)を通して、資金を集めてくれていた連中さ。あんたの両親も知らなかったはずだ」


「この人たちが……」


 なるほど。

 他の皇家たちは多くの貴族たちを従えている。

 一方、マージュ家の後ろ盾はカーナック公爵家だけだ。

 おそらく不測の事態に備えて、貴族との付き合いを大っぴらにしてこなかったのだろう。


「マージュ家は皇族同士が争う継承権争いに否定的だった。しかし、それを論争することは国内ではタブー視されてきた。そもそも継承権争いは、始皇帝ベルヴァルドが望んだことだからだね。誰も皇帝の威に逆らえなかったのさ。まあ、その始皇帝があんたを預かったのは、皮肉だけどね」


 そうした考えはマージュ家だけではなく、他の貴族たちも同様だったということか。


 貴族というのは、国のことを何も考えない連中だと思っていた。

 どうやら、そうでもないらしい。


 その後、ラフィーナは挨拶に追われることとなる。

 両親を亡くし、1度は落ちぶれた皇家が再び栄華を取り戻すために貴族の学校に入学する。

 考えてみれば、英雄譚に出てきそうな設定だ。

 加えて、あの美貌である。

 貴族たちの受けは良く、たちまちラフィーナの周りには人だかりができてしまっった。


 それを遠巻きに見ながら、俺は食事を摘んでいると、カーナック公爵夫人に声をかけられる。


「こんなところでくすぶっていないで、あんたも顔を売りに行ってきな」


「いや、俺は――」


「あんたも貴族になりたいんだろ。さっきも言ったじゃないか? 政治の世界ってのは、金とコネだ。そして政治と貴族は切っても切れない関係なんだよ。ここで自分の顔を売って、金とコネを勝ち取るんだ。ああ、そうだ。ちょうどいいのがいた。おい、ダン!」


 公爵夫人は手を挙げた。

 ドレスやタキシード姿の紳士淑女が多い中、軍服を着た老将と若い士官がこちらに気付く。

 側の机に持っていたグラスを置き、こちらにやってきた。


「やあ、ロヴィアナ……」


 気さくに名前を呼び、カーナック公爵夫人の手を軽くキスをして挨拶をしたのは、老将の方だった。

 随分と親しい仲らしい。

 驚くべきは軍大将の階級章を身につけている。

 まさかこんな大物が、社交界に出席しているとは。

 カーナック公爵家の威光は、10年程度では翳りすら生まれないらしい。


「久しぶりだね、ダン。来てくれて嬉しいよ」


「ははは……。僕はロヴィアナのファン第一号だからね。こちらこそ招待をしてくれてありがとう。覚えていてくれて嬉しいよ。ところで、そちらの青年は? どうやら学生みたいだけど」


 ダンという将校は、人懐っこい目を俺に向ける。

 如何にも大将と思わせるような立派なカイゼル髭を撫でた。


 年齢は60後半といったところだろうか。

 将校というには小男だが、独特な存在感がある。

 それを手に負った古傷から漂わせていた。


 突如、俺の背中をカーナック公爵が叩く。

 少々荒っぽく紹介した。


「この子の名前はブレイド。あたしの知り合いの弟子でね。察しの通り、今年ミズヴァルド学院に入学したばかりの準男爵(ひよっこ)さ。卒業したら、あんたのところで世話をしてやってくれよ」


「ふ、夫人!?」


「いいよ」


 ダンという将校はあっさり返事を返す。


「そんなあっさり……」


「言ったろ。僕は夫人のファンだから。なんでも言うこと聞いちゃう」


 ダンは「ははは」と笑う。

 するとカーナック公爵夫人は俺に耳打ちした。


「これがコネの力だよ、ブレイド」


 それ見たことか、と言わんばかりに、カーナック公爵夫人は笑う。


 だが、慌てたのは俺だけではないらしい。

 横で話を聞いていた男性士官が話の中に割って入った。


「ダンネル閣下……。そう易々と人事を決めないで下さい」


 ん? ダンネル閣下?


 士官の言葉に反応したのは、俺だけではなかった。

 にわかに社交界の会場が騒がしくなる。

 ラフィーナに集まっていた視線が、みるみる目の前の老将に向けられていった。


「まさか?」

「あのダンネル将軍?」

「こんなところに戦争の英雄が?」

「嘘でしょ??」


 人の波が押し寄せる。

 あっという間に、人だかりができてしまった。

 だが、ダンネルは全く気にしていない様子だ。

 給仕から新たにワインを受け取ると、一気に呷った。

 その姿にすら勇ましさを感じる。


「失礼ですが、フルネームをお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


 俺は慎重に質問した。

 ダンネルは丸刈りの頭をポンポンと撫でる。


「そう言えば、自己紹介がまだだったね。私の名前はダンネル・デン・リートン。しがない老将だよ」


 しながいなんて飛んでもない。

 ダンネル・デン・リートン。

 現ザイン帝国大将にして、六角戦争においては総司令官ベルヴァルドの右腕といわれた伝説の将軍だ。

 その功績は、我が師匠サイにも劣らない。


 つまり、俺はその将軍から声をかけらたということになるが……。


 さてどうしたものやら。


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