第37話 美少女、襲われる!
足が痛い、虫が飛んでくる等々文句を垂れ続けるメイド服のアイルと林道を歩き、シーモス山登山道の入り口にたどり着いた。
「も~、疲れちゃったよぉ」
へたりこむアイル。
「体力のない勇者ねぇ」
「え~僕、今、女の子だから」
「いつもと変わらないけど?」
「そんな事ないよ。あ~あ、やっぱり誰かと交代してもらえば良かった……」
「今更何よ?」
もう、敵は目前。こんなところでやる気を失われても、交代要員はモーベットさんの屋敷だ。
留守番組はモーベット屋敷の人手として働き中。特にレドとアッシュの兄弟が優秀なハウスキーパーとして活躍。
その働きぶりからモーベットさんに大層喜ばれているみたい。お好きなだけ居て下さいね、という好意に甘えさせてもらって、ウォルたちも待機させてもらっている。
「だって、ミナミ。僕のピンチ、助けてくれる?絶対真っ先に見捨てそうだもんね……」
「あはは……」
それは、わかんないわね。
確かに。
「ほら!僕を餌に奴らと一緒に吹っ飛ばすとか超ヤりそう」
ジト目で私を見てくるアイル。
まぁ、ありうるわ……。
「アイルは外すように努力します」
「本当かなぁ」
「まぁ、とりあえず呼び出すよ。打ち合わせ通り、旅に出た兄のロンサールを探しに来たってことでよろしくね」
「ロンサール、本当に居るのかなぁ?」
金があるとは思えないロンサールも山越え組だろう。
もう、だいぶ前に捕まって生け贄で喰われ済みだと、どうしようもないけど。
とりあえず、フェンリスは人食いをしないんじゃないかという仮説から、捕まってる可能性は高いと思うのよね。
「別にロンサールは居なくても問題ないわ。まずは大人しく捕まって、他の生け贄さんと合流よ。それからブッ潰す予定だから、暫くそのまま女子してるように」
「へーへー。美少女アイルにお任せ」
両手をグーにしてぶりっ子ポーズをとるアイル。似合い過ぎて怖いわ。
「ハイハイ。可愛い可愛い。じゃあもう行きますか……」
「せーの!」
アイルと顔を見合わせて、紐に鈴が結んであるだけの原始的な警戒線にわざと足を引っかける。
ガランガランガラン……!
「何者だ!」
鳴子の音が響き渡ると、登山道の入り口の近く、ポッカリと開いた大きな洞窟の中から武装した男達がワラワラと出てきた。
「ほら来た来た」
「うわ、悪そうなカオ……」
バラバラとディケム村に到着した時のように、自衛団とおぼしき荒くれた男達が集まってきた。
「こないだのヤツらかな?ミナミ覚えてる?」
「そんなのイチイチ覚えてるわけがないでしょ?」
「それよりもさ~、なんか汚そうな服。ねぇ、ミナミ。僕、臭いのは本当に我慢できないんだけど」
「ここは山なんだから多少は我慢しなさいよ。大体ねぇ、生き物はクサくて当然なの!」
「え~、僕、クサいおっさん耐えられない……」
「おい、さっきから何をブツブツ言っている!」
私らが緊迫感なく、ヒソヒソ話してるのに耐えられなくなったのか、先頭の男が苛立ちを露わに剣を抜いた。
「娘!何用だ」
「兄を……私たち姉妹は兄を探しておりますの」
さっきまで散々クサいクサい連発していたクセに、ノリノリで両手を組んでお願いポーズをするアイル。見事に美少女だ。
「ほぉ、兄だと?」
「はい、シーモス山を越える旅に出たのですが、ディケム村に立ち寄って以来、消息が不明になっておりまして……兄がひょっとしてこの山中で遭難でもしていないかと心配で姉妹でやって参りました。何か、皆様兄のことをご存知でしょうか……?」
「ふ……ん」
男たちはアイルのセリフを聞いてニヤニヤと顔を見合わす。
「めっぽう美人の姉さん達。俺たちが兄さんに会わせてやろうか?」
最初に剣を抜いたリーダー格らしい男がイヤらしく笑いながら近寄ってきた。
「え?兄をご存知ですの?」
「あぁ、たぶんな」
男たちは段々、私たちの回りを囲うように距離をつめてくる。
「良かったですわ。魔物の生け贄になったんではないかとの噂をディケム村で聞き、私たち心配しておりましたの」
わざとらしくアイルは感激した風を装って、私と抱き合った。
「その親切な村人は山に近づくな、とは教えてくれなかったのか?」
リーダーらしき男の合図でアイルと私の両脇をガッシリと男達が押さえ込む。
「きゃぁああん~っ!!」
ちょっとわざとらし過ぎるアイルの悲鳴。
「……くっ」
確かに、臭い。
シャワーは当然ないとして、この辺は高原の乾燥地帯、水浴びする池すらないようだ。左右から私たちを拘束する下っぱの男たちから、獣のようなスエた体臭がムワンッと立ちのぼってくる。
「うぇっづぷ……」
臭いに悶える私たちの姿を見て、恐怖で怯えていると勘違いした男達。
「ミナミぃ」
涙目で訴えてくるアイル。
もうちょい耐えなさいよっ!という想いをこめて、頷く。
「本当に二人とも上玉だよなぁ。このまま大人しくあいつらに渡しちまうのは勿体ない」
「見ろよ、この肌。スベスベ、たまらん匂いだぜ」
「うぎゃ~!」
アイルが男達にスリスリされて悲鳴をあげる。
「お頭、ちょっと味見しても構わないか?」
「そうだな、くれぐれも顔だけは傷つけるなよ。二人とも高く売れそうだ」
リーダーっぽい男が下卑た笑いを浮かべる。
「売る、とはどういうこと?旅人は魔物の生け贄にされるんじゃなかったの?」
「生け贄?お前らはこれからあるお方に売られるんだよ。今からある意味、俺達に喰われるけどなぁ」
「痛ぁ!」
男達が乱暴に私たちを押し倒し、地面に四肢を押さえつけた。
強烈な臭いだけじゃなくて、固い地面の小石が地味に背中にあたって痛い。
もう限界よね。
「火炎……」
私が荒い息をしながら迫ってくる男どもを吹っ飛ばそうとした時、
「お前ら、ここで何をしている……?」
冷たい、地の底から沸きあがってくるような低い唸り声が響いた。




