表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最下級の最強暗殺者~最底辺に潜伏した暗殺者は、学院の貴族たちを社会的に抹殺する  作者: 延野正行


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/30

mission12 弟子、採点する

今日の話が面白かったら、是非ブクマ・☆評価をお願いしますm(_ _)m

「これはどういうことですか、ポーラス教官。持病をお持ちだというなら、最初から申告していただかないと……」


 そのよく通る声は薄暗がりの部屋に響いた。


 平民の家ならそのまま移築して建てられそう広い個室。

 浮かんでいたのは橙色の蝋燭の光である。

 吹けば飛ぶような弱々しい光の中で、男女が向かい合っていた。


 1人は準男爵の教官を務めるポーラス。

 そして、その青ざめた顔を向けた先にいるのは、彼より遥かに年下の少女である。

 緩やかに靡く黒髪。蝋燭の明かりの中でも白く輝く肌。

 エメラルドに似た光を放つ緑色の瞳は、暗闇の中でもぼうと光っていた。


 ローゼマリー・ヴドゥ・キストラニス・ザイン。


 現皇帝の孫であり、ミズヴァルド学院の生徒会長を務める彼女が、元暗部という経歴を持つポーラスをこの学院に引き入れた張本人であった。


 ローゼマリーはまだ学生だ。

 しかし、その権限はミズヴァルド学院の上層部を軽く凌駕する。

 学院長ですら、ローゼマリーの手足でしかない。

 それほど、皇族という身分(レッテル)は強い。

 貴族社会のジョーカーが、自分好みの人事を行うなど造作もなかった。


 それを知っているからこそ、ポーラスも手を出さない。

 事実、ポーラスはこの娘の前で額から脂汗を滴らせ、青い顔を地面に擦りつけることしかできていなかった。

 得意のナイフを繰り出せば、簡単にその喉元を切り裂くことができるだろう。


 しかし、出来ない。


 こんな小娘でも皇孫女殿下である。

 逆らえばタダではすまない。

 おそらく死よりも恐ろしい地獄が待っているだろう。


 そう容易く想起できるほど、すでに目の前のローゼマリーには覇王としての相が、すでに備わり始めていた。


「し、失礼ながら発言をお許し下さい」


「いいわ」


「私に持病はございません」


「なら何故、2度も平民の前で倒れたりしたのかしら」


「そ、それは恐れながら、あのブレイドという男にあります」


「聞いているわ。そんなにあの男が気になる? まあ、平民(ぶた)の割には、そこそこ顔がイケてることは認めるわ。でも…………ああ、そういうこと。あなたには男色の――――」


「ち、違います」


 ローゼマリーの言葉を遮り、ポーラスは説明を続ける。


「ローゼマリー殿下。ブレイド・アノゥ・ヘルツェルという学生は、ただ者ではありません」


「どうただ者ではないというの?」


「ヤツは恐らく私に近い側の人間です」


「あなたに近い側の人間?」


「誰かに雇われた暗殺者かもしれません」


 ポーラスは顔を上げる。

 眉間に汗を垂らしながら、ローゼマリーに真剣な眼差しを送った。


 一瞬の沈黙の後、聞こえてきたのは軽やかな乙女の笑声である。

 ローゼマリーが突然お腹を押さえて笑い始めた。


「アハハハハ……。暗殺者? そんな馬鹿な……。あなたに言われて、そのブレイドっていう男の子の経歴を洗ったけど、何も出てこなかったわ。それはあなたも知っているでしょう?」


