二条 光からの勧誘
就職に苦労する惟光氏に、サラブレッドの二条 光からオファーがあります。
その話は、ひょんなことから転がり込んで来た。
いつものように図書館で勉強していると、マナーモードのスマホが震えた。画面をタップすると、ポリティカルスクールからの連絡だった。
廊下へ出て応答する。
話を聞いて、驚いた。
この街一帯を地盤とする代議士の二条久光氏の息子で、ただ今売り出し中の二条ジュニアの秘書業務補助員のオーディションがあるが、受験する気はないかというのだ。
二条ジュニアの秘書業務補助員――えらく持って回った言い方だが、よくよく考えて合点がいった。
表向き、ジュニア自身が久光氏の秘書をしている関係で、久光氏の秘書ではなく自分の配下として募集していたのだ。
この場合、国会議員の久光氏の部下ではなく、ジュニアの直属となるので、久光氏に配属されることはない。
だが、ジュニアのブレインになれば、将来ジュニアが議員なり知事になったとき、出番が回って来るのだ。
面白そうな仕事だった。
募集方法は興味深いものだった。ポリティカルスクールの論文集に載った人物に課題を出し、レポートを提出させるというものだ。
レポートの提出後、内容についての質問という形で面接があるらしい。
ウチのスクールの論文集は、かなりレベルが高いものだ。論文を見た政治家からオファーがあるのもしょっちゅうだという。
二条ジュニアは、例の論文を読んで俺に白羽の矢を立てたらしい。なぜか校長のお眼鏡にかかった、あの論文だ。
人生、何が起きるか分からない。
あまりの好運に、心臓が止まりそうになった。
スマホを耳に当てたまま、何度も頭を下げた。
相手に見えるわけないのに。
ジュニアから課題が送られて来たのは、二日後のことだった。
事務的な文面で、翌日の二月二日、朝九時から夜九時まで、某商店街を観察し、活性化を図るための方策を提案するようにとの指示だった。
いわば、ピンポイントの産業振興施策を提言しろと言うのだ。
近いうちに知事選出馬を予定しているという噂のあるジュニアが考えそうなことだった。
このレポート提出要請が、何人にされたものかは知らない。
そのうち何人採用しようとしているのかも知らない。
だが、これをクリアしないと就職できないのだ。
去年に引き続き、今年もオーディションは全敗。スクールに在籍でききるのは後1年。もはや、後がない。
俺にとって人生最大のチャンスだ。
やるしかない。
背水の陣で臨んだ。
二条ジュニアは、本名を二条 光という。
俺より二つ年上で、現在二十六歳だ。代々政治家を輩出する名家――二条家の御曹司で、『ジュニア』と呼ばれるのは、父の久光氏が現職の国会議員だからだ。
久光氏は大物議員として名高く、大統領の椅子を狙っているという噂も聞こえる。
巷の噂では、ジュニアは、次の州知事選に立候補し、ゆくゆくは、父に代わって、国会議員になるだろうとのことだった。
現在は、国会議員である父の傍らで選挙区担当の秘書をしながら勉強中だという。
俺とは、住む世界が違うのだ。
俺の通うポリティカルスクールには、現職の国会議員の子弟が何人も在籍している。
二条ジュニアもその一人で、トップコースだ。
トップコースを卒業すると、テレビの政治討論会なんかに出演したり、政治評論家としてワイドショーなんかにコメンテイターとして出演する道が開ける。
人々を感動させる演説のし方からテレビ写りを良くするための衣装の選び方や化粧の仕方まで徹底的に仕込まれるのだ。
しかし、ジュニアの実務能力は、下手なブレインの上を行っていた。
彼の『地方自治と税制に関する考察』という論文は、例の論文集に巻頭掲載されていたのだ。
友人の中には、あの論文は、絶対、ブレイン若しくはゴーストが書いた、と断言するものもいた。
確かに、テレビでさわやかな笑顔を振りまく二条 光に、あの大作の論文をものにする時間はないだろうと思われた。
だが、天は二物を与えずと言うが、二物も三物も与えることもあるのだ。
父が国会議員で、まだ勉強中の身でありながら、あちこちのテレビに出て名前と顔を売っている。あのぐらいの容姿と弁舌能力があれば、オーディションも軽いものだろう。しかも、あの家柄と能力だ。
彼が初めてテレビに出た日を覚えている。
コンビニのバイトを終わり、賞味期限の切れた弁当をもらって帰って、遅い夕飯を食べようとしたときだった。
発泡酒のプルトップを引いて、テレビをつけると、政治討論会が始まった。評論家と呼ばれる人々が、好き勝手にしゃべるヤツだ。
この程度のことなら俺でも言えるのに、テレビ局は相手にしてくれない。
憮然として、薄いトンカツを口に入れたとき、新しい論客の紹介があった。
このオーディションにも落ちたのだ。
受かったのは、どんなヤツだ?
何気なく画面を見ると、二条 光と近衛将人が大写しになった。
どちらも父が国会議員のサラブレッドで、とんでもない男前だった。
ったく、あそこまでいくと反則だ。
司会が同席した女性議員にどちらが好みかと、水を向けていた。
一同の笑いの中で、和やかに始まった討論会は、二条 光の独壇場だった。
彼は、得意とする経済分野において、あらゆるデータ、国の機関や企業の動きに通じていた。うるさ型で有名な爺さん達も、若いのに大したもんだと、褒めた。
話し方も教科書どおり、自分が最も美しく見えるよう、左十五度からのカメラを意識して、弁舌さわやかに、しかも、年輩の爺さん達には謙虚に、馬鹿なタレントには分かりやすく論ずるのだ。
一緒に出た近衛将人は、人情味のある男で、男気で売っていたが、理論武装という点では比較にならなかった。
二条 光のもう一つの名は、『光の君』だ。女達が好んでそう呼ぶのだ。
彼は、いつも大勢の女に囲まれていた。信じられないほどの美貌の貴公子なのだ。
近衛 葵という許嫁がいるというのに、女達が夢中になった。人々は、葵のことを『葵の上』と呼んで、物語の中から抜け出たような美しい二人を鑑賞(!)したのだ。
採用試験の課題は、商店街の振興施策です。真面目な惟光氏は、現地に足を運ぶことになります。
がんばれ、惟光!