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究極のブレイン

 紫が東棟の事務室へ案内してくれた。


 玄関を入ってすぐ右に折れ、東棟へ入ってすぐの部屋だ。

 事務室とはいえ、重厚な造りで、趣味の良さが伺えた。


「惟光さん」

「あんた、俺の上司なんだろ?」

「一応、そういうことになるらしいんだけど……」

「だったら、惟光で良い。何となく、気色悪い」

「でも、年下だし」

「十六だって?」

「うん」

「確かに年下なんだが……あんたに『惟光さん』って呼ばれると虫酸が走りそうだ」


 少し考えて言った。


「分かった。じゃあ、こうしよう。あんたは、俺を『惟光』って呼ぶ。で、俺は、あんたを『紫』って呼ぶんだ」

「なるほど」

「二人称は、適当にする。ってので、どうだ?」

「ラジャ」と、敬礼した。



 どこで覚えたんだ?



 頭痛がしそうだ。






 この屋敷では、敬礼が流行はやりなんだろうか?



 でも、明らかに、俺の上司の方が美保より可愛い。


 だが、こいつと、どうやって付き合えば良いんだ?




 大問題だった。



 紫は、事務的に説明した。


「惟光はこのデスク使って。パソコンはこれ。ハッキングとか、できる?」

「いや、それは……って言うか、それって、犯罪だろ?」

「建前はそうだ。でも、ファイル共有ソフトを使ったり、ハッキングしたりして、いろんな情報を手に入れることができたら、それに越したことはないだろ?


 でも、ウイルスと情報流出には気を付けてね」

 


 今度は、ハッキングってか?

 ったく、無茶苦茶だ。




 頭を抱えた。

 それを要求しているのは、幼いとさえ言える小娘なのだ。




「あの論文集の論文や採用のときのレポートを読むと、惟光は優秀だ。なのに、知事や大統領になる道を選ばず、光を陰で支える道を選んだ。

 どうして?」


 それを訊くか?

 面白くないが、上司の質問だ。正直に答えよう。


「選挙に出でも、勝てるとは思えなかった。

 実際、選挙に勝つのは、代々政治を家業とする二世三世か、テレビにしょっちゅう出ている有名人だ。俺のような普通の人間に希望はない」


 紫は、なるほど、とうなずいて説明した。


「第二次世界大戦後、いろんな制度が民主的に改正された中で、公職選挙法は、普通選挙法の流れのままなんだ。

 だから、選挙運動も原則禁止で限定的に認めるみたいな形になっている。

 そもそも先進国でも珍しく選挙期間を限定しているけど、その期間が異常に短いんだ。

 しかも、その限定された期間で運動するにしても、戸別訪問を禁止したり、ポスターを張る場所や枚数を制限したり、配布するビラの枚数を制限して1枚1枚に証紙を張る――これなんか、まるで内職だ――とか、選挙カーを1台しか認めない―知事選なんか広い地域に1台しかない車が走ってるけど、存在感に乏しいと言わざるを得ないだろう――とか、選挙カーに乗る人数の制限とか、いろんな制約があるんだ。

 そんな制限をしているのは、先進諸国にはない。

 しかも、選挙に出馬するのに、高額な供託金を要求する。貧乏人は選挙に出るなと言わんばかりだ。

 これは、有権者の政治に関わる様々な自由権の侵害になるんだけど、国連から改善するよう勧告を受けても、政府はスルーしてる。

 

 結果、いくら惟光が優秀で、すばらしい政策を掲げて立候補したとしても、テレビに出てる有名人でもない限り、その政策を周りにアピールすることができない。

 一応、選挙公報というものが存在するけど、必ずしも全戸に配布されるものでもないんだ。配布漏れがあったとしても、役所で手に入るからと問題視されないんだ。

 

 でも、政権与党は、その方が自分たちの勢力を維持できるだろ?

 死票が多く有権者の意思が反映しにくいといわれる小選挙区制が、政権与党に有利だから放置されているのと同じことだ。小選挙区制である限り、1票の格差は是正されないのに、最高裁がどんなに言っても、国会は小手先の修正でお茶を濁している。

 ゲリマンダリングってあっただろう?

