第68話 大事なモノ!
「まぁあぁ! もう戻ってこれましたの? 便利屋さんたら」
厚化粧の大女は感激したように言うやいなや、いきなり手近にいたオーカーとアイルをむずっ、と掴むと両手に抱えて頬擦りした。
次に危険を察して逃げ出そうとするフェズの襟首をガッチリと掴むと、熱い口づけの痕跡を彼の顔中にベットリと残す。
うーん。濃厚。
というか、暑苦しいわぁ。
フロスティ=グローカス。
彼女を止めることのできるものはこの領地にはいない。
ひたすら己の欲望のままに突き進む。
そう。
私はよく彼女を知っている。
だって、このクソゲーのプレイ時。こいつにどれだけ邪魔をされてきたことか。
ただでさえ、憂鬱な恋愛イベントをかき回す害虫のような存在。
それが、フロスティなのである。
「えぇ、宿にお忘れになったという指輪。確かに回収して参りましたわ。約束通り、これは私が頂いてもよろしいですね?」
めでたく先日のイベント会場でフロスティを引っかけた私は、彼女がダンジョンに忘れてきたという持つ魔封じの指輪を見つけ出し、ウチの勇者を何人か生け贄……もとい、ご奉仕させることを交換条件に指輪を手に入れる交渉までこぎつけたのだった。
まぁ、何でか知らないけど家宝のはずの指輪を辺鄙な宿屋になんか忘れてくるものだから、取りにいくのはなかなか面倒くさかったわ……。
いや、面倒くさいというか、色んな意味で臭い宿だった。
しばらくぬか漬けとガーリック料理は見たくない。
「まぁ、あのダンジョンでよく見つけられましたね?」
フロスティの目がキラリと光る。
「ええ。苦労しましたわ」
「……どこにありましたの?」
「ここではお伝えしにくい場所ですね。お察し下さいませ」
幻の宿の男湯貴重品入れにあったとは言えず、私は意味ありげに微笑んでみせた。
「へぇ……さっぱり記憶にないけど、あたくし、トイレにでも落としちゃったのかしら」
私の答えにフロスティは小さく呟いた。
「……何かおっしゃいましたか? フロスティさま」
私はわざと聞こえないふりをしてやった。まぁ、トイレに落ちてましたでも良かったんだけど。
「……そんな些細な事はいいでしょう。
では約束通り、その指輪は貴女に差し上げますわ」
よし! 生け贄作戦成功!
「その代わり、約束通り。この方々はウチの邸に頂いていくわよ?」
フロスティの言葉に勇者ズの顔が盛大にひきつる。
「どうぞ。超過分の派遣料金をお支払いいただけるのであれば、いつまでもご自由に」
言った私の言葉にフロスティは、ニヤァっとイヤらしい笑いを浮かべて
「どこまでがサービス内容かしら? 服を剥がしたり、触ったり、突っ込んだりぐらいはしてもよろしくて?」
……最後のセリフだけはあんまり想像したくないわね。一体、フロスティは何をするつもりかしら。
……ちょっと、気になる。
「お待ち下さい。一応、彼らは私の大事な──」
「大事な?」
子犬のようなうるうるとした眼差しで勇者どもが私を見た。
「大事な商品ですから。金づるですの」
私はニッコリ宣言した。
ガックリと項垂れる勇者たち。
「だから、キズモノにだけはしないで下さいね。次の営業に響きます」
「大丈夫。あたくし、ハードなプレイは趣味じゃありませんから」
「まぁ、御趣味のよろしいこと。それじゃ、私は失礼いたしますね……ハハハ」
「ホホホ……早くお帰りあそばせっ!」
お互いに高笑いをしつつ、私は一人グローカス邸を出た。
「「「ミナミィ~!!」」」
何か、私の後ろで悲しそうな生け贄の子牛達の絶叫が聞こえたような気がしたけど……まぁ、お金って大事よねぇ。
残念勇者達よ。頑張ってフロスティにご奉仕したまえ。ここは稼ぎどころよっ!




