表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/30

mission10 弟子の身体検査

 準男爵が学ぶ教室は、他の爵位のと比べて、狭くかつ小汚い。

 強く踏み込めば今にも抜けそうな薄い床板。

 隙間風が吹き込み、ドアの建て付けも悪い。

 皇帝宮の中でも屈指のボロ教室だろう。

 狙って作ったと言うなら、なかなかのセンスと建築技術である。


 とはいえ、市民出身のポロフやマイアには、特に効果はなかったようだ。

 初めて教室を与えられて、呑気に感動の声を上げていた。


 問題は教師である。

 平民を人間とも思っていない貴族たちだ。

 きっと何か嫌がらせをしてくるに違いない。

 そう思っていた。


 だが、俺の予測は外れる。

 その男は言葉通り音もなく現れた。

 薄紫色の髪に、愛嬌ある団栗のような茶色の瞳。

 如何にも軍隊上がりといった筋肉と、広い背中を持つ男だった。


 そいつは何も言わず、教壇の上に立ち、気さくに手を上げて挨拶を始める。


「オレの名前はポーラス・ザム・ロートマン。今日から君たちの教師だ。よろしくな、お前たち」


 ポーラスは顔面をくしゃくしゃにして笑みを浮かべる。

 如何にも愛想の良い笑顔だ。

 しかし、ここまで貴族によって、準男爵(おれたち)は様々な仕打ちをされてきた。

 そう易々と心は溶かすことはできない。

 ぐっと顔を強ばらせて、壇上というよりは舞台、教師と言うよりは喜劇役者のように振る舞うポーラスを睨む。


 警戒している空気は十分向こう側に伝わっただろう。


 特徴的な平たい顔を傾けて、言葉を続けた。


「なるほど。君たちはこう思っているんだな。オレが君たちを排除したがっている勢力の刺客だと……。だが、断言しよう。オレはお前たち平民から搾取するだけの貴族とは違う。お前たちにはきっちりと教育を受けさせるし、悩みだって聞いてあげることができる」


 すると、ポーラスはマイアの方を向いた。


「マイア・アノゥ・ミルヴァントン」


「は、はい」


 いきなり名前を呼ばれて、思わずマイアは返事した。

 ちなみにポーラスは教室に入り、俺たちの前に現れてから1度も手元の出欠表を見ていない。


「入学早々、男爵の生徒に絡まれたそうだね。さぞかし怖い思いしただろう」


「は、はあ……」


 マイアは気のない返事を漏らす。

 青ざめた顔を下に向けた。

 あの時の嫌な記憶を思い出したらしい。


 さらにポーラスはポロフを見つめた。


「ポロフ……。君はあのイリス嬢に絡まれたそうだな」


「え……。は、はい」


「怖かったろ? よく頑張った」


 ポーラスは人懐っこい笑顔を浮かべた上で、親指を立てた。


「ブレイドも、ラフィーナもよく助けに入った。君たちはとても勇敢だ。勇者には拍手を以て応えるべきだろう」


 ポーラスは突然手を叩き始める。

 皆は惚けるばかりで反応はせず、ポーラスが打つ拍手だけが虚しく響いた。


 やがてまた顔をくしゃくしゃにしながら、ポーラスは朗らかに笑う。


「もう心配しなくてもいいぞ。オレが来たからには、他の生徒たちに指一本触れさせないと約束しよう。オレは爵位に屈したりはしない。もし、お前たちが困っていたら、オレに相談すればいい。オレは絶対、お前たちの味方だ」