 あれだって、その時の政権与党の都合が良い選挙区を作ったら、トカゲのような選挙区ができたってことで、選挙制度って、政権与党の有利なものになりがちなんだ。 

 

 そして、そういう制度は、往々にして惟光みたいな新人が表舞台に出ようとするとき、壁になるんだ」

 



 絶句した。

 

 俺は、これまで、与えられたルールの中で、政治の道を志してきた。

 

 だが、この少女は、ルールそのものの正当性を切って捨てたのだ。


「最も、どんなに不公平で面白くないなルールだとしても、ルールとして存在する以上、無視することはだきないんだろうけど……。

 いずれ、法廷闘争も視野に入れて考える必要があるだろう」

 

 

 ここまで言って、ニヤリと笑った。



「惟光、真面目なんだ。しかも、あの論文でも分かる。民主主義に幻想を抱いてるんだ」

 突然、紫が話題を変えた。


「幻想って?」

 聞き捨てならない台詞だった。


「民主主義は、制度としては、すばらしいものだ。

 でも、民主主義だって、間違うことがあるんだ。

 ギリシアの民衆がソクラテスに死を宣告しただろう?


 あれだ。


 大衆は、往々にして、馬鹿なんだ。

 馬鹿で、目先のことしか考えない。

 だから、大衆が暴走すれば、民主主義においても、無茶苦茶なことが起こり得るんだ。


 でも、その欠点を内包しても、なお、王様の統治より、大衆のための政治が行われる可能性が大きい。

 だから、たくさんの国家が、欠点を知りながらも民主主義をとるんだ」



 それが、どうした?


 さっきの選挙制度の話は意表を突かれたが、民主主義のことなら誰でも知ってる。


「それは、民主主義ってのが、最大多数の最大幸福を求めるための制度だからだ。ただ、惟光が考える大衆のための政治ってのは、大衆が賢くないとできないんだ。

 でも、現実の大衆は、選挙を人気投票のように考えている馬鹿が多いだろ?

 いっそ、選挙権を得るための資格試験でもしたら良いのにって、考えたことない?」



 確かに、数年前の州知事選挙では、能力も定かではない候補者が当選した。住民が、人気投票のノリで投票したからだ。


「馬鹿で、世の中の仕組みも何も分かってないのに、国を憂える優秀な人々と平等に一票持ってる。悪平等だと思わない?」 




 

 ま、待て!そこまで、言うか?



「でも、馬鹿だって、この国に暮らしているし、州や市の住民なんだ。

 住んでるところが、生活しやすいことを願っている。

 だから、ヒカルみたいな人は、大衆の思いをくんで、大衆のための施策を打ち出す必要がある。


 そのためには、まず、流れを作ることから始めるべきなんだ。


 馬鹿とはさみは使いようだ。


 それには、情報が必要なんだ。

 

 国や地方のために、国民や住民のために、今、どういう施策が必要かは、確固たるポリシーを持つことで、理論的に説明できる。

 でも、それを大衆が支持してくれるかどうかというと、別の話だ。


 逆に言うと、大衆は、利権を得ようとする連中に利用されることだってあるんだ。大衆の求めるものを汲みながら、みんなが幸せになる方向へ持っていく。

 そのためには、情報が必要なんだ。表の情報だけじゃなく、裏の情報もね。

 違法かもしれない。でも、ぎりぎりの所まで情報収集しないと、せっかく大衆の政治をしようとしてるのに、その大衆に足下をすくわれかねない」


 なるほど、その通りかもしれない。



「ボクは、ヒカルが足下をすくわれるようなことだけはしたくないんだ。

 あなたやボクは、陰の存在だ。足下をすくわれたって知れてる。

 でも、ヒカルには、とんでもないダメージになるんだ」

 

 この子は、光の究極のブレインだった。



紫はものすごく優秀なブレインで、惟光はタジタジです。

先が思いやられる展開です。

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