第一話 カセリア氏
やや中心部から離れた市街の一角、通りに面したレンガ造りのアパートの一室、部屋には柔らかな午後の日ざしが開け放たれている窓から差し込んでいた。今年は稀にみる暖冬で過ごしやすい日々が続いていた。そして日射しの注ぐ先、机の上には書類や紙切れが山積みになっていた。そこに肘をつき、紙切れに埋もれるようにして頭を抱えていたのは人気上昇中の作家プロパガアル・カセリア氏であった。彼は小説のアイデアを書いたメモの断片と請求書と、まだ中身を確認していない封筒、手紙を目の前にして嘆いていた。
そして今、手にしていたのは役所の徴税係から届いた文章であった。
「まったくなんてことだ!お役所の税金徴収係ときたら、私の口座内容をちゃんと銀行に確認したのか。去年は稼いでいるはずだとか何とか言ったくせに、今年ときたら申告額が多すぎますと。そんなに稼いでいるはずないだろうとか言い出す始末か。まったく、それでいて後から脱税だとか騒ぐのだろう。手に負えん」大げさな口調で呟いていた。「それとも私の方が間違えてるのか?あるいは振り込みが遅れているのだろうか?それならそれで大問題だ。もしそうなら出版社に文句を言いに行ってやる」
それから、再びカセリア氏は大きくため息をついた。
「まあ、よい。紅茶でも入れて落ち着こうではないか」口髭を触りながら彼は自分に言い聞かせるように言った。
それから椅子から立ちあがり、キッチンに向かった。やかんに水を入れると火にかけてお湯を沸かしはじめた。その時、リリリンっと玄関の呼び鈴が鳴った。誰かが訪ねて来たようだった。
「はて、出版社の誰か?編集の打ち合わせは週末の予定だったはずだが…。誰が来たのやら」
またしても独り言をぶつぶつ言いながらカセリア氏は玄関に向かった。そして静かにドアを開けた。するとそこには学生時代からの親友であるイノセンシア・アグア・カリエンテ氏が立っていた。彼は資産家の子息で、暇があると時折カセリア氏のアパートの部屋に訪ねてくるのだった。
「カセリア君、久しぶりだね」アグア氏はいつものようにそっけない挨拶をした。どことなく間延びしたようなものいい方が特徴的だった。
「アグア君の方こそ久しぶりじゃないか。まあまあ立ち話はなんだからな、入ってくれたまえ」カセリア氏はそう言ってアグア氏を部屋へ招き入れた。
「ちょうど紅茶を入れて一息つこうとしていたところだ。君も飲むかね?」カセリア氏はキッチンに向かいながら言った。
カセリア氏の機嫌は少し上向いたようだった。その様子をみたアグア氏はそれに答えた。
「それじゃあ、頂くことにしようかな」
カセリア氏は紅茶と菓子を準備しながら会話を続けた。
「適当に座ってくれたまえ。それにしても突然の訪問に驚いたよ。手紙くらい寄こしてくれればよかったのに…」カセリア氏は愚痴をこぼすような口調で言った。
「いや、手紙は出したけどね」そしてアグア氏は机の上の紙の山を向けた。
どうやらカセリア君、君のその、目にまでは届いていなかったみたいだね」と納得したように言った。
「すまない。年末でね。大変なんだ」カセリア氏はぼやきながら、ティーカップとジャムとビスケットを載せた盆を抱えて戻ってきた。「税金やら請求書やらで、他にも読者からのファンレターや訳の分からん勧誘の手紙とかなんかのとかでまったくだ」
それからカセリア氏は、机の上の僅かに空いたスペースに盆を置くと紅茶をカップに注ぎながら続けた。
「勤め人を少しばかりしたことがあったが、こういった点は楽だ。税金は給料をもらう前から持っていかれてるからな。そりゃ年末は事務局が忙しそうにしているわけだ」
その言葉にアグア氏も笑いながら応えた。
「世間の人々は大変だね」
「そう言えば君のような資産家はいったいどうしているんだね。今日なんかえらく時間を持て余しているような顔をして」
その問いにアグア氏は紅茶を飲む手を止めて、「うちでは会計士を雇ってるし、弁護士も雇ってるよ」とそっけなく答えた。
カセリア氏は一瞬あっけにとられた表情をしたが、すぐに笑い出した。
「はっはっは、そりゃそうだな。専門家を雇ってるわけか。面倒なことは金で解決。金持ちの資産家なのだから当然の帰結か!」