 堂々と宣言する。

 その口調、しぐさは大げさに過ぎた。

 しかし、人の信頼を勝ち得るには、十分なパフォーマンスだったらしい。


「良い先生みたいだね」


 横に座るポロフがすっかりとほだされていた。

 マイアもホッと胸を撫で下ろしている。


「さて。君たちを教育するに当たって、先生は君たちの実力を調べたいと思う」


「先生……」


 手を挙げたのは、ラフィーナだった。

 他の2人とは違って、依然として険しい顔をしている。

 明らかに心を許していない様子だった。


「我々の実力は、すでに入試の成績でわかっているはずですが……」


「確かにその通りだ。さすがは入試トップ成績のラフィーナ・アノゥ・アデレシア君だ」


「入試!」

「トップ!!」


 ポロフとマイアが揃って声を上げた。

 再びポーラスはにこやかな笑みを浮かべて、ラフィーナを祝福する。

 またあの拍手を促すと、ポロフとマイアが手を叩いて応えた。


「すごいね。平民という(ヽヽヽヽヽ)身分なのに(ヽヽヽヽヽ)、首席なんて……。さぞかし悔しがっているだろうね。他の貴族たちは」


「私の質問に答えていただけますか、先生」


 ラフィーナは睨む。

 【皇帝眼(エンペラーアイ)】は光っていない。

 以前であれば、もうこの時には煌々と輝いていたはずだ。

 今、光っていないのは、俺が調合した薬のおかげである。

 出来ればポロフやマイアには、ラフィーナが皇族であること伏せておきたい。

 それはラフィーナ自身の願いであった。


 調合した薬のおかげで眼光はいつもより曇り気味だ。

 しかし、その鋭さは失っていない。

 それはラフィーナが、君主の血を引く者であることを証左に示していた。


 これには思わずポーラスも手を挙げる。


「これは失礼……。君の言うとおり、入試の結果を見ればすぐにわかるだろう。だが、旧態依然とした入学試験などでは、人間性まで計れない。生徒の心まで理解してこそ、教師というものだ。うん? オレは何か間違ったことを言っているかい?」


