第67話 心身の健康って大事。
「で、結局。指輪は何処にあったの?」
「あー、あれね。そこにあったのよ」
私の指し示す先を見てアイルは固まった。
「は?」
風呂場に入っていく私の後を、タンクトップタイプの水着を着たアイルが追っかける。
「ねぇ、あそこって……男湯じゃん」
「うん」
かけ湯をしようと桶を手に持った私は、ちょうど男湯の通路から全裸のウォルが洗い場に入ってくるのを見つけた。
「あ、ウォル全裸!」
「え~? 風呂といえば全裸だろ?」
「ちゃんと表示を見なさいよ。こっちのスパは水着で混浴なの! フリチンは来るな!」
「イテッ! どうせ気にしないくせに……」
「気にするわ!」
私に桶を投げつけられ、湯けむりの中、スパゾーンからウォルが退散していく。
「あー、見たくないモノを見てしまった」
「確かに~」
顔を洗おうと鏡の前に座った私の背後にアイルが回り込む。
「ミナミ~、背中洗ってあげる」
「いいよ、どうせ水着着てるから」
そこら辺の女子顔負けの女子力で、アイルは見たこともないような化粧品がぎっしり入ったポーチを広げ、何やら手にとって泡立てはじめた。
「んん……くすぐったいよ、アイル」
背中に泡を塗りたくられて私は身体をよじった。
「これ、艶々になるんだから。消臭効果もあるし。ほら、ちょっとじっとして」
消臭効果という言葉に思わず止まる。今、臭いという言葉に私は敏感になっている。
予想外の動きに、細かい泡の下でアイルの手が私の胸を掠めた。
「あっ……」
「何やってんだ、お前ら」
腰にタオルを巻いたフェズがアイルを私から引き離す。
そして化粧ポーチに目を落とすと
「百合ごっこ?」
とボソリ、と呟いた。
「僕は男だよっ!」
「知ってる~」
フェズはアイルをそのまま引きずっていくと、浅い湯船にどぷん! と浸かる。
「なんかフェズ怒ってるでしょ?」
アイルはニマニマしてフェズの顔をのぞきこんだ。
「別に」
「羨ましかった~?」
「……俺はそんな姑息な手を使わなくても女の身体は堂々と触る」
「あっそ!」
そんな会話も聞こえてくるが、私は気にしない。女をたらして生活をしていたフェズの話をまともに聞いてたら疲れてしまう。
とりあえず、今は臭いと疲れを洗い流すことに専念したかった。
私も泡を流すと、彼らの隣の湯船に浸かって手足を伸ばす。
「あ~、極楽」
私はタオルを頭にのせて、天井のライトを見上げた。天井が高く作ってあって、露天風のこのスパ施設はなかなか気持ちが良い。
「うっわ、ミナミ。オヤジくせっ」
「もう、クサいはお腹いっぱいよ!」
私に睨まれて、アイルがエヘヘと笑う。
「もうこの宿、臭くなくなったから良いじゃん」
「そうね。ヌカヅケーノとガーリックンはしばらく見たくないわ」
私の放った炎は元祖宿を燃やし尽くしてしまい、リュウさんがカホリンさんの宿に婿に入ることによって新「心身屋」として再出発することになったのだった。
「臭い仲」とは、男と女が出会い、体臭をはじめ苦手なにおいも「この人のにおい」と思えば我慢し、むしろいとおしくなってしまうことである。そして、その臭いを共有するような深い間柄になっていくのである。
彼らは臭い宿を縁にまさに「臭い仲」になったのだ。
まぁ、めでたい。
そして私たちは、今、めでたく完成した新生「心身屋」のスパモニターとして、スパゾーンを満喫していたりするのだった。
「ところで指輪の話だけど……」
思い出したようにアイルが言った。
「あぁ、男湯の貴重品入れに入ってたのよ」
「「男湯~?」」
アイルとフェズの声がスパの天井に反響する。
「てっきり、部屋の貸金庫に入ってると思ったんだけどね」
私はため息をつきながら答えた。
「フロスティも臭い仲の恋人とここへやって来たってこと?」
アイルの質問に、私はジャッとお湯からあがった。そろそろ湯あたりしてしまう。
「それが、カホリンさんの帳簿によると一人で来たみたいなのよ。男客が」
タオルで身体を拭きながら私は答えた。
「えっと……それはトランスジェンダー的な?」
「いや、単に男装してのぞこうとした痴女かもしれんぞ?」
フェズとアイルが顔を見合わせる。
「さぁねぇ……。世の中はまだまだ謎が多すぎるわ」
──そう。
例えば、さっきカホリンに渡されたお土産がそうだ。
臭いものは懲りたと思ったのに。
お土産に渡されたのは※「シュールストレミングの缶詰」であった。
そもそも根本的にリュウとカホリンは嗅覚が欠落しているに違いない。
……ということは。
彼らは誰の臭いも受け付ける、臭い仲に陥りやすい人種であったということだ。
嗅覚って大事。
臭いがわからなくならないように、心身の健康には特に気をつけよう、と私は改めて強く思ったのだった。




