第32話 セラドンスパの夜!〈後半〉
「いや~ん。ミナミ姫怖い~」
振り向くと何故か、アッシュが座りこんでヒックヒック泣き出していた。
「ちょっと!フェズ何したの?」
「僕は何も……アッシュが水と間違えてそっちのコップ飲んじゃったんだよ」
「あ~、アッシュもあまり強くないんだよな」
兄に背中を優しく擦られて、甘えるように抱きつくアッシュ。
「お兄ちゃぁん……」
泣き顔、うるうるのオメメで兄を見つめる弟。
お願い、やめて。兄弟でBLするの……似合い過ぎるから、あんたたち。
「そんなに凄いの?へ~香りは良いじゃん」
アッシュに気をつけてとられた隙にアイルまで飲み出してしまった。
「オーカーもどう?美味しいよ~!」
「俺は遠慮……」
「ボクの酒が飲めないっていうの?」
「うわっぁっ!」
瓶ごとアイルに口に突っ込まれるオーカー。
「こいつ、オラオラ系だけど普段とあんまり変わらないな」
「そうね」
強引に流し込もうとするアイルから噎せるオーカーを引き離す。
「やだぁ。まだ飲むぅ」
酒瓶を取り上げたフェズに絡みつくアイル。
「こら、やめとけってお前」
「だいたい、フェズはズルいんだよ」
「何のことだ」
「ミナミと何かあったでしょ?」
「「えっ!」」
アイルの言葉に固まる私とフェズ。
「こないだ、ひょっとしてキスぐらいした?」
「何でお前……」
「フェズ、分かりやすいもーん。顔に出てるよ」
「うっ……」
「でも、ミナミはフェズのこと何とも思ってないみたいだよね」
「うん」
ここは、ハッキリ頷く私。あのキスは事故だ。
アンテッドの恐怖からの逃避行動だもん。
「え?」
「あれ、単なるアンテッド逃れでしょ?」
あ、フェズ。頭抱えて蹲ってる。
またアンテッド思い出しちゃったかな?
「ちょっと、アイル寝ちゃダメ!」
アイルも結局、弱いんじゃん。年下組は今後、アルコールは絶対禁止ね。
はっ、年下といえば、もう一人居たっけ。
「オーカー大丈夫?」
ボンヤリとソファーの陰に座っているオーカーの目の前で、私はヒラヒラと手を振った。
振った手を、いきなりガシッと力強く引っ張られ、視界が反転する。
「げっ!」
ソファーの後ろにそのまま押し倒され、オーカーに荒々しく唇を熱い舌でこじ開けられ絡めとられる。
「……ん…うっ……」
ツーンとアルコールの濃い匂いが鼻につく。
オーカーのアーモンド型の深い黒い瞳はボウッとしたままだ。
この、酔っぱらいめ~っ!
大柄な胸板を押し返すがムダに鍛えてあるのでびくともしない。
大きな右手が胸元から侵入して、ゆっくりと感触を楽しむように動かしてくる。
クソ真面目だと思ってたら、ムッツリか!?
何とか顔を背けようとするが、ぐっと後頭部を押さえ込まれてさらに深く絡められる。
「……うっ……ふぁ!」
凄い力で抱きすくめられて、背骨が軋む。
このバカ力っ、離しなさいよっ……身体が折れるわっ!
下半身にも何か固いの当たってるし、発情してんじゃないわよ?!
仕方なく、急所を握りこんでやる。
「……っ!」
オーカーの身体が跳ね、目論み通り濡れた唇が離れた。
ふん、女慣れしてないのに私を襲うなんて、何万年早いっ!
瞬時に詠唱を完成させる私。
「睡眠の粉」
本当はウォルのように吹っ飛ばしてやりたいところだったが、オーカーがこうもピッタリ私にくっついてる状態では、巻き添えをくってしまう。捨て身の攻撃魔法を使うのは、魔王を相手にした時ぐらいだ。
「うぇっ」
ドンっとオーカーの体重が私の上に乗ってきた。オーカーは呑気に寝息をたてている。
「重い……」
ゴロンと大きな身体を押しのけて、何とか私はソファーの後ろから這い出した。
ったく。
どいつもこいつも酒癖悪っ!
部屋を見回せば、まだ何で泣いてるか分からないけど、しくしく泣くアッシュ。天使の寝顔で気持ち良さそうにスヤスヤ眠るアイル。赤い顔のまま、氷をくらって昏倒したままのウォル。発情して眠らされたオーカー。
そして、アンテッドを思い出して頭を抱えてフリーズしたままのフェズ。
「すみません、ミナミ姫。ありがとうございます」
ぐずぐず言う弟を抱っこして宥めながら、レドグレイが嫌々、部屋から毛布を運んできた私に声をかけた。
あ、正気な人が一人だけ居たわ。
本当にレドはお兄さんよね。
「レド。悪いけど手伝ってくれる?本当にコイツら……手のかかる……覚えてなさいよっ!」
「誰も覚えてないと思いますけど?」
苦笑して、アイル達に毛布をかけて回るレド。
「だよね……」
「うぇぇ~!気持ち悪いっ。ミナミぃ」
突然ムクッと起き上がるアイル。
「ちょっと、ここで吐かないでっ!」
慌てて押し止める私。絨毯の上で吐かれたら宿泊費上がるじゃないのっ。
「なんか、グルグルする~!」
やっと泣き止んだアッシュもフラフラし出す。
「アッシュもトイレ行きなさいっ!」
「洗面器とタオル借りてきました~!」
「さすがナイス、レド」
折角お金を張り込んで泊まったスパの夜は、酔っぱらい達の世話で更けていったのでした。
本当に大学サークルの合宿かぃっ!?




