63話 お客様は神様です。
無数のかがり火に照らし出されたそれは──何故か二軒出現していた。
まるで鏡で映したような──幽霊が出そうなボロ屋である。
「ねぇ、幻の宿って一つじゃないの?」
「私に聞かないでよ……」
アイルに尋ねられ、私は我に返った。
突然、けたたましい祭り囃子のような音楽が鳴り響き、目の前の建物から男が二人、走り出てきたかと思うと近くにいたウォルにへばりつく。
「ちょっと、おにーさん。良い男! 寄っていって下さいよ。当店は良い湯が揃ってますよ! 見たこともないような天国に連れていって差し上げますよ~」
半纏を来た小太りの男がウォルの右腕を掴み、まるで風俗店の客引きのように店の玄関の方へ引っ張りこんだ。
「イヤイヤ、そんなボロ屋の宿の毒湯に入ったら、本当にコロッといっちまう。当店のレインボー風呂はいかがですか? あと自慢の料理テクニックでお客さんのアソコをギンギン元気にさせてごらんにいれますよ」
針金のように痩せた前掛けをした男がウォルの左腕を引っ張り、外へ引き戻す。
「何をする! その辺のぬか漬けモンスターを捕まえて出しているクセに、よく言うぜ!」
「お前のところこそ、ガーリックンをおろしてスタミナ料理づくしをしてるじゃないか!」
ウォルを挟んで唾を飛ばしあう、客引き男たち。
「とにかく、ウチに来て下さい!」
「いいや、ウチだね!」
「……ヤメロ! ゴホゴホッ、ちょ……息がぁっ!!!」
詰め寄られ、首もとを締め上げられたウォルテールが目を白黒させた。
「まぁ、いー男ねぇ。おにーさんもうちにおいでなさいよ!」
フェズはいつの間にか出てきた仲居風の女にがっちりと服をつかまれて蒼白になっている。先日女アンテッドに襲われた後遺症だ。フェズはまだ女性アレルギーが治らない。
オーカーもいつの間にか別の客引きに捕まって、グイグイと両方から腕を掴まれ、綱引きのようにあっちに引っ張られ、こっちに引っ張られしていた。
「わぁ、豪快な客引きだねぇ……」
「いや、止めてやった方がよくないか?」
アイルは面白そうに眺めていたが、真面目なフォグルは困ったように私を見た。
しょうがないわね。
私はそのアイスブルーの瞳には弱いのよ。ワンちゃん。
「全く、手間のかかる……疾風弾!」
適当に宿の前に居た客引き達を勇者ごと吹っ飛ばす。
「「うわぁっ!」」
「ホーッホッホ、まずはお黙りっ! とっとと静かにしないと二軒ともあんた達ごと消してやるわよ?」
片足をその辺の岩にのせて私は高笑いを交え、見下ろしてやった。
(女魔王だ……)
(いや、女番長だ!)
(逆らったら殺される──)
(ヤバい、ヤバい……)
ちょっとボロ屋根と壁に穴が開いたせいか、どいつもこいつも真っ青な顔をして黙ったわね。ヨシヨシ。
なんか妙なことを口走っていたヤツもいたようだけど、許してあげよう。私は寛大な聖女なのだ!
「とりあえず……フロスティが宿泊したのはどっちの宿なのよ?」
私は大事なことを忘れないうちに聞いた。
うん、だってこれが今回の目的だもん。
「フロスティ?」
「さぁ……?」
「そんなお客さん、最近おいでになりましたかね?」
客引きたちは互いに顔を見合わせて首をひねる……なにか隠している様子は見られない。
「グローカス領主の娘、フロスティ=グローカス。ここを先月利用してるハズよ! 銀色の髪の身体も態度もでっかい、いけすかない女。思い出さない?」
私は苛々して叫んだ。
「さぁ。女のお客さんはあなた様が何年ぶりかですし……ダンジョンに女冒険者が来るのは近頃珍しいんですよ」
小太りの客引きが懐から出した帳簿を見ながら言った。
「マジ!? そんなはずは……じゃ、ちょっと貸金庫を見せてくれるかしら? 忘れ物があるらしいのよ」
もはや、こうなったら捜索あるのみ。
「ウチに泊まってくれたらお教えしますよ」
「ウチも泊まってくれたらお教えします」
ニコニコして客引きの奴らはこんな時だけ仲良く言いやがった。
「わかったわよ! 両方とも泊まってあげるから、まずは責任者出しなさい」
私の言葉に客引きは固まる。
「くれーむ?」
「くれーむか?」
「あの女、壁に穴開けたくせに」
「屋根を吹っ飛ばしたくせに」
……面倒くさいヤツらめ。
私は客よ! 接客業の基本、「お客様は神様です」を叩き込んでやろうか?




