第70話 要らない裏設定
「さぁて、身体で払ってもらうわよ。ミナミ──」
「……ちょっと待って!」
ずいっと厚化粧の顔を近づけてくるフロスティ。
近い近い近いっ!
グローカス城の一画で。
何故か私はフロスティにベッドの上で迫られていた。
「まぁ、ちょっと我慢すればちょちょいっと終わるわよ」
「だから待ってってば!」
「何を純情ぶってるの? どうせ、あの男たちをとっかえひっかえして毎晩お楽しみだったんでしょ?」
「とっかえひっかえなんかするかぁぁぁっ!」
叫んで私はフロスティの腹を全力で蹴りあげた。
よし! クリーンヒット!
「ぐっ! 大人しくしてれば直ぐすむものを……」
お腹を押さえながらも、よろよろと立ち上がるフロスティ。
「あんた、何をするつもりよ、何をっ!」
「この場所でやることなんて決まってるでしょ? どこまでカマトトぶる気なの?」
「やるって──」
私はじりじりと後退る。
「子作りにきまってるでしょ。たっぷりと可愛がってあげるわ」
「……あんた頭の中、虫でもわいてるの?」
「って……こういう気の強い女を屈伏させるのがたまらないのよねぇ」
蹴られた口もとをぐいっと何だか男らしく拭って、ニヤリと笑うフロスティ。
うきゃあぁぁぁ!
どうしちゃったのよ、この女!
何か道端で悪いものでも拾い食いしたんじゃないの!?
「フロスティ! 知ってると思うけど私は女よ。お・ん・な!」
力一杯叫んで私に向かって伸ばされたフロスティの右手を振り払う。
「知ってるにきまってるじゃないの」
キッパリさっぱりと言い放つと再びフロスティは私をジリジリと部屋の隅へと追いつめはじめた。
「あんたみたいな気の強い聖女を嫁にできたらこの国も安泰よ」
「へ?」
私は思わず、間抜けな声をあげた。
「嫁ぇ?」
「ええ、このグローカス城のね」
「領主の嫁!?」
このキャクタス・シティの城主、あの頭の薄いフロスティの父親の嫁!?
「まさか。親父じゃないわ。アタシの嫁よ、ア・タ・シ!」
「───へ?」
口をポカンと開ける私においうちをかけるように、
「だって、アタシ。男の子だからさ」
明日の天気を語るような気楽な感じで衝撃の事実を語るフロスティ。
「はいぃぃぃ!?」
「ほら」
変質者のようにいきなり着ていた上着をガバッとフロスティは開いて見せた。
「げぇっ!」
そこは、確かに見事にペッタンこだった。
平野も平野。
いや、むしろ筋肉質な上半身で……ちょっと見事なマッチョといっても良いかもしれない。
そうじゃなくて!
何よ、これ。
こんなイベント知らないわよ~!!
フロスティってさ、賑やかしの恋敵ポジションじゃなかったの? イロモノってやつでしょ、引き立て役というかそんな感じ?
これはバグ?
それとも裏設定?
何にしろ、逆ハーレム目指すシナリオライターの悪戯かもしれないけどこんな設定はいらないわっ!
「一回、聖女を孕ませてみたかったのよねぇ」
完全に男の顔になったフロスティが私に迫ってくる。
……仕方ない。
「──聖魔……」
「いいの? ミナミ?」
「……?」
「そんな大技、この城ごと吹っ飛ぶわ。罪もない使用人がたくさん犠牲になるのよ。優しい聖女さまにそんなことできるのかしら?」
フロスティの言葉に私は唱えかけていた詠唱を止める。
「────くっ……卑怯な」
「さ、じゃ。脱いじゃいましょうか♪」
楽しそうにフロスティは私のマントの留め金に手をかけた。
「なーんてね。ばぁか!」
ニヤリと私はフロスティに向かって両手を突き出した。
「……斬っっ!!」
ドゴ────ンッ!!!
……かくて。
フロスティの居城であったグローカス城は私のためらいのない一撃で、フロスティとともにガラガラと崩れ去った──これで、もう私に迫ってくるなんて愚行を彼女? いや、彼か、がすることはないと思っていたのだ。
この時は。




