第69話 ご指名ですよ!
「ねぇ、ミナミ? ウォルたち大丈夫かなぁ……」
アッシュが心配そうに最後のデザートをつつきながら私に問いかけてきたのは、フロスティの別邸に彼らを置いてきた翌朝のこと。
諸事情で潤った財布によって宿もグレードアップし、朝食も豪華なビュッフェスタイルだ。
その一階ホールのレストランで、デザートの色とりどりの果物やケーキに囲まれて朝からご満悦な私。
「大丈夫でしょ。フロスティ相手だから命まではとりゃしないわよ。多少、足腰たたなくなるかもしれないけどね」
言って、私はプルプルとルビーのように輝くゼリーを一口。
「ん~! ……朝からブランデーが効きすぎてるわ。さては昨夜の残り物ねっ」
「仕方ありませんよ。こういうところは残しても仕方ないですから」
デザートには参戦せず、優雅にカップを口に運んでいるのはアッシュの頼れる兄、レドグレイ。
「そのうち自力で脱走してくるか、フロスティが飽きて返してくるでしょ。まぁ、おまけに一匹ついてるし……見ものよねぇ♪」
私の言葉にフォークをピタリ、と止めるアッシュ。
「そういえば兄さん。ナミ、今朝見た?」
「え? 昨日から見ていないような……?」
レドも私の顔を見た。
「なぁによぉ、兄弟揃って」
食事中のレディの顔をジロジロ見ないで欲しいわっ。
「ミナミ、わざと置いてきたんでしょ?」
「単にフロスティが手触りが気に入ったって言うから貸し出しただけよ」
わたしの答えにアッシュは暫く沈黙してからボソリと言った。
「……本当に悪どい……」
「聞こえてるわよ、アッシュ」
わたしにひと睨みされ、怖がりアッシュは小さく身を震わせる。
「うげっ! ほら噂なんかするから……」
トン、っと目の前のフルーツ盛りにフォークを突き立てて、レストランの入り口を私は振り返った。
「……!?」
アッシュの顔が盛大にひきつる。
レストランの入り口には──ゲロを被った大女が両脇に男を抱えて立っていた。
うへっ! 予想通り過ぎて怖いわっ!
全身から酸っぱい悪臭を漂わせた大女はズカズカとこちらへ無言で歩いてきた。
ガタンッ!
思わず両手で鼻を押さえて中腰になる私。
……臭い。
領主の娘でなかったら、間違いなく入り口でつまみ出されていただろう。
「やってくれたわね。ミナミ=シライシ!」
ゲロまみれの厚化粧女、フロスティ=グローカスは私の目の前で声を荒げた。
「……」
「ちょっと! 鼻をつまんでないで何とか言いなさいよっ!」
「……何とか」
「なめてんの?」
フロスティは両脇に抱えていた男を軽々と私に投げつけた。
「うわっ」
もちろん、素早く避ける私。しかし一体、フロスティに何をされたのか。
床に転がる真っ青で意識のないフェズと一晩でげっそりと頬がこけたオーカー。
「返品するわ。体力もテクもない、表面はキラキラしてても中身は役立たずのガラクタばかりだったわ。残りの子とゲロ犬は表に転がしといたから」
「返金はお断りよ。もう使っちゃったし」
私はしっし、と片手をふった。
「……こんな不良品掴まされたんだからね。代わりの者、寄越しなさい」
ド迫力でフロスティは私に顔を近づけて凄んだ。
うわ! びっくりしたわ。
顔がでかくなったのかと思ったじゃないのっ。
「変わり? こんなボロボロにしといて欲深ねぇ。こっちが追加料金を貰いたいところよ。
でも、ゲロのお詫びに特別に交換してあげるわ……残りは常識人とビビりショタ、獣人、魔王だけどどれがお好み?」
「……また懲りずにカーディナル様まで売ろうとしてるな。あの聖女の皮を被った守銭奴は──」
じっと壁際に控えていたフォグルは唸り声をあげる。
「そうねぇ……変わりはミナミ。あんたに決めたわ!」
ビシィ! っと私を指差すどや顔のフロスティ。
「へっ? ……なんで!?」
予想外の指名に私は面食らった。そしてそのまま、何故かフロスティの屋敷に連れていかれてしまったのだった。