「はい。ですが、ローゼマリー殿下。我々は暗部の中には、こういう言葉がございます。限りなく白であることは、同時に限りなく黒に近い――と」


 ポーラスは暗部時代の言葉を引き合いに出す。

 だが、ローゼマリーの受けはいまいちらしい。

 よく手入れされた爪の方が気になるらしく、側にあった蝋燭に手を掲げていた。


「ねぇ、ポーラス。あなたから見て、ブレイドとラフィーナちゃん(ヽヽヽ)って特別仲が良かったりするのかしら」


「え……? は、はあ……。断言はできませんが、特別の仲というほどではないにしろ、それなりには……。そもそも準男爵同士、団結力が高く――――」


「そう……。なら、ブレイドを殺しましょう」


 あっさりと物騒な言葉を持ち出したローゼマリーに、ポーラスは驚く。

 クスリと笑った皇孫女殿下の顔は、暗闇の中でひどく歪んでいた。


「よろしいのですか? ここは学院の中ですが」


「遠慮をすることはないわ。ここは私の(ヽヽ)学院の中なのですから。それとも自信がない? 元暗部のポーラス殿」


「手段を選ばないのであれば……」


 ついにポーラスの顔にも笑みが浮かぶ。

 恭しく頭を下げた。


「構わないわ。あ――学生寮ごと爆破なんてのはダメよ。狙われたのが、ブレイドだとわかるようにしてほしいの」


「ブレイドが狙われたことを――ですか?」


「そう」


 ローゼマリーは目を細め、うっとりするぐらい蠱惑的に微笑む。

 誕生日にプレゼントをもらった時の子どものように、無邪気に喜んでいるように見えた。


 再びポーラスは頭を下げる。

 そして闇の中へと消えていった。


 ローゼマリーは窓外を望む。

 真っ暗闇の皇帝宮の中に、ミズヴァルド学院本校舎が沈んでいた。

 その姿を見ながら、ローゼマリーの口角が歪む。


「大切なご学友が死んだら、あなたはどんな風に悲しんでくれるのかしら」


 不敵の笑みもまた、皇帝宮を包む闇の中に沈むのであった。



 ◆◆◆◆◆◆



『暗殺稼業は因果である』


 これはサイ師匠の言葉だ。

 どれだけ気配を消し、感情を消し、痕跡を消しても、人を殺すという因果は自分のところに周り回って戻ってくる。

 まさしく死のブーメランだ。


 故に暗殺者というのは、自分の命を守ることに、仕事以上に気を遣う。


 だから俺は自分の部屋のカーテンを全開にしたことはないし、あてがわれたベッドの上で寝たこともない。暗がりの中で潜み、ベッドよりも硬い床の上や、かび臭い天井裏に寝転がり、熟睡することなく身体を休めるのが常だった。


 今日もいつも通りベッドの上に丸めた訓練用のマットを置き、その上に掛け布団をかける。

 感触を確かめると、俺はベッドと壁の隙間に潜り、瞼を閉じた。


 端から見れば、無駄な警戒と思われるかもしれない。

 だが、今日はその努力が報われた日であるようだ


 俺がその気配に気付いたのは、それ(ヽヽ)が部屋のある4階のフロアに侵入した時だった。


 不細工な気配の消し方だ。

 足音もかすかに聞こえる。

 身体に隠したナイフが袖を擦る音がダダ漏れだった。


 漲る殺意からして、誰かを殺すつもりであろう。

 そしてその標的は一目瞭然であった。

 つまりは、俺だ。


 暗殺者は俺の部屋の前で立ち止まる。


 何の警戒もなく、鍵の解錠を始めた。

 俺はため息が出そうになったのを、ぐっと堪える。

 相手は学生と油断したのか。

 いや、ヤツには十分俺がただ者ではないことを知らせたはずである。

 なのに、気配の消し方もダメ、警戒心もない、加えて解錠にかかる時間も遅い。


 これがかつて裏社会に生きた者というのだから、呆れてため息すら忘れてしまう。


 仮に俺が師匠たちの前で同じ事をすれば、サイ師匠に目を突かれ、ムン師匠に足を折られ、ラン師匠に耳から毒液を飲まされ、コウ師匠の情報工作によって闇に葬られたことだろう。


