第71話 お尋ね者!?
「ここに聖女が来なかったか?」
飯屋の扉を乱暴に開け放つなり──
威圧的な騎士が放った言葉に、談笑していた客たちはその手を止めた。
大柄な細い目をギラギラさせた男を先頭に、仰々しい甲冑に身を固めた男たちがずかずかと店の奥へ歩を進める。
「自称勇者を名乗る若い男をたくさん引き連れているハズだ! 隠しだてすると──」
「別に誰も隠したりなんかしないわよ」
男の目の前の机にダン! とフォークを突き立てたのは、言うまでもなく私、シライシミナミ。
おそらく、コイツが探している聖女とやらは私だ。
「……あぁ!?」
超絶、上から目線で私に不審の目を向ける男に私は世の中の常識を教えてやった。
「あんた、親にご飯の時は立ち歩くなとか、人の食事の邪魔をするなって教えてもらわなかったの?」
「──き、貴様!」
親切な私の言葉が気に入らなかったようで、その先頭の男は店内にも関わらず、いきなり腰の長剣を抜き放った。
……うわぁっ!
ひえっ!
ギラリ、と店内の照明を跳ね返して光る刃を見て店内から悲鳴があがる。
うわぁ、店主のおっちゃん。迷惑そうにしてるわぁ。……ごめんよ。
私は無造作に斬りかかってきた男の斬撃をあっさりとよけ、その足を払う。
「……あっ!?」
そして無様に転がった男の局所を思いっきり踏みつけてやった。
「ほぎょげっ!」
蛙がひしゃげたような情けない声を出す男を見て、後ろに付き従っていた若い騎士達は明らかに動揺して──店外に飛び出していく。
仲間を呼びに行ったか、まぁ体よく逃げたかどちらかでしょうね。
「で? 結局。私に何の用なわけ?」
男は泡を吹いて白目を向き、私の質問に答えない。うーむ。やりすぎたか。
「うわぁ──相変わらず容赦ねぇなぁ」
商人風の衣装に身を包んだウォルがそう言いながら甲冑男の懐を探る。
「ウォル、やめなよ」
それを止めるのは、うるうる瞳の子犬のような小柄な少年アッシュ。
「あっ! しけてやんの! これっぽっちしかはいってねぇ……」
黒皮の財布を逆さにして乱暴にウォルは振り立てた。
「奥さんにきっちり管理されてるんだろ」
昼間からスツールにもたれて地ビール片手にまったりとしている遊び人風の色男──フェズが口を挟む。
「もう早速トラブルなんてやだよ、僕。あの嫌ったらしいフロスティからやっとトンズラしてきたのにさぁ……」
見た目はふわふわ天使のようなアイルがパスタをグルグルと巻きながら毒づいた。
「あんた達、うるさいわねぇ──ウォル。そんなはした金、手をつけるんじゃないよ。それっぽっちで言いがかりつけられたら迷惑だからね」
私は腕を組んでジロリ、とついてきている勇者達をにらみつけた。
「へい、ボス」
おどけてウォルが敬礼する。
「誰がボスよっ……!」
苛ついた私は容赦なくウォルを張り倒した。
それをみていた客達が私をみてヒソヒソと噂話をはじめる。
(……あれ、隣国のグローカス城をぶっ壊したとかいう噂の凶悪な一味じゃないの?)
(ええ!? 盗賊の方がまだマシで、根こそぎ血も涙もなく奪いつくし、通りすぎた後は草も生えないっていう──あの極悪人!?)
(間違いない。若い男をたぶらかしてゾロゾロ連れているって話だ。グローカスのプリンセスを踏み潰したっていう、あの狂暴な魔道師がついにこのフィルンの街まで──!?)
「……大層な言われようね。聖女どころか、とんでもない凶悪モンスターみたいじゃないのさ!」
囁かれる噂話とともに遠巻きに私に注がれる視線を私はひと睨みで凍りつかせる。
「まぁ似たようなものじゃん……」
呟いたアイルをすかさず床とキスさせたところで、隣に座っていたロンサールが突如立ち上がった。
「うわっ!」
のんびりとスープをすすっていたオーカーの皿がひっくり返る。
「どうした?」
「……」
オーカーの問いには答えず、ずんずんと店の奥のカウンターへ歩いていくロンサール。
私らが彼の動きに注目する中、ロンサールは顔をひきつらせている店主の前にコトリ、と皿を無言で置いた。
そして壁を力強く指さす。
「……? あぁ──ひょっとしておかわりですか?」
店主の言葉に重々しくロンサールは頷いた。
そう。彼はおかわり自由、日替わりメニューを注文していたのだった。ロンサールの指先にあったのはランチメニューのポスターだ。
「あんたねぇ、おかわり下さいぐらい言いなさい!」
店主に手刀を切って無言で礼をすると、ビーフシチューの皿を抱え込んだロンサールに私は後ろから蹴りをかました。
「何やってんだ? ミナミ……」
銀色の髪からピョコンとケモミミがのぞく美青年が入店すると呆れたように言った。
夜行性のぐうたら魔王のお供をして馬車に残っていた獣人のフォグルである。
「あんたこそどうしたの? やっぱりお腹減ったんでしょ?」
一応ご飯に誘ってみたが、さっきはそんなに空腹ではないと断られたのだ。
「いや──ここの宿が甲冑兵に囲まれてるから知らせにきてやったんだが?」
「へー。何かあったのかしらね」
人差し指を頬に当て、空々しく答える私の足元には白目を剥いた甲冑男が転がっていた。
「ふーん。そいつら、こいつと同じ紋章をつけてたぜ?」
「へぇ。じゃあ挨拶してあげなきゃ」
おや、逃げたんじゃなくて援軍を呼んできた方だった!? 意外に根性あったのね。
私は店のおっちゃんにきっちり七人分のランチ代を払うと表に出た。
ざっと見渡したところでは──辺りにさっき現れた甲冑男の手下どもの姿はなく、のどかな郊外の店舗や人家、雑木林が入り交じる景色が広がるばかり。
ただ、何者かが辺りに潜んでいるのは私にはまる分かりである。
チクチクとする視線と殺気の混じったものが、そこらじゅうの茂みからとんでくるからだ。
──ひぃふぅみぃ……。あの二人、何人呼んできたわけ!?
挑発しておびき寄せてやろうと私が口を開きかけたその時。
「オホホホホホ───!」
辺りにこだましたのは、聞き覚えのある野太いバカ笑いだった……。




