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カセリア氏の日常  作者: 菅原やくも


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第二十六話 訃報

 パラムレブ連邦とボズロジデニア共和国との国境で発生した両陸軍の小競り合いは、今のところ本格的な大規模戦闘への発展まではしていなかった。


 ただ、こうした事態が起きたのは、決して偶然ではないと思われた。連邦国内の政治情勢を、とりわけ政権交代という政変のタイミングを狙ったのではないかとも考えられた。案の定、連邦側の初動は遅れと失敗の連続だった。


 連邦側の都市が一つ、共和国に奪取されると、事態は均衡状態となり小康状態が続いていた。市民の大半は先行きを楽観していたが、軍関係者の一部では、これから戦闘が徐々に広がって行くのではないか、という見方をする者が多かった。


 規則正しく、客車の車輪が鉄路を叩く音が響いていた。

 車外では空に鉛色の雲が低く垂れこめ、いよいよ小雨が降りはじめていた。どことなく陰鬱な雰囲気を漂わせていた。

 空の様子に目を向けて、東部へ向かう急行列車の席に座るカセリア氏は落ち着かないようすだった。彼は大急ぎで準備をすると、とにかく東部へ向かう列車へと乗り込んだのだ。

 つい先日のことだった。カセリア氏の元に、故郷アルサロペに住む母親が亡くなったとの知らせが届いた。


 今はまだ、悲しみというより、呆然とした状態で非現実的だという感覚のほうが強かった。


 少し前に母親が病気で入院したという話は、手紙が届いていたので知っていた。それでも、“大したことはないから、心配はいらない”というような内容でもあったから、そのときはまだ、カセリア氏は急いで故郷へ戻ることまで考えなったのだ。

 今はそのことを後悔していた。

 急行列車でも、連邦中部のクステグまで丸一日以上、そこから東部のアルサロペまでは、もっとも速い列車でも二日掛かった。


 ようやく到着したアルサロペの市街地は、以前にカセリア氏が見たものとはすっかり様変わりしていた。

 あたかも西部の経済都市トソロコースを思わせるような、新しいビルが立ち並び、中央駅も首都のものをそのまま持ってきたかのような見た目に改修されていた。

 こちらの天候は上々で、人々の顔には活気があった。ここでは世間の情勢のことなど、楽観している雰囲気だった。

 しかし、カセリア氏の心は暗かった。


「ガルじゃないか!」

 出迎えてきたのは親戚の伯父だった。

「予定通りに着いたみたいだな」

「お久しぶりです」

「さあ、ガル、とにかく屋敷に向かおうじゃないか。皆待ってるよ」

 ガルというのは、地元でのカセリア氏の愛称だった。

 そしてお互いに会話の少ないまま、郊外にある屋敷へと向かった。


 葬儀には、なんとか間に合ったというところだった。近所の人達も集まって粛々と進行していた。

 墓地での挨拶は、カセリア氏にしては短く、簡潔なものだった。

「まだ、母と言葉を交わす時間はあるように思っていた。別れというものは、時として唐突だと……思い知らされた。それでも、私が作家としてそれなりに大成するのを、見届けてもらっただけでも、充分だったのではないかと思う。ただ……この場で多くの言葉は、必要無いのかもしれない。ああ、我が母よ、どうか安らかに。ありがとう」

 それから棺は埋葬され、葬儀は何事もなく終わった。


 その日の夕食の席、父の不愛想な感じも相変わらずだった。カセリア氏は一瞬、昔に戻ったような気分になった。しかしそこには、在りし日の母の姿はない。

「なあ、ガル……」

 父親は食事の手をとめて、話を切り出した。

「なんだい、父さん?」

「物書きするのに、ここじゃ不便なのかい?」

「うむ、どうだろうね。紙とペンがあれば場所は選ばないが、担当のレダトーレさんが、なんと言うだろうか……完璧に仕上げたと思っても、原稿の手直しは多いものだから」

「じゃあ、アルサロペにある出版社に頼めばいいじゃないか?」

「まあまあ、父さん。いろいろと思うことは、気持ちは分かるが、すぐには無理だ。とりわけ今の出版社には懇意にしてもらってるし……」

「すまない。それもそうだよな」

 そして再び食事の続きに戻り、二人のあいだに沈黙が漂った。

「この屋敷は、売りに出そうと思ってる」

「そうなのかい?」

「父さんが子供の頃は、この屋敷も、人が多くてずいぶん賑やかだったが……」

「それはそうとして、父さんはどこに住むんだい? 街でアパートでも借りるのか?」

「いいや。村の外れに、小さいが庭のある良い家があるんだ。もういろいろと、だいぶ前から話はそれなりに進めていた」

 カセリア氏は意外に思った。長く離れていたからといっても、自分にとっても思い出の詰まっている家である。

 ただ、だからといって、何かとやかく反論を言うわけにもいかず、それに今は、深く考える気持ちの余裕もなかった。


 首都に戻ってからじばらく経たないうちに、今度は父が事故で亡くなったという知らせが届いた。

 再びカセリア氏はアルサロペへ向かわなければならなかった。

 聞くところによると、引っ越し先の家の屋根を修理しようとして、転落死したとのことだった。

「なんてことだ……悪いことは続く」

 さすがのカセリア氏も、これには打ちのめされた。


 だが果たして、本当に事故だったのだろうか? 自殺だったのではないか、という疑念はぬぐえなかった。確証はなかった。地元の警察も事故という判断を下し、そもそも遺書なんてものもなかった。

 とはいえ、母が亡くなる前に書かれていたと思われる、簡単な遺言は残されていたのが……

 それによると当人の保険金の支払いは、三分の一が地元の村への寄付金として当てられ、残りはすべて息子であるプロパガアル・カセリア氏に支払われることになっていた。

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