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怪獣ミドリン

 せっかくだから、ご飯を食べていくといい。光は、そう言ってダイニングへ誘った。広いテーブルにディナーの用意ができていた。

 

 食事をしながら、光が仕事の内容について説明した。



「一部の人しか知らないんだが、私にはブレインがいる。


 君の仕事は、その人と一緒に情報収集したり、政策研究したりすることだ。

 仕事はその人が主体になるから、そっちの指示通り動いてくれれば良い。


 つまり、その人が君の上司になる。


 君の一番の仕事は、その人のお守りをすることだ。


 ちょっと変わった人なんだ。


 優秀という意味では、君や私が足下にも及ばない人だ。ただ、体が弱いんだ。


 私は、できればその人の負担を少しでも軽くしてあげたいと思っている」




 噂どおり、光には陰のブレインがいたのだ。

 光は、その人の負担を軽くしてあげたいと言う。思ったより、人情味ある男なのかもしれない。



 しかし、その人のお守りとは、よく言ったものだ。


 よっぽど頑固な人物か偏屈なんだろう。



 


 本格的なフランス料理だった。

 

 就職先が決まった安堵感と、生まれて初めて食べる料理のおいしさに恍惚とした。

 

 給仕をする執事に気が付いた。どこかで見たことがある。光は、彼のことを松嶋と呼んでいた。

 執事というのは、たいがい同じように見える。でも、確かに、見たことがある顔だった。




 あの喫茶店に現れた紳士だ。

 それに気が付いたとき、食事はほとんど終わっていた。


 


 滑り込むように入って来たメイドが、執事に何か囁く。執事が頷いて、光に何か告げる。


 話を聞いた光が、鷹揚に言った。

「食事をしたがらないとは困ったものだ。これから惟光くんを連れて行く、と伝えてくれ」

 


 メイドが頭を下げて、どこかへ消えた。


 



 コーヒーもそこそこに奥へ案内された。長い廊下を歩くと、廊下の色調が薄い紫に変わった。



「この屋敷の中央部分――中央棟と呼ばれているんだが、そこには、父が住んでいる。ただ、東京にいることが多いから、君が会うことはないだろう。


 私が住んでいるのは、東棟なんだけど、東棟の奥は見て分かるとおり、紫のエリアになっている――このエリアは、私しか入れないことになっている。


 今日、君を案内するのは、異例なことなんだ。

 ここから先は、究極のプライベートスペースなんだから」




 顔つきが少し変わったように感じた。

 仕事とプライベートのモードの切り替えが行われる廊下(場所)なのだろう。

 


 光は、突き当たりのドアをノックして、返事も待たずにそれを開いた。 






 薄紫の色調の部屋だった。

 レースのカーテンも分厚い遮蔽カーテンも薄い紫を基調としている。

 奥に天蓋付きの大きなベッドが置いてあったが、その天蓋の色もベッドスプレッドの色も藤色で統一されていた。

 部屋の隅に重厚な机や本棚が配置されていた。机の上にはパソコン。机と反対側にテレビがあって、緑色の何かがその前に座っていた。

 



 薄紫の色調の中で、草色に黄色のアクセントのそれは、異様に目立っていた。恐ろしいほど目立ちまくっている。


 よく見ると、それは、テレビに向かっていた。



「私が来ているんだけど……」



 光が、笑いながら声を掛ける。


「君の要望どおり、惟光くんを連れて、ね」


 チラッっとこっちを見て、緑の怪獣は叫んだ。

「ちょっと待って。まだ、弁慶さんが、好きって言ってくれないんだ」


「弁慶さんに言ってもらわなくても、私が何回でも言ってあげる」



 思わずのけぞった。


 こいつ、今、何て言った?


「ダメ!ヒカルの『好き』は、みんなに言ってるから、値打ちがないの。

 弁慶さんは、ボクにだけ言ってくれるんだ」

「二次元の男は、キスしたり、抱きしめたりしない」


 そう言いながら光は緑の怪獣を抱きすくめた。


「ボクは、三次元の男より、二次元の男が好みなんだ」


 邪魔されたことが不満なのだろう。口をとがらせる。


「セーブしなさい。惟光くんが呆れてる」

「だって、あのレポートできるまで、ゲームしちゃダメって言うから、ここんとこ、弁慶さんに会えなかったんだ」

 

 執事が怪獣をなだめて、コントローラーを取り上げた。

「じゃあ、私が弁慶さんのお付き合いをしてセーブいたしますから、紫さまは、若旦那さまとお仕事をなさってください」


 セーブするって?

 この爺さんが?


 そうか、よくあることなんだ。と、納得した。


 


 溜息をついた怪獣をよくよく見ると、喫茶店で出会った少年だった。



 若草色のボディに背中に黄色い三角のいぼいぼのついた怪獣の着ぐるみ(フリース素材のつなぎの一種)を着ている。



「どうしてそんな格好してるの?」

 光が楽しそうに訊いた。


 

 指で少年の唇をつついて、そっと耳元にキスする。


「だって、ヒカルが買ってくれるお洋服って、綺麗すぎて窮屈なんだもん」


 キスされるのも気にならないのだろう。少年は悪びれることもなく答えた。

 街中の女が地団駄踏んで悔しがるだろう。



「一体、誰がこんなの買ってくれたの?」

「この前の商店街の観察のとき、見つけたんだ。松嶋に買ってもらった。怪獣ミドリンってことにして」

「君は、綺麗なのに……」

「仕事は顔でするんじゃない。ヒカルもそう言った。

 でも、惟光さんを雇ったってことは……そのうち、ボクが要らなくなるの?」

「まさか?君は、私の専属のブレインだ。誰にも渡さない。

 でも、君に外回りの仕事を頼むことなんかできないし、体も弱い。だから、君の負担が少しでも軽くなるようにって、惟光くんに来てもらうことにしたんだ。

 チームヒカルの三人目ってわけだ。

 君には、そろそろ、他の付き合いもして欲しいし……」



 両手を少年の肩に置いて、微笑んだ。


「他の仕事は、ダメ!できないんだ!」

 はじかれたように叫ぶ。


「仕事じゃない。付き合いだ」


 光は、熱のある目つきで見つめて、唇を重ねた。


 女なら一発で落ちるところだ。




 予想に反して、緑の怪獣はあらがった。長い髪が激しく揺れて、中性的な美しさがきらめく。


「やめてよ!こんな社交辞令は、他の女の子にすれば良いだろ?

 大体、ボクなんか口説いても何のメリットもないって言っただろ? 

 全く、もう、女ったらしなんだから!」


「忘れた。どうメリットがないの?」。


「何度でも言ってやる!

 第一に、ボクには、選挙権がない。だから、ボクを口説いても票にならない。

 第二に、葵さま始めヒカルの恋人達がやっかんで、票が逃げる。下手すると、彼女達は対立候補に付く。

 第三に、例えボクの同意があったとしても、十六の子供を手込めにしたって、スキャンダルにしかならない。

 以上三点によって、ボクに手を出してもヒカルには、何のメリットもないんだ!」


「じき、大人になる。せっかくなんだ。いろんな経験をすべきだ。それに……鏡を見てごらん。君は、美しくなりすぎたんだ」

 

 少年の咆哮を全く無視して言ってのける。


 それから、声の調子を変えて俺に言った。


「惟光くん。君を推したのは、この人だ」

 




本当の話ですが、ミドリンの着ぐるみは商店街に売ってました。ルームウエアとして購入しましたが、暖かいし、ゆったりした着心地なので結構お役立ちです。

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