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第54話 夫婦イベント。

「きゃぁぁぁっ……襲撃?それとも押し入り強盗!?」

……ちょっと強く叩きすぎてしまったのか、扉を開けると受付の若いおねーちゃんのひきつった顔。


チッ、この程度で小心者ねぇ。


「暫く滞在したいので、本登録をお願いしたいんだけど?」

「え……?一体何の?」

不審そうな声をあげる受付嬢。

「お仕事のよ!」

「は、はい。では担当を呼びますのでお待ち下さい……」

私の殺気を感じたのか、ひきつり笑いを浮かべて受付嬢はささっと奥へ消えていった。


立ち尽くすことしばし。


待ち疲れ、そのへんに座りこむ私。

ったく。椅子ぐらい置いておきなさいよね。


あ、ロンサール!立ったまま寝てんじゃん……!器用なヤツ。


大理石のひんやりした床に座ってたら、なんだかお尻が冷えてきたわ……やだ。トイレ行きたくなったらどうしよう。


「ちょっとお!いつまで待たせんのよぉぉぉ!」

待ちきれなくなって、私は再びゲシゲシと両手をカウンターに叩きつけた。


その音に、ビクッとしてロンサールが目を覚ます。


何かが割れたみたいな音がしたけど不可抗力よね?

最近の机はユニットのせいか脆いわぁ……。


「大変お待たせして申し訳ございません。本日は担当者が不在でして……」

四十代半ばぐらいだろうか。奥から慌ててがっしりとした身体つきのオヤジが出てきた。そして中間管理職の悲しさで、条件反射のように額をカウンターに擦りつける。


おかげで短髪のちょっと頭頂にハゲがある後頭部しか見ることができない……。

オヤジ、苦労してるんだなぁ。


「あ~、別に担当者じゃなくても書類受け付けてもらえば済む話だと思うんだけど?」

若干、頭頂ハゲに怒りをやわらげた私は穏やかに言った。


「ええと……確認ですが御夫婦様ですよね?」

「そうよ、それがなんか文句あるの?」

「……あ、いやそれが……それですとお写真をお願いしたく……」

「写真?」

登録にいるのかしら?免許証みたいなもん?


「は、はい。皆様にお願いしておりまして……」

「なしで受け付けなさいよ?もうこの時間から写真屋に行ってる暇はないわ」

「いや、あの……当方にカメラがございますので大丈夫です」

私は面倒くさくなって渋々、写真を撮ることに承知した。


「わかったわ、写真ね。ほら、さっさと撮りなさい。一枚だけよ!」

私はさっと右手で髪の毛を撫でつけて、身体を斜めにしてオヤジに微笑んでやった。


……悲しいことにこれが、写真と言われると思わずとってしまう、ジャパニーズ学級写真ポーズだ。


「あのー、奥様……すみません?」

恐る恐るオヤジはカメラを構えながら言った。

「何よ!」

「ご主人が入らないのですが……」


「あ?主人?」

そういえば、ロンサールのこと忘れてた。


「もうちょっと寄っていただかないと、御夫婦で愛のキスはできないかと……」

「はぁぁ?」

「いや、まぁ、皆様にお願いしておりまして……」


オヤジ!さっきからあんたそればっかりだな!



でも、これがラブイベントってやつね……。


夫婦でキスって、結婚式か!?

こんなキスごときでイマドキのプレーヤーが喜ぶと思うなよ……ゲーム運営会社め。


「あのね。おじさん、夫婦が必ずラブラブだと思ったら大間違いよ?あんたもその年齢ならわかるでしょ?嫁はいるの?」

「へっ……?私ですか?」

オヤジはカメラを構えたまま、私の質問にキョトンとして答える。


「は、はい……一応おります」

あら、いるんだ。まぁ、身体は丈夫そうだし、ギルド勤めだから給料はいいのか。


私は値踏みするようにオヤジを見た。

まぁ、若い頃はそこそこモテたのか?背もあるしね。腹が引っ込んで、髪の毛がフサフサだったら、まぁ有りか。


「へぇ、良かったわね。何年目?」

「じゅ、十年ちょっとになりますが……」

「十年かぁ。じゃあ、わかるでしょ?夫婦には倦怠期ってもんがあるの。相手がイヤでイヤでどうしようもない。それこそG以下に見える時もあるのよ!」

私の力説にタジタジとなるオヤジ。


「ゴキ……G、G以下!?」

「そうよ、あんたも嫁に生ゴミか、粗大ゴミ。時には使用済みオムツ以下に見られてる時もあるはずよ?」

「使用済みオムツ……」

何だか腑に落ちるところがあるのか、だんだんオヤジの顔色が悪くなっていく。


「それに夫婦っていったって、可哀想なDV嫁かもしれないし、愛のない政略結婚に苦しむいたいけな嫁、姑の嫁いびりに苦しんでる悲劇の嫁かもしれないじゃないの!そんな夫婦にまで、あんたたちは偽りでもラブラブを演出しろというの?」


ミナミはとてもそんな嫁には見えない、というツッコミが他の勇者ズなら入りそうだが、ここに居るのはロンサール。

何やら言いたげな視線を向けてくるだけである。


「夫婦だったら、恥ずかしげもなく人様の前でラブラブチュッチュッできるはずだって考えが一般的ではない、って何でわからないのよ!」

「……えぇとぉ、それほどお嫌ならご参加されなくても良いと思いますが……」

オヤジは私の剣幕についにカメラを置く。


分かればいいのよ、わかれば。


……でも、参加?

参加って何?

登録出来ないってこと??それは困るわね。


その時。

トントン、とロンサールが私の肩をたたいた。

「何?」

私が振り返ると、ロンサールが壁のポスターを指し示す。


「げ……」

壁には『ラブラブ夫婦企画!素敵なkissフォトコンテスト』のポスターが貼ってあったのだった。

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