二条 光
少し短いですが、キリが良いのでアップします。
二条御殿。
高級住宅地の一画に、人々がそう呼ぶ広大な屋敷がある。
数日後、俺はそこに呼び出された。
明治の洋館を模したと言うことで、一見すると重要文化財のようだ。
公園のような庭に囲まれており、高い天井、広い廊下と無駄に広い。
ただ、明治期の洋館と違って玄関や廊下を始め家中に空調が行き届いている。庶民の俺は、光熱費の心配をした。
玄関を入って右、屋敷の東棟の一画に光の書斎があった。
案内したメイドが、ドアをノックする。中から、涼やかな声がした。
「お入り」
「藤原惟光さまをお連れしました」
そこに立つ人を見て、息を飲んだ。
美形だった。
男の俺でも息を飲むほどの美形だ。
テレビで見たことはあるが、『生』はオーラが違う。
さすがに光の君と言われるだけはあった。
並んだ女が霞むと言われる所以だった。
提出したレポートの内容について、突っ込んだ質問があった。
その鋭さにドギマギする。でも、ここは踏ん張らないといけない局面だ。必死に応戦した。
十分ほどの議論が終わって、光の顔に満足そうな微笑みが広がった。
「君の考えは分かった。なかなか面白いと思う。
ところで、商店街はさておいて、君は、どんな政治をしたいと思ってるの?
私に、どんな政治家になって欲しいと思ってる?」
「人々が、平等に安心して暮らせる社会が夢です。
そのためにあなたに働いて欲しいと思っています。そのためにご助力できればと思っています」
「やっぱり」
やっぱりって、どういうことだ?
「いや、君の論文とレポートを読んで、君がそう答えるだろうと予想した人がいるんだ」
誰だ?俺のことをそんなふうに評価したのは。
「青いんだ、君は。
原理原則に縛られすぎている。
清濁併せて飲むことも覚えるべきだと言うのが、その人の意見だ。
時には、民主主義も誤謬を犯す。それを認識すべきだと」
的を得た意見だと思った。オーディションに全敗したのは、そのせいなのだ。
「でも、その人は、汚いものを美しくすることは難しいが、汚いことを認識しつつ美しいものを求めるのは大切なことだとも言った。
そして、そういう資質は、持って生まれたもので、後で付け加えることが難しいものだと言った」
誰だか分からないが、彼に影響を与える人物がいるようだ。
そうして、ありがたいことに、その人物は、俺に好意的なのだろう。
「私に協力してくれるだろうか?」
「もちろんです」
身を乗り出した。
チャンスの女神には前髪しかない。今、ここで、掴まなければ。
「じゃあ、これが契約書。中身を読んで、同意できるようならサインして欲しい」
一枚の書類を渡される。
書類には、今後、二条 光と藤原惟光は、雇用契約を結ぶこととされ、勤務場所、報酬、労働時間、仕事の内容それに守秘義務等が記されていた。
採用条件は住み込みだ。
「その中で、一番大切なのは守秘義務だと思ってくれたら良い。
今後、私達の間で、意見が異なるようになって、君が私から離れることになった場合も、ここで見聞きしたことは、他言無用だ。
もちろん、ここにずっといてくれる場合は当然そうだ。二条家の秘密は守ってもらいたい。
何しろ、週刊誌やワイドショーなんかの格好なネタになりそうな話もあるんだから。
噂によれば、私は、名うての『女たらし』らしいから」
口元に皮肉な微笑が浮かんで、不思議な魅力がこぼれた。
ようやく、惟光氏が就職できました。これまでは、主を探す浪人だったのです。
やれやれです。