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カセリア氏の日常  作者: 菅原やくも
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第五話 物理っぽい話

 空は快晴、カセリア氏のアパートの部屋は窓もドアもすべて開け放っていた。本日は稀にみる高気温で、誰もが暑さでうだるような思いだった。そんななか、カセリア氏は図書館から借りてきた本を読み漁っていた。自然科学の分野のとりわけ、力学やエネルギーなど物理学に関する書物、それからほかには数学に関するものもあった。そして、熱心な様子で読みながらいろいろとメモをとったり、考え事をしていた。

「カセリア君、」廊下の方から声が聞こえた。そしてドア枠を強くノックしたのは、いつものアグア氏であった。

「構わんぞ、入ってくれ」カセリア氏は本に視線を落としたまま応えた。

「今日はずいぶん暑いよね」

「そうだな」カセリア氏はそっけない感じだった。

「なにしてるんだい?」それからアグア氏はテーブル上にある本の一冊を手に取ると、タイトルを確かめた。「エネルギー工学の基礎…ね、なんだい、大学で勉強をやり直すつもりかい?それとも今日の暑さでどうかしちゃった?」

「いや、ちょっと関心が湧いただけだ」カセリア氏は変わらず熱心に本を見ながらメモを取っていた。「よし、ひと段落だ」それから、カセリア氏は立ち上がって伸びをした。それからキッチンに向かいながらぼやいた。「やれやれ、ティータイムとでもするか。それにしても暑い」

「ほんと、ずっと汗が出っぱなしって感じだよ」アグア氏はハンカチを取り出すと顔を拭いた。「うちの屋敷なら冷蔵庫があるから、こんな日には冷たい飲み物が飲めるけどね」

「冷蔵庫?」カセリア氏は聞き返した。

「冷たい空気を作って食品とか保存できるんだ」

「ははあ、聞いたことがあるぞ。というか、そこにある本の一冊にも確か書いてあった気がする。液体が気体になる時の気化熱だとか、あるいは吸熱反応がどうこうとか。それを応用したもので、アンモニアガスを利用した冷却装置がどうこう」

「そうだね。実は、ある企業が大衆向けの冷蔵庫の研究をしてて、その出資者の一人でもあるんだ、僕は」

 この時代のパラムレブ連邦において、冷蔵庫はまだ一般的な存在でなかった。企業や富裕層においては、それなりに普及が始まっているという程度であった。

「それは面白そうだな」カセリア氏は熱い紅茶とビスケットを準備して机のところへ戻ってきた。「つまり試作品かなんかを試用してるといった寸法かい?」

「まあ、そんなとこだね」

「羨ましいね。まあ、私にとっては外が暑かろうが寒かろうが紅茶は熱いのが一番だが」

「カセリア君が今度屋敷に来たときは見せてあげようか?冷蔵庫」

「そうだな。その時はぜひとも拝見させてもらうとしよう」

 それから二人は黙って紅茶を飲んだ。

「熱いね」アグア氏が言った。

「まあ、しばらくすればまた涼しくなるだろう…」

 アグア氏は紅茶のことをつぶやいたのだが、カセリア氏は相変わらず気温のことのだと思って返事を返した。

「ん?まあ」それからアグア氏は話題を変えた。「それにしても興味が湧いたって、なんで物理の本の、しかも熱力学やエネルギー工学やらなんか読んでるさ」

「いやね、きっかけはクステグの工場地帯を見た時だ」彼は自分の頭を指さした。「ふと、ある考えが思い浮かんだんだ」

「ふーん」アグア氏はあまり興味がなさそうな様子だった。

「今、我々はエネルギー消費時代に入ったと言える」

「それがどうしたっていうの」

 カセリア氏はさらに続けた。「蒸気機関の発明と石炭の発見からだ。それから石油も。それらを使う大工場の煤煙問題は新しいことじゃないが、これから先のことを考えてみたまえ」

「どれくらい先のことかな?」アグア氏は問い返した。

「まあ何十年も先、あるいは何百年先のこととしよう。この我々が住む世界は惑星で、とても大きいといったところで、所詮は球体。空間的には限りのある世界だ。まあ平面だとしてもそれはそれで構わないが」カセリア氏は軽く笑った。「ともかく体積は有限だ。となれば石炭や石油はどれほど持つだろう。いつまでも地面を掘り返して使い続けていたら、いつかは尽きてしまうのではないだろうか?」

「カセリア君は心配性だなぁ」アグア氏は思わず笑った。

「だが、無限に先延ばしで考えることのできる話ではないぞ」カセリア氏は真剣な顔をしてみせた。

 だが、アグア氏はいつものひょうひょうとした様子だった。

「それはこれから先の、未来の人たちに任せておけばいいんじゃない?少なくとも、今の僕らがくよくよと考える必要はないと思うけど」

「うむ」カセリア氏は顎を撫でて考えた。「だが、書置きはしておいた方がいいだろう。念のためだ」

「それもそうかもね」アグア氏は紅茶を飲むと続けた。「さっき平面だとしても、って言ってたけど。でもさ、僕たちが住んでいるこの世界が、限りある円形平面だと仮定してもさぁ、もしそれが無限の長さを持つ円筒形の一端だとしたらそういえるかな?」

 カセリア氏は鼻で笑った。アグア氏のその思い付きは突拍子もないと思ったのだった。

「突飛な思考実験だ」カセリア氏はしばらくして紅茶を飲む手を止めると、呆然とした顔をした。「だが、よくよく考えると面白い考えでもあるな。教会の、とりわけ古典派の連中が喜びそうなアイデアだ」

 カセリア氏はアグア氏の言っていたことをメモすると、簡単なイラストも描き加えた。

「そのアイデアは借用してもいいかね?」

「どうぞ、ご勝手に」アグア氏は紅茶を飲みつつ、そっけなく答えた。

「無限円筒の一端か…。ファンタジックな冒険世界の舞台としては面白いかもしれん。そんな世界は地下に眠る石炭はおろか、金や銀、ダイヤモンドまでもが無尽蔵だ」

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