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第58話 グルメストリートの罠。

私は知らない街を歩くのは苦手だ。


どっちが南で、どっちが北かわからなくなる。


このキャクタス・シティは旧市街と新区画があまりきちんと整備されていない。

真っ直ぐに歩いているつもりで、真っ直ぐに歩けていないという状況が発生していた。


町が人口が増えて拡張していく時に、家の増改築していくように、ツギハギで蛇のようにうねる川にそって、家を建てていったせいだろう。

高い建物や派手な商店などを目印に地図とにらめっこしながら歩くしかない。


「……ウムム。これじゃ、迷子じゃないの!」

私は唸り声をあげた。


「ねぇ、新しい宿にいつになったら着くの?」

アッシュの無邪気な声に不機嫌MAXの声で答える私。

「そんなの知らないわよ……」


「腹へった……」

便利屋ミナミの看板を背負わされたウォルが情けない声をあげる。


「……言うと思った」

「凄いなー、ミナミ。さすが聖女だな。どうして俺達が空腹だとわかったんだ?」

オーカーは真面目な顔で私を感心して見た。


「……ハイハイ」

もう、何か言う気力も失せて私は黙々と歩く。


格安で見つけた安宿をギルドのおっちゃんに襲撃され、やむなく宿替えすることになった私達。

便利屋ミナミの仕事が入っていたレドは、フォグルと眠っているカーディナルを馬車に乗せて荷物を積んで先発していた。


ギルドに報復攻撃を……もとい、事情を尋ねようと朝イチに襲撃……、ウォッホン、ええと訪問?したんだけど、臨時休業の看板がかかり、もぬけの殻だったわ。


うぬぬぬ……!



思わず街中だというのに魔王斬を軽く一発、ぶっぱなしてしまったわよ。


ちょっとギルドの一角がクレーター状になったみたいだけど私の知ったことではないわ。ホホホ。


それで何だか大騒ぎする群衆に紛れ、役立たず勇者どもに引き摺られるように現場から逃走……もとい、引き上げてきたのよね。


そうそう。

それでなんとなく気が収まらなくてイライラと歩いていたら、ある通り(ストリート)にさしかかって……なんとそこにはとても恐ろしい罠が私たちを待ち受けていたのよ!


そこは「グルメストリート」という飲食店が密集している一角だったの。


最初に案内所で渡されたガイドブック付録の割引券にひかれ、入った食堂で食べ放題ランチをたらふく詰めこみ、宿のある目的地方面へ歩きはじめてすぐ、試食のクッキーにつられてカフェに入っておやつを食べ……。少し歩いては川沿いの屋台で串焼きなどをつまみながら歩き……。

市場のおばちゃんの差し出す皿から、漬け物を受け取ってタダでお茶を飲み……。


結局。この「グルメストリート」から今日一日、私たちは脱出できなかった。


だって。


「はーい、今だけ無料!」

「どうだい、この試食! 自信作だよっ」

「今なら半額! 制限時間内なら無料だよ」

という魅力的な呪文がやたらとあちこちからかけられるのよ。

本能的に足が止まってそちらを見てしまう。


何て恐ろしいところなの? ここは!



目の前には、これで本日三度目の「たらふく食堂」の看板が見える。やはり、同じところをグルグル回っているようだ。


……はぁ、昼のあのバイキングは味付けが濃かったわねぇ。


ネオンがパラパラ点灯し、立ち並ぶ商店や家々から、夕飯の支度のにおいが立ちこめ、私たちの鼻をくすぐった。


じっくり煮込んだ野菜とスパイスの香り。これはカレーだろう。さらに脂ののったお肉を焼く、よだれものの香りまで漂ってくる……。


うわぁ。あんなに食べたのに、私までお腹がすいてきたじゃないの。


このグルメストリート……満腹になっても食欲が減退しない呪いでもかけられてるんじゃないの?



「……」

ピタリ、と私は足をとめて勇者ズを振り返った。

「……夕飯にしよっか……」


「やったぁ!賛成!」

「そうした方がいいな、うん」

私の言葉に鼻を広げて犬のようにクンクンしていた勇者ズが歓声をあげる。


空は、だんだん色を失い闇色に変化してきていた。


……負けた。このグルメストリートに私は負けたんだわ……。



重い敗北感に打ちのめされて、私は空を見上げたのだった。



§§§


昼に入った「たらふく食堂」から、ほんの数軒離れた焼き肉のにおいがプンプンする「食い倒れ亭」に私は虚ろな目をして足を踏み入れた。

後ろからキャッキャと勇者たちが嬉しそうに私について入店する。


「俺、カルビ!」ウォル。

「ねぇねぇ、このオススメ盛り頼んでいいかな?」アイル。

「あ、鍋もあるよ~」アッシュ。

「おっ、米が光ってるな」オーカー。

「何でもいいけど、はやく鉄板に火をつけろ!」フェズ。

「……」ロンサール。


「何、ミナミ不機嫌な顔してるの?」

アイルが呆然と座る私の顔をのぞきこんだ。


「ほら、これ美味しいよぉ」

アッシュがニコニコと私の手元の皿に焼けたお肉を放り込む。


「うーん……」

美味しいけど、やけ食いにもほどがあるわ。


早くここから脱出しないとせっかく便利屋ミナミで膨らんだ財布がガリガリに痩せそうだ。


だいたい、今の仕事の受注システム。バラバラと出かけてそれぞれ依頼をこなすのって意外に効率悪いのよね……。


「……ウフフフ……」

アッシュが運ぶカリカリに焼けた肉にかぶりつきながら、私は不気味な笑いを浮かべた。


いいこと、思いついちゃった。


私のその笑いをみて、勇者たちは青い顔をして一斉にフォークや箸を取り落としたのだった。

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