 そう言うと、ポーラスは熱弁を振るい続けた教壇を降りた。

 俺たちの方に近づいてくると、ポロフの席の前に立つ。

 一瞬、ポロフは顔を強ばらせた。

 対してポーラスは、甘いデザートのような笑みを浮かべる。


 すると、おもむろにポロフの手を取った。

 軽く指先で押し、さらに二の腕をさする。


「ポロフ、君は木こりの息子だったね」


「は、はい」


「君自身もよく家族を手伝っていたようだ。いい筋肉がついている。少々目方は重いが、何――訓練をすれば、そのうち痩せるさ」


「本当ですか?」


「君には天賦の才がある。オレが保証しよう」


「あ、ありがとうございます」


 パンと肩を叩かれたポロフは目を輝かせる。

 ぐっと拳を握ってガッツポーズを取った。

 それは初めて上司から任務を託された新兵のようだ。


 続いて、ポーラスはマイアの席に向かう。

 くるりと彼女の後ろに立ち、その細い肩に手を置いた。

 マイアは「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げる。

 顔を真っ赤にし、下を向いた。


「緊張しているかい、マイア。心配しなくていい。危害を加えたりしない。君はオレの大事な生徒なんだからね」


「は、はい……」


「君は……平民だがなかなか良いところのお嬢さんだね」


「は、はい。父がドレス生地を貴族に――」


「なるほど。呉服屋の令嬢というわけか」


「れ、令嬢とか……。そんな大したものでは――」


「うん。確かに良い香りだ。良い香水をつけているね」


「――――ッ!!」


 マイアの顔が固まる。

 ポーラスはマイアの髪をすくい上げると、自分の鼻に密着させる。

 匂いを嗅ぐ音が聞こえるぐらい、鼻で大きく息を吸い込んだ。


 一瞬にして教室が凍り付く。


 だが、ポーラスの凶行は終わらない。

 髪に伸ばした手がスルスルと下へと伸びていく。

 脇から手が蛇のように這い回ると、マイアのふくよかな胸へと向かう。


「やめろ!!」


 椅子を蹴って立ち上がったのは、ラフィーナだった。

 その義憤をあの【皇帝眼(エンペラーアイ)】にも宿る。

 薬の効果を越え、深緑の瞳が光り輝こうとしていた。


 だが、その光も一瞬だ。


 ヒュッと何かラフィーナの横を通り過ぎていく。

 直後、背後で何か刺さったような音がした。

 ナイフである。

 大人の手の平ぐらいある投げナイフが、壁に刺さっていた。


 ぽとりと何かが落ちて気付く。

 ラフィーナの頬から血が流れていた。


「誰が立てといった、ラフィーナ・アノゥ・アデレシア」


 殺意が込められた瞳で、ラフィーナを睨む。

 放ったナイフよりも鋭い視線は、ラフィーナの感情をあっさりと削り取る。

 そのまますとんと椅子に落下するように座った。


「な、なにをしてるんだよ、先生!!」


 それでも勇気を振り絞ったのはポロフである。


「さっき言ってたろ。『オレは搾取するだけの貴族とは違う』って。心配しなくていいって。そう言った先生が、何をやっているんだ!」


 ポロフが激しく抗議すると、またポーラスの顔が変わった。

 先ほどまで浮かべていたにこやかな笑みを浮かべる。

 だが、決してマイアから手を離そうとはしない。

 肩の辺り、擦過音を立てて触っていた。

 スリスリと気味の悪い音が、マイアの心そのものを擦っているように聞こえる。


「ああ。その通りだ、ポロフ。貴族たちに指一本を触れさせやしない。お前たちは、オレの大事な生徒(げぼく)だからな」


「げ……ぼ、く?」


「オレは教師だ。生徒はオレの言うことを聞く下僕だろ?」


「そんな……」


「この教室でオレに逆らうことは許さない。だけど、心配するな。オレがお前たちを守ってやる。お前らが、オレの生徒である限りな。良いことだろ? 貴族からお前達を守ってやるって言っているんだ」


「貴様!!」


 怒りで正気を取り戻したラフィーナは、再びポーラスを睨んだ。


 すると、ポーラスはようやくマイアから手を離す。

 戯けるように両手を上げて、ラフィーナを挑発した。


「おーおー、怖いお嬢様だ。わかったわかった。お前、オレが構ってくれなくて、寂しいんだろ?」


「な! ふざけるな! 人を侮辱するにもほどが――」


「じゃあ、お前を身体検査してやろうか? 首席生徒の身体をくまなく調べてやろう。マイアより胸は小ぶりだが、形は良さそうだ。ブレイド。君もそう思うだろう?」



 そしてポーラスは俺の肩に手を置いた。



「な――――ッ!!」


 その瞬間、ポーラスは絶句する。

 足を止めて、教室の真ん中で固まった。

 顔がみるみると青ざめていき、全身が震え始める。


『な、なんだ! この筋肉は……。鋼のようにしなやかでいて、何重にも編んだ鋼線ように絞り込まれている。一体、どんな修練をして鍛え上げればこうなるんだ? わからん……。天賦の才? ――いや、そもそもこいつ……』



 本当に人間なのか――か?



 瞬間、俺とポーラスの視線が交錯する。


「ぎゃああああああああああああ!!」


 突然ポーラスは発狂する。

 悲鳴を上げて、教室の床に沈んだ。

 白目を向き、泡を吹いて倒れる。


 皆が一様に目を丸くした。

 ラフィーナが少し責めるような目で、俺を睨む。


「ブレイド、何をした?」


「さあな。見たままだ。俺に触れたら、勝手に先生が倒れた。何か持病を持っているんじゃないか?」


 俺が肩を竦める。

 椅子から立ち上がり、倒れたポーラスの脈を取った。

 一応意識はあるようだ。


 馬鹿な男である。

 何者かは知らないが、俺の身体を調(ヽヽヽヽヽヽ)べようとするとは(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)……。


 殺してください――と言っているようなものだ。


 さて、こいつはどう排除してやろうか。


とうとうランキングから追い出されましたが、

頑張って更新していきたいと思います!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました! よろしければ、こちらも読んで下さい。
↓※タイトルをクリックすると、新作に飛ぶことが出来ます↓
『「ククク……。ヤツは四天王の中でも最弱」という風評被害のせいで追放された死属性四天王のセカンドライフ』

小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] バトロワのキタノ先生になろうとしたら 生徒がバケモノだったでござる (屑教師 談) …映画版は観てないけどね 読んだのは漫画版だけ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