第66話 身もココロも。
「……なんと!」
元祖宿の支配人は低い呻き声をあげ、両手を地面に叩きつけた。
「僕らが、クサいのが原因だったとはっ!」
「落ち込んでいてもしょうがないわよ! 前を向いて進まなくちゃ。あなたはいつもそうだったわ、リュウさん。だから、私はあなたをあの時、見送ったのに──」
「カホリン! あの時、新天地を求めて君をここに置いて出て行った僕のこと──」
熱い目で見つめあう、中年支配人ことリュウさんと女将のカホリン。
うわ、やっぱ思った通り始まったわ。中年のメロドラマ。
最初からプンプンしてたもんね。
従業員たちも並んでハンカチをもって座って見学をしはじめた。
休憩時間の朝ドラのような光景だ。
「私はあなたを待っていたの。このぬか漬けの香る、この場所で」
目を潤ませるカホリン、38歳独身。
「僕は戻ってきたよ。君の居るこの懐かしい、ぬか漬け臭が充満するこの宿へ」
カホリンを抱きしめる、リュウさん39歳バツイチ独身。
──いくら、ロマンチックに言っても、ぬか漬けが台無しにしていることに本人たちは気がついていない。
「君は……君をここへ捨てていったも同然の僕を、まさかずっと待っていてくれていたと?」
リュウは驚きの声をあげた。
「ええ……」
カホリンは恥ずかしそうにリュウの肩に顔を埋めた。
「海辺の新しいダンジョンで若い水着のピチピチギャルとお近づきになれるかも! ラッキースケベでポロリとギャルから取れてしまったビキニが流れ着くのでは!? というのが、本当の動機だったこの僕なのに──?」
しょうもない。
……この男。海辺で埋まれば良かったのに。
ん? 海辺?……初級ダンジョン?
私はウォルと顔を見合わせた。
「「あぁ~!!」」
ひょっとしなくても海辺のダンジョンって、私達が最初に入ったダンジョンじゃないの!
「聞いてくれ、カホリン。
僕は──だから罰を受けたんだ。夢と希望を膨らませて挑んだ新天地。
田舎過ぎて、荒くれたゴツい漁師しか海岸にはおらず、挙げ句のはてには初心者ダンジョンなのに、やたらと破壊魔法を連発する非常識な魔物がダンジョンを氷漬けにしてしまってね。頼みの綱の温泉が凍りついて、あそこで営業することやラッキースケベは諦めざるを得なかったんだよ」
あー、その非常識な魔物って私だな。確実に。
ここは黙っておこう。うん。
「そんな時、思い出したのが、キミだ! まだ、ここでキミが宿をやっていれば、それに便乗して口説いて乗っ取れば良いと思ったんだ。
多少、年をくっててもここのダンジョンは薄暗いし、加齢臭もぬか漬けの臭いで誤魔化されるから何とかなると思ったんだよ……」
「まぁ、嬉しいわ。リュウさん」
……正直だけど。どんだけゲスい告白だ?
そして、なぜカホリン泣いている?
従業員ギャラリーもハンカチで涙を絞ってるけど、今のどこに感動要素があったの?
うう~ん、中高年の恋愛。良くわからないわ。
あぁ! 従業員の皆さん、何だか歌い出しちゃったじゃないの。
ヌカヅケーノの叫び声 遠くに聴こえる
目覚ましに叩き起こされ 糠床をつくれば
まだまだ たっぷり在庫が 残ってる~
彼の言葉はウソ臭いけど もう四十路
欲望と本能に忠実なのが 唯一の取り柄
加齢臭、口臭、オヤジ臭、三拍子揃ってる
まだまだ 人生は折り返し
心身の 健康第一
身もココロも 健康第一
あぁ 僕らはクサい仲なのさ
あぁ 彼らはクサい仲なのさ
身もココロも、発酵してとろけるように
とろけるチーズにも負けやしない
ずっとずっと……クサい仲なのさ♪
〈※リフレイン〉
肩を組んで歌う、モブ従業員の皆さん。
何気にエンディングな感じですかね、これ。
「ナニコレ──?」
「わかんない」
私の隣で呆然とこのミュージカルもどきを眺めていたアイルも静かに首をふった。
──ハッ。
私達はこんな茶番劇を見に来たわけじゃなかったわ。リュウとカホリンの愛の行方はどうでもいいのよ。何とか早く指輪を回収して帰りたい……。
私は勇気を出してすっかり二人の世界真っ只中の彼らに声をかけた。
「えっとお……盛り上がってるところ大変申し訳ないんだけど、とにかく貸金庫だけでも見せてもらえない?」
ちらり、と抱きあう二人は私の方を見て言った。
「あら? まだいらっしゃいましたの?」
「きっと僕たちのことが羨ましいんだよ、ハニー。彼女、悪いけどあんまりモテそうじゃないもの」
「まっ、リュウさんったら♪ アハハ」
「僕にはキミが世界一だよ~♪」
「………」
私の血管が、ミシミシとイヤな音をたてて軋んだ。
アイル「いや、ミナミ。ここは冷静に!」
オーカー「まれにマニアにはモテるよな!」
フェズ「落ち着け! ミナミは可愛いぞ!」
ウォル「ま、ミナミがモテないのは事実」
「「「ウォル~!!」」」
「灼熱の輪舞!」
宿屋に燃え移る灼熱の炎を前に、それまで歌い踊っていた人々が顔色を変えて、必死に消火活動をしたことは言うまでもない。