 だが向こうにとっては、順調そのものようだ。

 解錠し、扉を開けると、意気揚々と部屋の中に侵入してきた。

 標的を見ても、息を乱さないのはいい。

 しかし足の運び、扉の開け方、進入経路――減点箇所を上げればキリがない。

 これが元教官なのだから、この国の暗部は余程人材難なのだろう。


 いよいよベッドに辿り着く。

 暗闇の中でナイフを振りかざすと、躊躇いなく突き立てた。


 白い掛け布団に血が広がっていく。

 それで心のたがが外れたのであろう。

 侵入者はベッドの上に跨り、さらにナイフを何度も突き立て続けた。

 今まで我慢していた息や筋肉、感情を解放し、狂ったように刺しまくる。

 ベッドが軋み、1人虚しく男の荒い息が響いた。


 丸めたマットは、人体を刺す感触とそっくりに作っている。

 加えて、血糊を混ぜて、それっぽく擬装していた。

 それなりに精巧に作ってはいるが、まがい物であることは確かである。

 それを見破れないことも、三流以下であることの証左であった。


 獣のようにナイフと殺意を叩きつける横で、俺はゆっくりと起きあがり、そして本物の殺意というのを浴びせてやる。


「動くな……」


 それだけでポーラスの動きは止まった。

 悲鳴も叫声も上げることはない。

 意識だけはかろうじて保ち、視線を動かし、「何故?」と目で問いかけた。


 俺はその質問を無視し、率直に尋ねる。


「雇い主は誰だ?」


「た、頼む。こ、殺さないでくれ」


「お前次第だ。もう1度聞く。雇い主は?」


「ろ、ローゼマリー様だ」


 なるほど。

 あれだけ脅してやったのに、懲りない女だ。

 とはいえ、ポーラスが私情で動いた部分も多いだろう。


「さて、これで俺がどういう人間かわかっただろう。お前の生殺与奪は、俺にとって造作もないことだ」


「頼む。……頼むよ」


「お前には3つの道がある。今ここで死ぬか。雇い主のところに戻って消されるか。それとも……何も見なかったことにして、この皇帝宮から去るか」


「皇帝宮から去る? ……そ、そんなことできるはずが」


「できる。お前は持病持ちだと思われている。それを理由に引退すれば、向こうも納得するはずだ」


「た、確かに……」


 俺は殺意を引いた。

 敏感に察したポーラスはくるりと俺の方を向く。

 30前半の溌剌としていたポーラスの顔は、一気に30歳以上老けてみえた。

 この顔を見せれば、持病と言っても誰も疑うことはないだろう。


「1つ聞かせてくれ。何故、オレを殺さない。オレはお前たちにひどい言動を……」


「お前がここで死ねば、俺が疑われる。それだけだ」


 飄々と答えてやると、ポーラスは数瞬沈黙した後、「そうか」と息を吐き出した。

 そのまま口を開くことなく、俺の部屋を出ていこうとする。

 肩を落とし、やたらと広かった背中は小さく萎んで見えた。


「ブレイド……。すまん」


 ポーラスは最後にそう言って、部屋を出ていった。


 それは俺に言ったのか、それとも生徒に言ったのか。

 はたまたポーラス自身が殺してきた平民に言ったのか。

 終ぞ俺にはわからなかった。



 ◆◆◆◆◆◆



 ポーラスの引退は拍子抜けするぐらい、あっさりと受理された。

 もちろん自分とローゼマリーの関係は一切口外することのないように、念書まで書き、ようやく自由を手にした。


 皇帝宮の門が閉じられた音を背中で聞く。

 もうあの中で起こったことなど、振り返りたくもなかった。


 今後どうするかなど決めていない。

 故郷に戻ることも考えたが、もうないことに気付いた。

 不安が大きかったが、久しぶりに嗅ぐ市中の空気はやたらとうまく感じる。

 今にも背中から翼が生えてきそうなほど、身体と心は軽かった。


 闇雲に走り出し、初めて帝都に来た若者のように生きていることを喜んだ。


 大通りに入るとポーラスは人にぶつかった。

 見れば老人である。

 やたらと顔色が悪い――と思えば、灰鼠族だ。

 耳と尻尾がなく、人間の老人と大差がない姿をしている。


「おい。じじい! ぼうっと歩いているんじゃねぇ。こっちの気分がいい時によ」


「やれやれ……。そっちからぶつかっておいて、最低な言いぐさじゃのぅ」


「なんだ? 文句あるのか?」


「ない。ただ――――」



 お主を殺す理由はある……。



 灰鼠族の老人はポーラスの胸を軽く突く。

 すると突然、ポーラスは道ばたに倒れ込んだ。

 すでに意識を失っていた。

 一瞬のことであった。

 老人がポーラスとの距離を詰めたのも、その胸を軽く突いたのも、ポーラスの心音が止まったのも、そして老人がその場を後にしたのも……。


 老人は悲鳴が轟く事件現場を背にして離れていく。


「微かな血の匂い、身体に仕込んだ投げナイフ……。そして我が弟子ブレイドの匂い。何者かは知らぬが、我が弟子に接触した事は確か。今、あの弟子のことを知られるわけにはいかぬ。何者かは知らぬが、悪く思うな」


 老人は雑踏の中に消えていった。



 ◆◆◆◆◆◆



 俺は横で焚き火をしながら、空を見つめていた。

 すると、不審な狼煙が上がっているのを発見する。

 どうやら師匠がうまくポーラスを暗殺してくれたらしい。


 皇帝宮の壁は高く、さらに魔法にも強い。

 矢文や魔法による意志疎通も阻害される。

 唯一狼煙だけが、外部との連絡手段だった。


 しかし、狼煙が送れる情報量は少ない。

 入学当初、何故か師匠が躍起になって狼煙を上げていたが、ついぞその意図をくみ取ることはできなかった。

 おそらく弟子の俺に「励め」とエールを送っていたのだろう。


 今回はこちらから狼煙を送ったが、師匠は俺の意図をくみ取ってくれたようだ。

 さすがは俺の師匠である。


「ブレイド、そろそろいいんじゃない?」


 食いしん坊なポロフが涎を垂らしながら尋ねた。

 他のラフィーナとマイアも、期待に胸を膨らませ、側の焚き火を見ている。

 焚き火の中を漁り、1本の麦酒芋を取りだした。

 程良く火が通り、2つに割るとふわりと芋の香りが鼻腔を衝く。

 その言いしれぬ甘い香りに、一同はうっとりと眺めた。


 1度作ってからというもの、すっかり焼き芋にハマってしまったらしい。


 人数分が行き渡ると、夢中で頬張り始めるのだった。


拙作『叛逆のヴァロウ~上級貴族に謀殺された軍師は魔王の副官に転生し、復讐を誓う~』、さらに『アラフォー冒険者、伝説になる~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~』1巻が、

電子書籍で半額となっております。

お手頃値段となっておりますので、外出自粛中のお供に是非ご活用下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました! よろしければ、こちらも読んで下さい。
↓※タイトルをクリックすると、新作に飛ぶことが出来ます↓
『「ククク……。ヤツは四天王の中でも最弱」という風評被害のせいで追放された死属性四天王のセカンドライフ』

小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] ポーラス よ 知っているか? 暗殺者 からは 逃げられない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