第13話 魔王の誘惑!
「今日はお望み通り、実体だぞ。ミナミのおかげで我が手で抱けるな」
「離しなさいよっ」
背後から抱きすくめられ、あっという間に銀色の美しい魔王の腕の中に囚われていた。
足を踏んづけ、腕が緩んだところで腕からするりと抜け出ると、私はその整いすぎた魔王の顔面に渾身の拳を叩きつける。
「ここでの一番のじゃじゃ馬はお前だな」
カーディナルは私からの拳を軽くかわし、口笛を吹いた。
「ま、せいぜい可愛がって、乗りこなしてみせるさ」
「一生ムリ。落馬するがオチよ」
紅い妖しい瞳が熱を帯びて私を見下ろす。
「それこそやってみないとわかるまい?」
その妖しい瞳に思わずとらわれそうになり、私は頭を振って懐剣を構えた。
「ところでカーディナル。本当にあなたが馬を暴れさせてるんじゃないでしょうね?」
「まさか。馬は我には関係ないことだ」
「じゃあ、今はこの間、封印を解いたから出てきたってわけ?」
「まぁ、実体化できたのはそのお陰だな」
「じゃあ、ここで倒したらオシマイかしら?」
「そればっかだな、お前」
呆れたようにカーディナルは呟いた。
「この世界で、他に何かすることがあって?」
「我と楽しめることが沢山あると思うぞ?」
「私には魔王と遊んでる暇はないのよ。やることはあなたを倒すことだけ」
「やれやれ。では残念ながら、その腕輪の封印を解いたからには魔石を集めないと何度倒しても我は甦る。先は長いぞ?聖女ミナミ」
「……騙したのね」
「騙してはいない。封印を解いたのはお前の意思だ」
「わかったわよ。でも、倒せるかどうかはやってみないとわからないんじゃない?」
私は懐剣に魔力をこめて、背後に斬りかかった。
「遅いな」
カーディナルのどこからか現れた魔剣に弾き飛ばされる。
受け身をとるが、衝撃を受け止めきれない。
「くっ」
体術では勝てない……体格差もあるが、やっぱりスピードが負ける。
私は地面に転がりながら、体勢を立て直した。
油断させて、隙を狙おうか。
でも、どうやって?
やっぱり定番、かな。気はすすまないけど。
ちゃんと引っかかれよ、エロ魔王!
「勝負あったな」
カーディナルは息一つ切らさず、涼しい顔で実体化させた魔剣を消す。
「……まだまだっ」
突きかかる私の拳をひょい、と避けるとガシッと私の両手を拘束して厩舎の壁に押しつけた。
これは、いわゆる壁ドンってヤツですね?
大きく眼を見開いて捕まった、フリをする。
「カーディナル……」
私はあざとく上目遣いでトロンと魔王の整った顔を見つめた。
「ミナミ……!」
カーディナルは感激したように呟き、大きな身体が熱く私を包み込む。
「かかったわね!魔王ざ…」
私はカーディナルに抱きつかれたまま、魔法斬の詠唱に入る。
「……んんっ!」
唱え終わる前に、カーディナルに唇を塞がれた。
あっという間に口腔内に侵入され、上顎から歯列をなぶるように舐め回される。
熱い舌が強く逃げ惑う私の舌を吸い上げるかと思えば、宥めるように甘く優しく舌を絡められる。
必死にイヤイヤするように首をふって逃れようとするとがっちりと後頭部を固定されて、いっそう深く口づけられ、唾液を飲まされ、啜られる。
「……ぁあ……っ!いやぁっ……ん……っ」
頭の芯がぼぅっとして、魔王に襲われていることを忘れそうになるぐらいの快感に襲われた。
熱い。身体が蕩けてしまうよう甘い痺れが走る。
「…はぁ…んっ…」
「ミナミ……」
魔王の口づけは唾液に媚薬が含まれているんだろうか?
身体がたぎるように熱い。
人外の存在になぶられて、快感のあまり意識が霞む。
魔王の冷たく長い指がスカートを捲し上げ、下着の上から下半身をなぞりあげていても抵抗することができない。
まずい!このままだと魔王に犯される!!
何処か残った理性が狂ったように警鐘を鳴らす。
が、身体が、動かない。
「ミナミ姫~?どこぉ?」
「早く~ご飯だよ」
「もう、肝心な時にいないんだから」
「先に食っちまうぞ~」
呑気なアイルたちの声で呪縛が解けたように私は我にかえった。
魔王の厚い胸板を力一杯、押し返す。
やっと離れたお互いの唇からアーチ状に唾液が糸をひいた。
私は腫れた唇を噛みしめて、自分を未だ拘束する魔王を睨みつける。
「カーディナル、どういうつもり?」
「それはこちらのセリフだ。お前、わざと誘い込んで我に斬撃を食らわせようとしただろ?」
「そんなの引っかかる方が悪いのよ」
「やれやれ。良いところだったのにな。正気に戻ってしまったか。さてミナミ、続きはどうする?」
「もう結構よ!」
魔王はパッと私の身体を離した。
身体を包んでいた熱が離れ、思わずその感覚が名残惜しくて私は何故か、自分の身体を抱きしめる。
「ふふ……強がりを」
カーディナルは先程まで、私に中に差し入れていた指を淫猥な真っ赤な唇でペロリと舐めた。
「まぁ今、お前をここで拐っていくのは簡単なことだ。でもそれでは面白くない。この長い道中で、お前の身も心も手に入れてみせようではないか?」
「何言ってるの?とっとと倒されるの間違いじゃない?」
魔王の仕草に、先程まで快感に翻弄されていた自分の痴態を思い出し、顔に血が昇った。
「そのうちお前から、我のところに喜んでやってくるようになる。その日を楽しみにしてるぞ」
「そんな日はこないわ!」
「ふん、先程まで蕩けそうな顔をして満更ではなさそうだったがな?」
「気のせいよっ」
満足そうな笑みを浮かべたカーディナルは、闇に消えていった。




