第64話 「心身屋」
「お待ち下さい、お客様。申し訳ございません。当店の従業員が大変失礼をいたしました」
反射的に火球を手にした私の前に、転がり出てきたのは年齢不詳の男と女。おそらく、それぞれの支配人と女将というところだろうか。
「どうか怒りをお収め下さい。これを差し上げますので……」
男女ともに、それぞれ立派な封筒を私に差し出してきた。
「ふーん」
ワクワクして開けた私は中身を見てガックリ。
「当宿のモニター無料宿泊券でございます」
「右に同じく」
「無料!?」
ウォルがその言葉にガッチリ食いつく。
「料理代や酒代は?」
フェズも尋ねた。
「モチロン、すべてコミコミでございますよ」
ニコニコと番頭のような風情の中年支配人は愛想よく答えた。
「それ、中身は現金だと思ったんでしょ~? ミナミ」
アイルが私の耳元で囁く。
「うーん……」
図星を指されて思わず私は唸る。
なぜわかった、アイル。
「まぁ無料より高いものはないって言葉もあるからね」
「タダって高いのか……? 何ゴールドぐらいなんだ?」
オーカーの疑問は皆に黙殺された。彼は真面目で人が良いことだけが取り柄なお気楽勇者である。
「お湯に浸かって散々食べて、目ぼしいものをさらって食い逃げしなくてもサヨナラできるんだぜ? 最高じゃんか。早く行こう、ミナミ!」
「ウォル、あんた人聞きの悪いこと言わないでくれる?」
宿の従業員達から一斉に犯罪者を見るような眼差しが私達に向けられた。
「いや~、軽い冗談に決まってるだろ。ハハッ……」
いや、本気が滲み出てたわよ、ウォル。
「さて、ではお客様。どちらの宿からご利用さなさいますか?」
バチバチと隣に並ぶ中年男と見えない火花を散らしながら、女将がずいっと進み出る。
「そうねぇ……そーいえば、聞いてなかったけどあんたたちの宿の名前って何て読むの?」
両方の宿の暖簾は、紺地に「心身」と白抜き文字が踊っていた。
……全く違いがわからない。
「えっと、ウチは元祖 心身屋」
右の男が答えると、
「ウチは本家 心身屋」
左の女も答える。
ふーん。元祖と本家、ってことは元は同じだったのかしらん。
「何でも良いけど、息ピッタリね?」
「「えええっ……!」」
お~い、お前ら。なぜ真っ赤になる? ……しかも二人とも妙に嬉しそうなんだけど。
「それにしても、何で幻の宿が二軒もあるの?」
「それが……元祖の方、つまりウチのことですが、元来このダンジョンで営業していたのです。
しかし、あまりにも客が来ず、新境地開拓のため、他のダンジョンに転ダンジョンしたのが十年前のことでした。
それが先日、不幸にも転居先のダンジョン環境の激変でどうにもならなくなり、またこちらに戻ってきたのですよ」
「へぇ……ダンジョンの宿経営も大変なのねぇ」
ちょっと同情してみたりして。
「そうなんです! ただでさえ最近は訪れる冒険者が少ないというのに。同じところに二軒もあったら商売になりませんの」
本家の女将が、元祖の支配人を睨みながら力説する。
「いや、そもそも幻だから客は少ないんじゃ?」
私の正論ツッコミは、二人とも明らかに聞こえないフリ……やっぱり何気に息ピッタリだよね。この人達。
今度は元祖の支配人が拳を握って力説し始めた。
「だから、この現状を打開するためにちょうどお客様にモニターをして頂こうと思っていたところなんです。
モニターでタダと油断させ、がっぽり滞在させてからオプションで有り金を搾り取り、金がなくなったら閉じ込めて、ひたすら星5の口コミを旅サイトに入力して頂く──我ながら、なんてナイスなあぃでぃぃぃぁあ!!」
「氷柱壁!」
得意気に絶叫する支配人を氷漬けにして、私は女将に向き直った。
「……そんなことだと思ったわ。そっちも同じつもり?」
「ま、まさか。ウチは元祖さんと違ってちゃんとモニターして頂こうかと……」
女将の目が分かりやすく泳ぐ。
「よし、わかった。じゃ、モニターする前にあんた達、ここでプレゼンしなさい?
それぞれ、宿のウリは何? 客を呼ぶならば、それなりの知名度と話題性! メリットがないと人は動かないのよ!」
「おぉ! さすが守銭奴ミナミ! 言うことが深い」
フェズが感心したように言う。
「……ウチの名物はやっぱり、ヌカヅケーノのフレッシュ姿漬けですかね」
元祖の従業員が巨大なぬか漬けの袋を取り出す。
袋の中で何故かウネウネと踊っているヌカヅケーノ。確かに──見ようによっては生きが良く、新鮮だ。
「こっちはガーリックンの浅漬けですね」
本家の従業員も、まだ袋の中でクネクネ動いているニンニク漬けの袋をぶら下げた。
……どっちもまだ生きてるじゃないのよ~!
「こんなもん売れるか! 臭いし、気色悪いわ! お前ら全員廃業決定……」
私の右手の凶悪に膨れ上がる光を見て、従業員たちはぬか漬けとニンニク漬けを放り出す。
「わぁ、ちょっと待った待ったー!」
「あります、まだ色々ありますから~!!」
あわてて店の中に飛び込んだそれぞれの従業員達は、私の前に土産の山を積み上げた。




